番外編 ひとつ、うごく。
今回はハルトヴィヒくん視点。
ぎゅうっと、マリカノンナが短剣の柄を握っている。
それを見て僕は自分の眉間に、皺がよるのを感じた。
(……無理をしているのか)
不思議な少女だ。
見目麗しく、頭がいいだけなら何人も見て来た。
殿下の情を請う娘たちはいずれも高位の貴族家に連なる者で、十分な教養を持つ女性たちばかりだ。
殿下の側近として目される僕もまた、将来性という意味で女性を送り込まれることは多々あった。
そのせいでこれでも見る目は肥えていると思うし、なんなら女性に希望がもてなくなったと思う。
殿下の為に女性よけとなるくらいの気概を持てと父上に言われて、女好きを演じてはいるが……マリカノンナはぴくりとも、殿下や僕を見ても、ジャミィルを見ても、食指が動くという様子がない。
それどころか面倒くさがっている。
その割に突き放すこともできず、かといっておもねるでもなく、最低限の礼儀と妙な距離を保っている。
それが気になって、僕は彼女についつい声をかけていた。
(……やはり、怖いのだろうな)
馬術部でよく笑う彼女は、ごくごく至って平凡だ。
見目は極上だが、妙に庶民的で……いや、彼女は元々一般人だと言っていたか。
あの教養についてはどうやら実家にある蔵書が相当なものだということで、それに加えてサナディアと言えば人間以外の種族が多々住まう土地だ。
あの土地でも人間が少なからず暮らしているというから、亜人との付き合い方というものもやはりあるのだろうが……なかなか僕には想像ができない。
だから度胸もあるのだろうし、吸血鬼とはいえ一方的に悪と断じて噂を流すことを彼女は良しと思えなかったのだろう。
妙に正義感があるタイプだと思うから。
(もっと強く反対するべきだった)
ヌルメラという騎士の家系で、殿下の騎士となるべく僕は生きてきた。
それ自体は初めてそう父から告げられたときも、今も、変わらず誇らしい。
だからマリカノンナが囮を買って出た際、危険だと言いながらそれが妥当だとも思って強く反対できなかった。
そうすることで、殿下の懸念を一つでも払うことができるならと、そう思ったのだ。
「……ハルトヴィヒはマリカノンナ嬢のことを気に入ったんだね?」
「殿下!?」
「ふふ、じゃあ彼女を口説いて妻に迎えなよ。幸いぼくらには婚約者がまだいない。彼女は優秀な成績を残しているし、度胸もある。きっとカタルージアの役に立ってくれる」
「……それは殿下の、望みであれば」
「うん。ぼくの望みだから叶えてね」
殿下の望み。
そう言われては僕にそれを拒否するという考えはなかった。
部屋について室内に姿を消す殿下が、ひらりと手を振って「楽しみにしてる」とそう仰った。
ただ僕は、それに対して頭を下げるしかできなかった。




