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「……落ち着いたか」
「うん。ありがと」
「お前は泣いてもぶさいっくにならないなあ」
「……ねえジャミィル、ちょいちょい失礼じゃない?」
「いや、スィリーンと姫様を相手にここまで育って女子に夢なんか見るかよ」
「だからってそういうのは思ってても口に出さないのがマナーってもんでしょ!?」
顔がいくらよくても言っていいことと悪いことってあるんだからな!!
まったく、レディーの泣き顔について云々言うんじゃないわよ。
確かに『泣き顔も可愛いよ』とか笑顔で言われても胡散臭いけどさあ……。
「……マリカノンナのことを知りたいと俺は言った。その気持ちは変わらないが、とりあえずお前がそれを躊躇うこともわかった」
「うん」
「話せるくらいに信頼してもらえるよう、努力する。それはいいだろ?」
「……ジャミィル、変わってるって言われない?」
「スィリーンにはよく言われるな」
だってそれは、私にとって都合の良すぎる話なのだ。
それでもいいと言ってくれる言葉に甘えすぎてはいけないと思うのに、ほっとしている自分がいて……随分と自分が情けない女に思えてきた。
だって私、ジャミィルよりも(推定)七十才以上は年上のはずだからね?
(とはいえ、この感覚も何もかもが〝前世の記憶を取り戻したから〟なんだよなあ)
記憶を取り戻さなかったら、きっと私は今も吸血鬼の名前を甘んじて受け入れる他の親戚たちと同じ暮らしを続けていた。
吸血鬼を悪者に……っていうのが理不尽だって思ったのは、記憶を取り戻してからだし。
それまでは疑問に思わなかったんだから、私は人間としても、吸血鬼としてもどっちつかずなんだなあって思わずにはいられない。
(でも諦めたくもない。知られたくもない。どうすりゃいいのよ)
入学して、そこそこいい成績を残し上の人たちと知り合って正体を明かすまでは行かずとも吸血鬼たちのことを誤解だと知ってもらえるように働きかける。
それが目的だった。
でもそこに、私の感情が……知られたら嫌われるかもしれなくて怖い、なんて気持ちは想定していなかった。
(なんで簡単だなんて思っちゃったのかなあ)
ミア様や、イアス様はまだ……なんていうか、別世界の人みたいな感じでいるけど。
イナンナやハルトヴィヒ、スィリーン、ジャミィル……一緒にご飯を食べたり遊んだりするようになったからか、彼らに嫌悪の目を向けられたらって思うと一歩が踏み出せない。
(このまま、何も言わず、行動せず過ごしたら……きっと、楽しいままでいられるんだけど)
でもそれじゃあダメだって、わかってるのだ。
わかってるから、余計に悩むのだ。
「ジャミィル。ミア様はきっと、ひいおじいちゃんから写本を受け取ったら……すごく、落ち込んだり取り乱したりすると思うよ」
「……マリカノンナ?」
「きっと、二人にもそのことを相談するんじゃないかな。ミア様は二人を信頼しているだろうから」
私は膝を抱えるようにして、告げる。
それはミア様を心配するように聞えるかもしれないけど、私の狡さだ。
そこから、欺瞞に満ちた世界を知ればいい。
私と同じように、世界の本当の歴史を知って苦しめばいいと思っている部分がある。
それと同時に、気づいて是正してくれたらいいのにって、私が言わなくてもなんとかしてくれたらいいのにって期待しているんだ。
「それを見ても、まだ……もっと、世界を知りたいと思ったら、私もジャミィルに教えてあげるよ」
「……」
聞きたいと思ってほしい。
聞きに来ないでほしい。
どっちも、本音だから困ってしまう。
私はどうしたいんだろう。
マリカノンナ=アロイーズ・ニェハ・ウィクリフ個人は……どうすればいいんだろう。
ジャミィルは、それ以上何も言わなかった。
ただ二人で、ぼんやりと上から町を眺めるだけだ。
「お、あそこにハルトヴィヒがいる」
「え? あ……ほんとだ」
「あいつもメシに誘うか」
ことさら笑顔を浮かべたジャミィルが、私に気を遣ったことは明白だ。
それでも私はそれに気がつかない振りをして、笑顔を浮かべてみせる。
「うん、そうね!」
手を取り合って、町へと戻る。
そして道を行くハルトヴィヒの背を追いかけて、私たちは彼の背中を思いっきり叩いてやった。
「うおっ!?」
「ハルトヴィヒ、みーっけ!」
「マ、マリカノンナにジャミィル!?」
「よしハルトヴィヒ、メシ行くぞメシ!」
「ちょっと待て一体何なんだ……!?」
背中が痛そうなハルトヴィヒの姿に、私とジャミィルは顔を見合わせて笑った。
あ、勿論だけど私はちゃんと加減したからね?




