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「イナンナ、どうしよおおおお」
「モテる女は大変だね、マリカノンナちゃん!」
「違うんだよおおお!!」
ってことでイナンナに癒され中なんだけど、彼女は天然なのか?
うう、私よりもおっきなお胸がふかふかで羨ましい。でも肩こりすごそう。
「そういえば翻訳版、読んだ? 結構ドロドロだねえ、あれをよく絵本にできたなってわたし思っちゃった」
「あ、あー、うん。そうだね」
「……でも途中、ちょっと変じゃなかった?」
「え?」
「ほら、王様が『永遠の命がほしい』ってお願いした相手が吸血鬼だったって部分。よくある話だと悪魔とかじゃないのかなって」
「……そうだね。私まだそこまで読んでないや! ごめんごめん」
その通りだ。
実際には悪魔を召喚した王様がやらかしたって話だもん。
とはいえその後に吸血鬼被害が増えたせいで吸血鬼が世界を乗っ取るために王様を嵌めたとかそういう陰謀論になってだな……。
(……本当、なんでそうなった)
しかしサタルーナの歴史編纂にウィクリフやエルフが関わっていたなら、真実はそこで知っている人もいたはずなのだ。
それが忘れ去られて悪い部分だけが目立った結果が現在に繋がっているなら、それは寿命の短い種特有の……〝忘れてしまう〟が故の伝言ゲームの結果ってか?
なんにせよ、行動をしなくちゃ一つも変わらないのも事実だから私がこの数年の学園生活でどれほど動けるのか、なんならセンセイに相談しつつ決めていこうと思う。
私ならやれるでしょ! とか思ってた数ヶ月前の私、マジ転生ハイテンションだった。
(……だって、価値観があっちの世界なんだもん)
吸血鬼だからしょうがない。
そんな風に決めつけられることが、我慢ならない。
吸血鬼って言ったら強キャラに描かれたりラスボス扱いされることはよくあるけど、だからって一方的に嫌って虐殺されるような世界線でイキっちゃえるわけでもないのよ。
私としては折角のファンタジー世界、強い肉体と豊富な魔力、加えてこの美貌があれば好き勝手に生きられると思っているのだ。
(吸血鬼だから引きこもってろなんてナンセンスなんだから!)
……まあジャミィルとハルトヴィヒが本当に私のことを好きだなって思ってくれたらそりゃ嬉しいかなって思ったけど、よくよく考えると私って前世、カレシいたっけな?
いたような、いないような……。
「モテたい……」
「マリカノンナちゃん大丈夫?」
「もう私の癒やしはイナンナだけだよおおおおお~……」
ぎゅうっと抱きつけば、彼女は笑って抱きかえしてくれた。
あんな駆け引きめいた権力とかそういうのの匂いがないのが一番だよね!
いや、権力は利用したいですけど!!
私の学園生活、本当に大丈夫かしら……。
「ここにいたのか、マリカノンナ!」
「……うわ」
折角イナンナのクラスで難を逃れようとしているというのに、何故にコイツは私を見つけるんだ?
隠れているわけじゃないから仕方いっちゃ仕方ないんだけど……。
「こんにちは、ヌルメラくん」
「ファセット嬢もこんにちは!」
「ちょ、なんで二人がそんな仲よさそうなの!?」
「マリカノンナちゃんを探してるヌルメラくんと話をするようになっただけだよう」
「イナンナ……!?」
まさかこんなところで裏切りが……!?
いや、イナンナのことだからただの天然さんだな。
うん、そう。これは自信を持って言える。
ちょっとね、まだ出会ってそんな時間ないけどイナンナって商人の子でお店継ぎたいって割にこう、人を疑うことを知らないっていうか……お姉さん心配になっちゃうよ? ってタイプだから……。
頭はいいんだよ、頭は。
でも人が良すぎるんだよね、これはイナンナのご両親にも言えるんだけど。
(私がしっかりしなくては……!!)
自分の学園生活を楽しみつつ、イナンナのことも守ってあげないといけない。
私は決意も新たにハルトヴィヒを見た。
そしてその向こう側に、ジャミィルの姿も見つけて早くも心が折れそうだ。
「それで? もしかして馬術部へのお誘いかな?」
「いや違う! 殿下がサタナール王国の三人も交えてたまには学友同士、親しくしようとカフェテリアの貴賓室でお待ちだ! 是非参加してくれないか。よければイナンナも」
「ええっ、いいの? わあ、やったあ!」
くっ、イナンナが行く気になっちゃったら私が断れないじゃないか……!!
わかってて彼女のことを誘ったな!?
「友人が一緒ならお前も来やすいだろう? なあに、俺たちもいるんだ。緊張しないだろう」
にやりと笑うジャミィル、お前の方が邪悪に見えるよ!
爽やかそうに見せて腹黒ハルトヴィヒ、お前もだ!!
(神様、私が吸血鬼だからって試練を与えすぎじゃないでしょうか)
無神論者だけど、この時ばかりは私も文句を言いたくなるってもんであった。




