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「……教えてくれ」
先に声を上げたのは、ハルトヴィヒだった。
それは少しだけ予想外だった。
彼は、そういうのに対して保守的というか……関わらなくていいならその方がいいってスタンスだと思っていたから。
ジャミィルもそう考えていたんだと思う、少し驚いたように隣のハルトヴィヒに視線をやっていたから。
「よし、いいだろう」
おじさんは彼らの様子を見て「ここからは俺が話そう」と引き継いでくれた。
それはとても昔の話。
サタルーナの前の国も、カタルージアもなかったほど昔の話。
その頃はとても大きな大帝国と呼ばれる、大陸一つを統べる国があった。
種族関係なく集い、その長たちを中心に、だけれど代替わりをしやすい人間族を中心に据えることで他種族が支えやすいように、そうした形の国だった。
互いの特性を理解し、相互扶助を前提に繋がりを持つ人々は上手いことやっていた。
だけど、それは突然崩れたのだ。
帝国の長、つまり皇帝が他種族の長命に憧れ、それを手にすれば人間族は全ての種族の頂点に立てると考えたのだ。
そして悪魔の力を借りて行った邪法を元に、その皇帝は実験を繰り返したのである。
生きた人間を、あるいは死者を使っての実験はまさしく邪法と呼ぶべきようなもの。
「そうして生まれたのが吸血鬼さ。君らが言うところのね」
人体実験をした結果、死者から私たちの一族を模して生み出されたその人ならざるものは本来あるべき理による死と切り離されてしまったために、他の生き物の命を奪い取ることで歪な魂を補おうと生者に襲いかかるようになったのだ。
そしてその弊害として、その死者は死者を生み出した。つまり、ゾンビだ。
世界の理から外れて生み出されたその死者による死は、やはり世界の理から外れたものであるがゆえに死者は死者になれずに彷徨うことになってしまったというわけだ。
大変厄介な問題である。
だが、それを皇帝は認めなかった。
そこで失策として彼らを浄化し、謝罪し、反省すれば良かったのにそうしなかったのだ。
結果、世界の理から外れた死者……つまり不死族は増え続け、死ぬこともできない彼らはただ生にしがみつく歪な存在としてその欠けた部分を補うために生きた者を襲うのだ。
ではその標的は誰か?
そう、本能的に弱い者を選ぶならば私たちよりも同じ人間族である。
結果被害者は人間族に偏り、彼らの中に疑念が生まれる。
見たこともない魔物ではなく、亜人種が自分たちを排除しようとしているのではないか。
「……とまあ、こんな感じだな」
おじさんはざっくりとそれらを聞かせて、唇を湿らせるようにお茶を口にした。
ハルトヴィヒとジャミィルは困惑した表情を浮かべたまま、黙っている。
「そもそも亜人種って呼ぶでしょ、それは人間族から見た言い方なんだよね。しかも亜人って人間族よりも劣るって言い方なんだよ、わかる?」
「……それは」
「吸血鬼って呼ばれる人々の本来の姿は、別にある。魔族と呼ばれた人々は悪魔じゃなくてただの魔力が強いだけの人間族から外れた人々。エルフも、ドワーフも、他の種族もみんなそう」
問題の皇帝は自分たちこそが神に愛された種族であるべきだと宣った。
自分たちとは違う能力を持ち、我々を見下す連中はいつか自分たちを家畜のように食い荒らし飼い慣らそうとしているのだと。
かの暴虐な魔物も彼らが仕組んだものに違いない、人は人で群れるべきである……その声に、恐怖に飲まれた人々は縋ったのだ。
そうして袂を分かった私たちだけど、昨日まで家族ぐるみの付き合いをしていた……っていう事実は消えない。
だからこそ、どこか線を引くような付き合い方になった。それが今に繋がっているのだ。
「この事実を知った上で聞くわ」
私は二人をひたりと見据える。
少しだけ、ハルトヴィヒが怯えたような目をしていたのに気づいて、私は胸が痛かった。
そんな顔しないでよ。
そう言えたらどんなに楽だったかな。
「ミア様やイアス様が傷つけられたあと、彼らにまた責任を負わせれば今度こそ人間族は理を守る者たちから見捨てられることになるの。この事実を受け入れられるのか、そして味方を増やせるのか。あなたたちはどうなのかしら」
「それは」
「そして私はそちら側だから。手助けしたいと思っても、疑いながら私を頼るのは嫌でしょう? だからここではっきりさせてほしいの」
酷い選択を迫ってるって、知ってるよ。
ごめんね。
そう言えたらいいのになあって思っている私の背を、彼らに気づかれないようにそっとおじさんが撫でてくれたのだった。




