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10.まるで独房のよう

 ないないない、と全力でノアルスイユは首を横に振った。

 さっき、館内を一周したときには、他の人間の気配はまったくなかった。

 なのに、幽霊屋敷だと言った途端、いきなり人影ガー!とか言われても困る。

 ノアルスイユは、おばけが怖い勢なのだ。


「今日は、手伝いの者は誰も来ていませんが」


 管理人も微妙な顔をしている。


「たしかに見たもの!

 ちょっと行ってくるわ」


 カタリナは踵を返してさっさと屋内に戻る。

 万一、不審者が入り込んでいるのなら、(一応)令嬢一人で出くわしたらまずいので、ノアルスイユと管理人もついていくしかない。


 向かうのは家族の寝室だったあたりだ。


「確かこの部屋、だと思うのだけど……」


 小花を散らした淡い緑の壁紙からして令嬢の部屋だったのではないかと思われる部屋をカタリナは覗き込むが、さきほどの小さな窓はない。

 隣の部屋も見てみるが、やはり小さな窓はなかった。

 位置的には、ちょうど2つの部屋の間になりそうで、ノアルスイユは慌てて図面を引っ張り出した。


「そっちの部屋に、クローゼットがあることになっています」


「そんなのなかったじゃない。

 ……あ! もしかして!」


 カタリナは最初の部屋に入り、壁に造りつけられた大きな鏡の前に行った。

 一般的な扉よりも一回り大きいもので、髪を高く結い、裾幅のあるドレスを着た時に全身を写して確認するための姿見だ。


 カタリナが鏡の縁に手をかけて、なにか探している。

 やがて、カチリと小さな音がしてするすると横に開き、ノアルスイユは「おわ!?」と小さく声を漏らした。

 吊り引き戸になっているのだ。

 レール部分を巧く建具で隠しているので、ぱっと見ではわからない。


「ふふふ。前に泊まった親戚の館に、似たような仕掛けがあったのよ」


 ドヤ顔で笑うとカタリナは中に入り、とたんに「なによこれ?」と叫んだ。


 ノアルスイユも覗き込んで、声をあげかけた。

 造りつけの棚など、クローゼットの造作が残る狭い空間いっぱいに、粗末な、下女が使うような小さな寝台が一つ。

 棚には、衣装をかけるためのバーやフックを乱暴に撤去した跡が無残に残っていた。

 革張りの紅い文箱がぽつんと、枕元に置いてある。


 もともと出入り口は、大鏡の引き戸のみで、後は小さな窓があるだけ。

 カーテンを開くと、通風のための窓だろうに、わざわざ窓枠に釘を打って開かないようにしてある。

 廊下側の隅に、陶製の簡易トイレが置きっぱなしになっていた。


「急にクローゼットを改修して、寝られるようにしたんでしょうか。

 メイドが不寝番をする部屋にしても、殺風景すぎるような」


 まるで独房のようだ。

 ふと思いついて、鏡の引き戸をよく見ると、内側からは開かないようになっていた。

 内側にもあったロックの解除機構を、後から潰したようだ。

 本当に牢獄だったのかもしれない。


 しかし、この小部屋、埃などは積もっていない。

 ということは、掃除はしていたはずだ。


 カタリナとノアルスイユは、居心地悪そうに視線を泳がせている管理人の方を同時に振り返った。


「おそらく、マリー・テレーズ様──ご友人を毒殺したと疑われたリュイユール伯爵家のご令嬢が、事件後、軟禁されていた部屋ではないかと。

 この館は、近在の者を使って少しずつ掃除をし、年に二度、大掃除を王都の業者に頼んでいますが、この部屋だけは誰にも立ち入らせず、私自身で掃除をし、十五年前、私が管理を引き継いだ時のままにしてあります」


 困り顔で管理人は説明した。


 毒殺事件は有名だが、亡くなった令嬢達は公式には「病死」として届けられたために、警察の手は入っていない。

 といっても、加害者を放置するわけにはいかないから、伯爵家は令嬢を軟禁したということか。

 たしか、事件後しばらくして彼女も亡くなっているはずだから、ここに軟禁されているうちに病死したか、自殺したか、もしかしたら生かしておいては家門の恥だと殺されてしまったのかもしれない。


 なにはともあれ、この部屋を見れば、事件後にもどす黒いことが起きていたことは容易に推測できる。

 外部の者を入れなかったのは、管理人として賢明な判断だとノアルスイユは思った。


「さっきはどうして見せてくれなかったの?」


 カタリナは、両手を腰に当てて仁王立ちになった。

 気に入らないと言わんばかりだ。


「ご令嬢にいきなりお見せするのは、いかがなものかと迷ってしまい……」


 管理人は大汗をかいている。


「わたくしがなにを知るべきかは、わたくし自身が決めます。

 今後は、勝手に判断しないように。

 次はありませんよ」


 カタリナは、ピシリと管理人に告げた。


「は」


 管理人は、思わず踵をあわせて姿勢を正す。


「で、この文箱は?」


「埃だけ払っています。

 魔力による封印があるので、魔力のない私は触れることもできません」


「なるほど」


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