番外編 大きな一歩、小さな一歩
「ジャミィル、あなたどうする気なの?」
「何がです、姫様」
「……マリカノンナさんと親しくしているようだけれど」
「はあ、まあそうですね」
スィリーンは出かけてしまって、俺は仕方なくミア様の護衛につかざるを得なかった。
まあ基本的にはあいつが姫様の傍にいてくれるのだ、たまにはいいだろう。
マリカノンナがあいつを誘って食事に行くなんてとも思ったが、こないだの一件でスィリーンも彼女のことを認めたようだし、仲良くする分には姫様も文句は言わないはずだ。
ウィクリフの知恵とやらについては正直興味がない……とは言わない。
なにせよくわからない過去の話をもしもきちんと第三者の視点で記すことに重きを置いているとすれば、それは各国にとって暴かれたくない歴史のオンパレードに違いない。
我が国の、聖女伝説のように。
(まさか誘拐犯扱いとは思わなかったが)
言われてみればなるほど納得と思ったが、関係者である姫様はたまったもんじゃないだろう。
むしろ弱まった神聖力を底上げするためにも、できれば聖女……ではなく、聖女と同じように聖なる力を宿した男性を召喚して夫に迎えたいという考えをお持ちだったのだ。
正直なところ、神聖な力がどうのと言われても俺には実感がない。
他人事だと言われればそうだ。
(そもそも、聖なる力ってのは何に使われていたのかも定かじゃないしな)
姫様や女王陛下が祈りを捧げると、神がその願いを数回に一度叶えてくださるらしいが……それも本当に神がなさったことなのか、偶然なのかはわからない。
なにせ願い事はあくまで国の安寧を中心にするもので、荒れた天候が収まったとかなら偶然かもしれないだろう。
「マリカノンナさんと一緒にサナディアへ行きたいの?」
「別にマリカノンナに限らず、俺は外の世界を見て回りたいと昔から思ってますよ」
身分差はあるが、俺たちは幼馴染みたいなもんだ。
だから俺たちしかいないときは、多少本音を口にしても何か言われることもない。
だが、姫様は納得していないようだ。
「……彼女を連れて本国へ戻ればいいだけじゃない」
「あのなあ」
「だって!」
外向きの顔をしているときはそれなりになってきたが、基本的に我らが姫様は寂しがり屋のわがままだ。
だからこそマリカノンナの『誘拐』と言われ、家族を……故国を召喚によって失うという事実に思い至って、思いとどまるだけの優しさを持っている。
ただ、王族という立場から、甘いだけじゃ許されないのが現実だ。
聖なる力を失いつつある王家は、近しい有力貴族たちに虎視眈々と狙われている。
遠いながらも血縁である高位貴族たちの誰かを婿に迎え、その力を取り戻すべき……と言われれば確かに筋は通っているように思えるが、その実はただ王配の座がほしいだけだとわかっている。
王の配偶者に相応しいだけの人物がいたなら、姫様だって迷わなかっただろう。
さすがに愛だの恋だので騒いでいい立場じゃないと、きちんと理解してらっしゃるから。
「……だからって、いつまでも俺たちが同じように振る舞えるわけじゃない」
「わかってる! わかってるわよ……」
「侍女にはなっちまうが、スィリーンはずっと傍にいるだろう」
「でも……今みたいな会話や、食事もできなくなる」
「それが女王になるってことだろう」
「……」
幼馴染だが、気安い関係ではいられない。
ケジメはいつか、必要になる。
それでも傍にいるだけで違うのだと姫様は言う。
スィリーンだけじゃなく、俺も変わらず近くにいてくれと。
(わからないでもないんだが)
それでも、俺は可哀想だからそうしようとは思えない。
薄情者だとスィリーンにはまた言われるかもしれないが。
「マリカノンナのことはまた別で、一緒にいたら楽しいと思っているし彼女が望むならサタルーナに行くのもいいんじゃないか。そこで暮らしたいと思うかどうかは彼女次第だろう?」
「! ジャミィル、じゃあ頑張ってちょうだい!」
「現金だな」
頑張れと言われなくても、こっちはそれなりに頑張ってるんだよこれでも。
とりあえず俺の言葉に照れて意識し始めてくれただけでも、大きく前進したと思っているのに身内がこれじゃあ先が思いやられる。
(早く帰ってこいよ、スィリーン)
俺は楽しげに勝手に俺の恋を応援する! とはしゃぎ出す姫様を尻目にこっそりとため息を吐くのだった。




