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さてはて、私たちは行動を開始――できなかった。
何故ならレストランを出ていざ活動開始! としようとしたところでにっこり笑顔のカレンデュラ先生が現れたからである。
そして何故かしぃーっと内緒にしろという表示をされて私たちは顔を見合わせるしかなかったのだ。
「明日、学校で。……ね?」
そう念を押すような、低い声で言われると私たちは抗うことができなかった。
いやあ、年の功って言うのかね。なんか怖かったのよ。
「ウィクリフくんは私が送っていこう。それぞれ、気をつけて帰るんだよ」
私たちが行動を起こすことを、カレンデュラ先生はどうして知ったんだろうか?
イヤ違うな、私が行動を起こすと判断したセンセイはジャミィルとハルトヴィヒに伝え、そして私たちは集まった。
つまり、これはエランヴィル=ダンテ・イル・イラ・カレンデュラによって作られた状況ってことだ。
監視者として、私たちを動かして、釘を刺す?
じゃあそれはなんのために。
それについておそらく話すつもりで私を送ると言っているんだろうけど、中々どうして腹黒いセンセイだこと!
去って行く五人を私とセンセイで見送って、ゆっくりと夜の町の大通りを歩く。
私たちにだけ聞える声音も使わず、ただ静かに、静かに、黙って歩く。
ただ、なんとなく。
私たちの後ろに、何かを感じた。
そして目の前からは、威圧感を感じる。
でもそれは私とセンセイに向けてじゃない。
私たちの後ろにいる何かを威嚇しているんだなと、肌で感じた。
「……人間の都市って、人間だけのものじゃあないんですねえ」
はあ、とため息を零しながら私がそう言えば、センセイは笑った。
困ったように、だけどとても面白そうに、声もなく笑っている。
そうしていつの間にか後ろの気配は消え去って、私は私が生活している寮の近くまで来ていた。
「マリカノンナ!」
「まあ、おじさんじゃない」
そして私は威圧感を出していたのが自分の伯父であると気づいて目を丸くする。
おじさんは人間族の町にもちょいちょい出る人なのでそのうち会えたら……なんて思っていたし、カタルージアに関連しているかもと思ったから手紙を出そうと思っていたのに。
手間が省けて良かったと思うべきか、これは何かあると思うべきか。
勿論後者だろう。
そして寮に私だけ戻される――なんてことは勿論なくて、おじさんの隠れ家? 塒? にとりあえず私たちは移動した。
小綺麗にしているし生活感があるところを見ると、意外とちょくちょく来ているらしい。
「……エルフに吸血鬼、聖女に悪魔、なんだか私が思っていたのと人間の世界ってかなり違うのねえ」
「ウィクリフくんは本当にマイペースだねえ。ニェハだからなのかな?」
「カレンデュラのエルフに言われたくないな、うちのマリカノンナは頭がいいだけだ」
「頭がいいこととマイペースは別物だと思うがね」
そこで聞いた話によると、センセイとおじさんは友達らしい。
どんな友達かっていうと、まあ、なんていうか……ポーカー仲間なんだってさ。
「悪魔が騒ぐ年だってのはね、結構ちょいちょいあるもんでさ」
「そうなの?」
「……特に人間族が悪魔を召喚しまくる土地では下手したら五十年スパンかなあ」
「それは短いねえ」
人間族からしたら割と長いのかもしれないけど、私たちの感覚で言えば瞬きの間だ。
これまではセンセイやおじさんが秘密裏に牽制したりしていたそうなんだけど、今年はどうやら変な一団がいるらしく、その動きが活発すぎて抑えきれなかったんだそうだ。
「どうやら下級悪魔を仲間にしているらしい。俺たちが動くのも、見えているんだろうな」
「そういう意味では使える人間が仲間になってくれると大変ありがたいんだけど、ウィクリフくんそろそろあの男の子たちのどちらかを骨抜きにしてないかな?」
「とんでもねえこと言いやがるこの教師」
なんだ骨抜きって!
いやまあやっぱり危惧していたとおりかあ。
私たちの魂の気配で悪魔は「こっちは危険」「あそこに獲物がいる」って感じでレーダーみたいな事をしているんだろう。
そういうタイプの悪魔が召喚できるかどうかってのは本当に運だと思う。
悪魔によってもやっぱり色々条件だとか能力だとか得意分野があるみたいだから。
だからといって骨抜きって……もしそうだとして、私のカレシを体の良い生け贄にしろと? 無理を仰る!!
そもそも彼らじゃ誘拐の条件を満たしていないことはセンセイもわかっているはずなので、単に私をからかいたいだけだろう。
しかしそれでは詰んでしまうではないか。
悪魔に対抗する手段と言えば神様だが、サタルーナの聖女は力を失いつつあるから神、或いは神の眷属を召喚……はできなさそうだし。
あれっ、でもそうだよね。
何も悪魔の対を招く必要はないんじゃない?
「ならいっそ、うちらも悪魔召喚しちゃえばいいんじゃない」
だって、人間の専売特許ってわけじゃないもの!
魂を交換条件にしているのは、生き物にとっての生態エネルギー源だからだ。
それを捧げられることによって悪魔もパワーアップできる。
ただそこはギブアンドテイク、契約なのだから命ごと魂全部持ってかれるような面倒くさい依頼をしなきゃいいだけの話。
上手いこと言いくるめられる人間が多かったってだけで……私たちをだまくらかそうってするヤツがそういるとは思えない。
私の提案に、おじさんがポンッと手を打った。
「ああ、じゃあ思い当たるヤツいたわ」
「ああーあいつかあー」
どうやら知り合いに悪魔がいるらしい。
えっ、もうそれ私ここにいなくてもいいのでは。
おかしいなあ、面倒事に巻き込まれるような生活は私の求めるところじゃないんですけどね?




