21.事件の本質、とは
「あ! レディ・カタリナ、グザヴィエ卿。
探しましたよ〜」
とか言いながら、赤毛の記者がやって来た。
おかけなさいなとカタリナが同席を許すと、いそいそと座った記者はノアルスイユの牛肉の赤ワイン煮をガン見した。
ここのチケットは経費として新聞社が出しているが、別注の飲食物は自腹になるらしい。
あまりに見てくるので、二度漬け禁止で、薄切りのバゲットで掬わせて味見をさせてやった。
うーまー!と記者は叫び、カタリナが「うるさいわね」と叱って、もう一皿、記者の分を頼んでやる。
記者は「姫様に一生ついていきます!」と泣き真似をしながら、あっという間にたいらげた。
「ま、でも色々わかってきたわね」
「そうですか?
どうやって毒を盛ったのか、肝心のところが全然わかっていませんが」
「そこはたぶん、この事件の本質ではないのよ」
カタリナは薄く笑って、またグラスを干した。
ウエイターが言われる前に同じ酒を持ってくる。
ノアルスイユと記者は顔を見合わせた。
「事件の本質、とは?」
「動物を……ネズミだったかしら、狭すぎるところにぎゅうぎゅうにして飼うと、ストレスでおかしくなって、最後はお互いに殺し合ってしまうって聞いたことがあるのだけれど。
そういうことなんじゃないかしら」
「「は?? どういうこと??」」
全然わからん!と、ノアルスイユと記者の声が揃った。
「たとえば……」
カタリナはあたりを見渡した。
そっと、入り口あたりでたむろしている、令嬢達のグループを目線で指す。
「あの子達みたいな、って言ってしまったら悪いけれど」
5人ほどで固まっている令嬢達を、ノアルスイユは眺めた。
どうやら別のテーブルで、いわゆる顔の良い青年達が夜食を食べているようで、ちらちらと見てはきゃーきゃー言っている。
先月の舞踏会で、カタリナと踊った後に、ノアルスイユにワルツを申し込んでほしそうにしていた令嬢達を思い出した。
似たヘアスタイル、似た化粧、似たドレスで、髪の色までかぶっていると本気で区別がつかない。
「こういう場所でお互いくっついて動く子達って、独特なの。
その子達だけの常識とか序列があって、仲が良さそうに見えて蹴落としあってたり。
マリー・テレーズ達もそうだったんじゃないかって思うのよ。
ほら、シャルルは『王子様』で、エリザベートは『女帝』だって、マリー・テレーズは書いていたでしょう?」
「はぁ」
まだ、話の落とし所が見えない。
「母に、マリー・テレーズの日記を読ませたの。
エリザベートが自慢していた『銀の針』を出したお茶会は、実は母が開いたものなんだけれど、エリザベートは『面倒な人』という印象しかなかったって。
美人は美人だけれど、とにかく受け身。
いつも微妙に面白くなさそうな顔をしている。
一通り声をかけないといけない会には呼ぶけれど、私的な集まりに招いたことはないし、招かれたこともないって。
上位貴族同士のつきあいではそんな感じだったから、別邸近辺の、自分を立ててくれる令嬢達に執着したんじゃないかしら」
「あー……」
ブラントーム伯爵は、夫人が婚約してから、エリザベートになにかと当たられるようになったと言っていた。
エリザベートは、夫人が自分から離れていくのが、厭だったのか。
「でも、たまたま別邸が近かったってだけの縁で出来た集まりだから、気が合うとも限らないし、趣味が近いとも限らない。
普通は、サロンや舞踏会に顔を出しているうちに、なんとなくお互い合う者同士で行き来するようになるけれど、別邸界隈のグループは違う。
もともと合わない者にも、無理にでも合わせていかなきゃ仕方ないんだもの」
言いながら、カタリナはまたグラスを傾けた。
「特に、彼女たちの場合、エリザベートという面倒な『女帝』もいたわけでしょう?
とにかく彼女を立てないといけなかったでしょうし、別邸が近いからって仲良くなったはいいけれど、結構しんどかったと思うのよ。
そんなこんなで生まれた視野狭窄した価値観が、この事件の本質なんじゃないかしら」
「ふぬぬぬぬ?」
途中からメモをとっていた記者が唸り声を上げる。
「わかったような、わからんような……」
ノアルスイユも首を傾げた。
エリザベートがアンリエットをやたら否定していたのも、貴族学院に入って自分の支配から抜けようとしていたように見えていたのかもしれない、と思い当たる節はないでもないが。
別荘界隈の令嬢達の歪んだ関係性が事件の本質だとして、真相にどう結びつくのか。
マリー・テレーズのせいで家の評判が下がる、今までの地位を失うと思い込んだエリザベートが、一種の無理心中を図ったのか?
それとも、マリー・テレーズの手記は偽りのもので、本当は彼女がしがらみを振り切ろうと隣人達を殺したとでも言うのだろうか?




