16.なんですかこの記事は!
とりあえず、わかったことをその都度カタリナに書き送る。
カタリナからも手紙が幾度か来た。
まず、カタリナは、母親など、マリー・テレーズと年が近い夫人達を中心にあれこれ聞きまわって当時を知る人を探した。
当然、当時の社交界は大騒動。
ただし、マリー・テレーズは社交好きではなかったようで、サン・ラザール公爵夫人は、挨拶したことくらいはあるはずだと言いつつ、人となりは思い出せなかったそうだ。
マリー・テレーズの日記に名が出ている他の令嬢達は、領地の支族に嫁いでいたりで王都の社交界には出入りしていない。
このあたり、事件の影響もあるのかもしれない。
カタリナは、セニュレー侯爵やブラントーム伯爵の子息子女にも軽く当たってみたが、深くは知らない様子で、ついでに警戒されてしまったそうだ。
一家のタブーという扱いなのだろう。
それとは別に、大手絵入り新聞社に日参し、保管されている各紙の過去記事をほじくり返して報道状況を確認したところ、いわゆる高級紙ではまったく報道はなかったが、大衆紙やゴシップ紙では大々的な報道があったそうだ。
特にゴシップ紙では、マリー・テレーズは加虐的な性格で粗相をした小間使を鞭で打って大怪我をさせたという噂があるとか、嫉妬深いたちでシャルルと少し話しただけの令嬢を執拗に虐めていたという噂があるとか、一方で男遊びも激しかったという噂もあるとかとかとか、あることないこと、というよりマリー・テレーズの手記を信じるなら、ないことないことが記事になっていたそうだ。
保管庫で知り合った元記者だという老人によると、当時、匿名の手紙がやたらめったら送りつけられてきたそうで、老人が勤めていた大手大衆紙では裏取りができなかったので記事にしなかったが、注目を集めていた事件でもあり、とりあえずで記事にした新聞も多かったとのことだった。
カタリナは、香燻茶の出所を求めて、東方の茶葉を扱う商会に聞いてみたりもしたそうだが、珍しい茶葉とはいえ、まとまって入荷した時は店頭に並べることもあるようで、三十年前ではどうにもこうにもという話だった。
管理人も別邸周辺でせっせと聞き込みをしたり、家令だった叔父からなにか聞いていないか親戚に問い合わせてくれたらしいが、はかばかしくないらしい。
ただ、事件後、夜中に庭で青白い光が動いているのを近在の者が目撃したとかいう、よくある感じの話が出てきたそうだ。
令嬢達の幽霊が出るという噂は、このあたりが元だったのだろうか。
とかやっているうちに、あっという間に日が過ぎ──
「レディ・カタリナ!
貴女という人はああああ……!」
一ヶ月ほど経った週末の夜、王都随一の社交場「モンド」。
複数の大貴族の後援のもと運営されている巨大な社交用の施設で、昼は音楽会や朗読会などが開催され、夜は連日舞踏会が開かれている。
その舞踏用の大ホールに隣接した休憩用のサロンで、上品な藤色のドレスをまとい、いかにも優雅にソファに腰掛けたカタリナを見つけたノアルスイユは思わず叫んだ。
「なによ、うるさいわね。
あ、こないだの『公爵令嬢の災難』なら読んだわよ。
でもあの話、違う犯人でも成り立つんじゃないの?」
「え、それはどういうことです!?
……じゃなくて! なんですかこの記事は!」
先日の推理小説の話で誤魔化されそうになったノアルスイユは、今朝の絵入り新聞をぶんぶん振った。
いわゆる大衆紙の中では、大手の媒体だ。
社交欄のトップに、「レディ・カタリナ、呪われた館を相続」「三十年前の怪事件の新証拠を発見!」「悲劇の令嬢は冤罪!?」とバカでかい見出しが踊っている。
その下は、カタリナへのインタビュー記事だ。
マリー・テレーズの日記を別邸で発見したこと、彼女は自分は毒殺していないと主張していたこと、茶葉は客が持ち込んだものだったこと、姉を殺された婚約者が根拠もなく彼女を指弾したために犯人扱いされるようになったことなどを語り、近日中に彼女の無実を証明すると宣言している。
不敵に微笑んでいるカタリナ、そして例の画帳から起こしたマリー・テレーズと被害者四人の肖像画つきだ。
どんな些細なことでもよいので、事件に関する情報を持っている人は新聞社までぜひ連絡してほしい、社交場「モンド」で随時面会も受けつけるとも書かれている。
例によって、カタリナ以外の固有名詞は某某とぼかされているが、事件を知る者ならだいたい察しはつく。
ついでに、隣にはマリー・テレーズの手記の抜粋、そして王立医学院の教授に事件に関する記述を読ませてコメントしてもらった解説記事もついている。
症状からして、よく毒殺に用いられる砒素ではなさそう、昏倒・麻痺・痙攣が出ているので、青酸カリか毒性の強い鎮静剤あたりではないかと教授は推測していた。
香燻茶に混ぜられていたのなら、匂いや味が強く、通例毒殺には用いにくいような毒物が使われた可能性もあると指摘している。
「や、その記事、僕が書いたんですが……
まずかったですか??」
傍のスツールに座って、カタリナとなにやら話していた、縮れた赤毛が鳥の巣のように爆発している青年が、ぱちくりとノアルスイユを見上げた。
一応舞踏会用のテールコート姿だが、腕には「取材」と書かれた腕章を巻いている。
年は、ノアルスイユより少し若いくらいか。
立ち上がった青年は、マルセル・ソレルと申しますと「日刊王都新報」の社交欄部の名刺を差し出してきた。
条件反射でノアルスイユは名刺を交換してしまい、してしまってから、我に返ってカタリナに向き直る。
「いくらなんでもダメでしょコレは!
ずっと息を潜めているリュイユール伯爵家の醜聞を勝手に蒸し返すなど!」
「リュイユール伯爵の許可ならとったわよ?」
「はぁ!?」
「この間、伯爵領に行って談判してきたのよ。
当代伯爵、素敵な方だったわ。
お姿もよろしいし、深みのあるお声が格別で。
で、わたくし、マリー・テレーズの無実を証明するつもりだけれど、たぶんリュイユール伯爵家かセニュレー侯爵家が悪者になる、あなたはどちらが悪者になるのがいいですかってうかがったの。
あ、この話は書いちゃダメよ」
「了解です!」
耳に挟んでいた鉛筆をとって、さっそくメモしかけていた記者が手を止める。
新聞社で調べ物をするうちに知り合ったのだろうか。
すっかりカタリナの犬と化しているようだ。
こころなしか、顔立ちまで犬っぽい。




