第十四話
「こんにちはハルトヴィヒ。うちのクラスの前でどうしたの?」
「よぉ、マリカノンナ! お前を待ってたんだよ。……あれ? ジャミィルは?」
「ジャミィルなら職員室に行ったわ。私に用なの?」
「ああ、そうだ。馬術部に一緒に行くかと思って!」
ニコッと爽やか笑顔を浮かべるハルトヴィヒはなかなか自分の魅力をわかっているタイプだと思う。
事実、彼の周辺には憧れの眼差しを向ける女生徒がいて、そんな彼女たちに手を振ったり愛想もいいしね。
ジャミィルとは違うタイプの男の子。
ハルトヴィヒは赤髪の長身でがっしりとした、いかにもスポーツマン……というか騎士と言われたらなるほどと思うような体格の凜々しい感じ。
そこに割と甘めのマスクで琥珀色の目がキリッとしていて爽やかな雰囲気だ。
ジャミィルは黒髪にシュッとした体格で切れ長の黒目だから、理知的な雰囲気。
細身だけど無駄な筋肉はなくて、目を細めるようにして笑うと親しみが持てるっていうギャップ萌え狙いか?
(うーん、私そのうち他の女生徒に刺されるんじゃないかしら)
今のところ私としては、自分が最終的に売り込みにいく王家がどちらなのかって考えるとカタルージアなんだけども。
聖女召喚、ダメ、絶対。
まあでもミア様が考えを改めてくれるなら、女王の下につくってのもアリだよね。
女性の世界進出ってなんかかっこよくない?
なんてこと考えてる場合じゃなかった。
「ふうん? うーん、でも私、今日は友達と約束しているからやめておくわ!」
「友達と約束?」
「ええ、そうよ。郷土史研究部に行くの」
「……郷土史か」
ちょっと難しい顔をするハルトヴィヒ。
そうよね、馬術部で『机にかじりつくのは好きじゃない』って言ってたものね。
「……ハルトヴィヒはなんで私たちに構うの?」
「うん? まあジャミィルはあれだ、同じような立場だから苦労も分かち合えるかなと思ってさ。……マリカノンナに関しては可愛い女の子とはお近づきになりたいっていうのは自然のことだろう?」
パチンとウィンクをされたけど、おっと、そんなどストレートにナンパ発言されるとは想定外だった!
まあ、建前上はそう言うのが無難よね、特に私ほら、美少女だし。
お世辞を言わなくて済む分、彼としても楽でしょう。
とはいえやはりストレートに聞いたところでまともな返答なんて期待していたわけじゃないし、私は「やだなあ、冗談上手いんだから」と笑って返しておいた。
多分向こうも本気に取るとは思っちゃいないだろう。
「王子はどうしたの?」
「ああ、今日は所用があって学園長に呼ばれていてね、カタルージアからの使者が来ているんだ。俺は学生としての本分があるのだから来なくていいと言われてしまったから」
「そう、王子は部下想いの人なのね」
「その通りだよ」
ふっと誇らしげに微笑むハルトヴィヒ。
そこは本心らしい。
(あら、そうしていた方がずっと可愛げがあるのに)
かっこつけたいお年頃ってやつだろうし、王子の傍にいるような立場の貴族子息ともなれば選り取り見取りどころか女性に辟易してそうな雰囲気あるけどね。
だって私のこと可愛いとか、周辺の女性に愛想良くしているけどその目が結構冷たいのよ。
(本人無自覚かしら?)
そう思いながらお互いのクラスのことを世間話程度に話していると、ハルトヴィヒがにこりと笑った。
綺麗な、とても慣れている様子の作った笑顔。
大抵の女子なら見惚れちゃうね! 私には全く効かないけど。
「なんかスィリーン嬢たちとあったのかい?」
「あら、どうして?」
なるほど、そちらとしてもストレートに聞いてくるのね?
まあたかが地方の平民の田舎娘、甘いマスクと優しくて頼りになる男性として心配するみたいな雰囲気出せばチョロイもんだと思ったんでしょうね。
そうなるように私が仕向けたわけですけど。
「なんだか彼女たちが君の名前を出して厳しい顔をしていたからさ。ちょっと心配になったんだ。まあ、ジャミィルと仲良くしているみたいだから心配要らないとは思ったんだが……彼女たち相手だと色々と厄介だろう? 色々と、ね」
念押ししてくるな!?
まあ、確かにそれは一理ある。
なんせ相手は一国の王女様とその側近。
彼女たちに睨まれた……なんてことになったら、同列の相手に仲立ちしてもらうしかない。ジャミィルは結局のところ、あちらの側だから。
そうなると頼れるのは自分たちだとハルトヴィヒは言いたいわけだ。
(普通に考えればそうよね、普通ならね)
ただまあ、私も普通じゃないからさ!
だから少しだけ魔力を滲ませて、にっこりと笑ってやった。
「心配には及ばないわ、私は実家の決まりを守っただけですもの」
「……そ、そうか」
「ありがとうハルトヴィヒ。あなたっていい人ね! それじゃあ私、郷土史研究部にいかなくちゃ。友達を待たせっぱなしもいけないものね」
「……ああ、そうだな……」
ぼんやりとそう答えるハルトヴィヒに私は満足する。
そう、ちょっとだけね。魔法で催眠術をかけたのよ。
私という存在は〝安全である〟とね。
これぞ吸血鬼のなせる技術!!
……うん? こういうことするからもしかして吸血鬼って嫌われたのかしら。




