11.正義の公爵令嬢
執事などが勝手に処分できないよう、マリー・テレーズは魔力で文箱を封印した。
しかし、彼女が亡くなった後、魔力を持つ者──つまり彼女の家族は誰もここには来ず、三十年間放置されていたということか。
カタリナは、ちらっとノアルスイユの方を見た。
魔力はカタリナの方があるのだが、自分では触りたくないらしい。
はいはいと諦め顔でノアルスイユが文箱に両手をかけると、静電気のようなバチっとした感覚と共に、蓋が開いた。
中身は「アンナ・クレサンジェ」宛の封筒が一つ、日記が2冊、そして画帳。
刺繍をしたハンカチもある。
カタリナはハンカチを検分して「あまり見ない技法ね」と呟くと、日記をパラパラとめくり始めた。
ノアルスイユは封筒を手に取ってみた。
「アンナというのは?」
「……侍女かなにかかと」
封筒を裏返すと、封はしていない。
思い切って開けてみると、やはり侍女と思しき旧知の女性に向けて、流麗な筆記体で長年の感謝が綴られている。
事件後、アンナが責められていないか心配しているくだりもあり、その言葉の選び方を見ても、こまやかな心遣いがうかがわれた。
末尾に、「マリー・テレーズ」と署名があった。
この手紙を書いた女性が、四人も殺した毒殺魔なのか。
意外な気がして、ノアルスイユは眼をしばたたかせた。
ついでに、画帳を開く。
水彩やパステルで、館や庭の風景がいくつも丁寧に描かれていた。
この美しい館を深く愛していたのだろう。
構図にしても色の選び方や技法の使い分けにしても、玄人はだしの絵だ。
良い指導者の下、相当熱心に修練したのだろう。
令嬢の花嫁修業のレベルを超えている。
最後の方に、鉛筆にパステルで簡単に色を載せた、人物のデッサンが描かれていた。
一枚に一人ずつ、若い女性の顔を大きく描いている。
いずれも右下に、「アンリエット」「ルイーズ」「エリザベート」「ニコル」「アンナ」と名が書かれていた。
黒髪のアンナは、二十代なかば過ぎくらいに見えるが、他の女性たちは十代後半から二十歳くらいに見える。
ふっくらとした頬にどこか母性的な雰囲気があるが、目元の輝きが知的な「アンリエット」。
まだあどけなさが残る、愛らしい「ルイーズ」。
大理石に刻まれた女神の彫像のように美しいが、石像のように冷たそうな「エリザベート」。
黒髪で小生意気な美少女といった雰囲気の「ニコル」。
──ニコルの表情を見た瞬間、昔、学院でやたらとノアルスイユにかまってきたが、思うような反応を示さないとみると、いきなり敵視して陰口を叩き始めた女子生徒を連想して、ノアルスイユは嫌な気持ちになった。
そして、控えめに微笑を浮かべた「アンナ」。
これが「アンナ・クレサンジェ」なのだろうか。
もしかしたら、例の事件で亡くなった令嬢も混ざっているのかもしれない。
最後のページには「マリー・テレーズ」。
これが自画像か。
人目を惹く派手さはないが、顔立ちは整っている淡い金髪の女性。
表情は穏やかで、いかにも良家のご令嬢といった雰囲気だ。
「……ねぇ、あなたたち」
日記から眼を離さないまま、カタリナが声をかけてきた。
「なんですか?」
「もし、犯人は別にいて、マリー・テレーズは毒殺なんてしていなかったとわかったら、この別邸を借りてくれる人は出てくるかしら」
ノアルスイユは管理人と顔を見合わせた。
「この館が気味悪がられるのは、惨劇が起きただけでなく、『毒殺魔』が生まれ育った家と思われているからでもありますから……
若干は、印象がマシになるのではありませんか?」
希望的観測を盛り盛りに盛って、管理人は答える。
「確かに。住むのはどうかと思いますが、ギャラリーのような展示施設として使いたいという者なら出てくるのでは?
ボアンヴィルの人気は底堅いですし、これだけの傑作ですから」
考え考え、ノアルスイユも頷いた。
美術商だけでなく、思い切った話題作りがしたい新興商会なら、手を出すかもしれない。
「なるほど。
ぎりぎりワンチャン、なくもないと」
ぱたりと日記帳を閉じると、カタリナはノアルスイユと管理人に圧の強い笑みを向けた。
嫌な予感がノアルスイユの背筋を走る。
「日記の最後で、マリー・テレーズは当日、なにが起きたのか詳細を書いて自分は毒殺なんてしていないと訴えている。
ここはわたくしが、彼女の無実を証明するしかないわ。
そして、正義の公爵令嬢として名を挙げ、隙あらば結婚させようとしてくるポンポコ親父にザマァを決めるのよ!」
案の定、カタリナは斜め上なことを高らかに宣言し、「協力、してくれるわよね?」と、無駄に色っぽい流し目でノアルスイユと管理人を見た。




