番外編 初恋男子
「……僕は、マリカノンナが好きなのか……?」
「いや、なんで俺にそれを聞くんだ」
マリカノンナが走り去った後、残された者たちの間でなんとも言えない空気が漂った。
とりあえずアイネイアスはちょっとした行き違いがあったとミアベッラに説明し、できればジャミィルを交えて男だけで話し合いたいことがあると告げた。
いい迷惑だとジャミィルがこっそり呟いたことに対しスィリーンが肘鉄を喰らわせるという一幕があったものの、ミアベッラ王女が許可したことにより男だけが残されたのである。
ただし、男性二人がカタルージアの王子と従者という、ある意味では敵対までは行かずとも友好的かどうかは見定めねばならない状態というのはジャミィルにとって迷惑千万な話であったのだが。
「それで? なんでそんな質問からなんだ」
「……殿下が、以前……マリカノンナはきっと知恵者だから、僕の妻に迎えてカタルージア王家に尽くしてくれたら嬉しいというようなことを仰って」
「ふん?」
ジャミィルは鼻を鳴らして不満を態度で示した。
そのことにハルトヴィヒがなんとも情けない表情を浮かべたことに、アイネイアスは天を仰ぐ。
「言い訳をさせてもらうとだね、ハルトヴィヒが珍しく女性に興味を持ったから僕はあまり意識しすぎても失敗すると思って……それでそういう指示があったという建前を与えて接点を作ってあげたかっただけなんだよ」
「なるほど……」
ジャミィルは表向き頷いて見せたが、その目つきはどう見たってありありと不満を示している。隠す気もないのだろう。
「あのなあ、ハルトヴィヒお前……」
「なんだろう……」
「マリカノンナにネックレスをプレゼントしたよな」
「した。……女性は、アクセサリーとかが好きだろう?」
「お前、母国にいた頃そこそこ女から声かけられる立場だよな。俺もそうだからわかる」
従者側の立ち位置とはいえ、仕える家が大きければ大きいほど、そこに直接すり寄れなくとも従者ならば……という甘い考えの人間は大勢いるものである。
そういう意味ではジャミィルは公爵家や王家に繋がるパイプ役として接待されることもそれなりにあったし、なんなら娘を嫁に出して孫世代で高位貴族たちと縁を作ろうとする人間もいたくらいだ。
ハルトヴィヒは元々王族に仕える騎士の家ということでそれなりの身分ある貴族令息としてそこに輪をかけた勢いで女性に声をかけられていたはずだ。
ただし、そこには厄介なものがついて回る。
それをジャミィルはよくわかっていたのだ。
「当たり障りないプレゼントとか、色々あるよな」
「……ああ」
「あれ、お前が直接買いに行ったのか?」
「ああ、そうだ……」
ごくごく普通の確認事項。それなのにハルトヴィヒは居心地が悪そうにしている。
ジャミィルは呆れたようにため息を吐き出して、立ち上がった。
「わざわざ当たり障りないプレゼントを誰かに買いに行かせず、自分で選んで手渡したところでどの程度マリカノンナのことを気に入ってるかくらい自分でわかるだろ」
「……」
「敵に塩を送る趣味はないんだ。あとはお二人でどうぞ」
そう言いながら外に出たジャミィルは小さくため息を吐き出した。
今追いかければマリカノンナに追いつくことはわかっているが、どうにもそれだとズルをしているような気分になるからだ。
「ああ、くそっ……」
酸いも甘いもかみ分ける、それなりの経験を積んでいるはずなのに。
そう思いながらよくよく考えればこれが初恋なのかとジャミィルもまた、自分の気持ちを見つめ直して苦い顔をするのであった。




