第十二話
「ってことがあってさああああああもおおおおぉぉお!!」
「た、大変だったのね……?」
その日の夜、私はイナンナと話をしていた。
今日もお夕飯お呼ばれしちゃったんだよね、おじさんおばさんホントいい人で……。
あまりご迷惑をかけないようにしたいけど今日は甘えてしまった。
だってイナンナに聞いてもらいたかったんだもの!!
「そりゃ私もね? 故郷で馬なんて乗った記憶もないし、楽しみにしてたところもあるのよ。実際行ってみたら大きいけど可愛かったし、乗ってみたら楽しかったし、そこはいいの」
「う、うん」
「でもさあ! 王子とか王子の従者とか、ジャミィルがずっと一緒にいたら他の生徒と交流できないじゃない!!」
そうなのだ、馬術部は思いの外楽しかった。
故郷ではドワーフやエルフが使う通路……というか魔法のかかったものがあるので、あまり馬を使うという習慣がなかった。
そこ、ウィクリフは引きこもりとか言わない!!
実際のところ、私たち吸血鬼も魔法や変身ができるため、馬を使う必要性ってそんなにないっていうか……私がここに車来るまで乗合馬車を使ったのも、両親が持つ知識と現在の常識をすりあわせるためだったし。
持たされた金貨が古代金貨だったところでお察しとは思うけど。
それに馬術って立派な運動になるっていうし、モテるかと思ったんだよ。
美少女が颯爽と馬に乗っているってかっこよくない?
ところがだ。
乗馬初心者の私に、一緒に体験で行ったジャミィルが行動を共にしたのはまだ百歩譲っていいとしよう。
馬術部の先輩方が体験入部の後輩たちに指導するってのもわかる。
でも! なんで!!
「なんで他の先輩たちじゃなくて、王子とハルトヴィヒが私たちの指導にあたるのさ!?」
しかもジャミィルはやはり従者の家系ということで乗馬は必須科目。
むしろ何でもござれじゃねえか、料理も実はできるんじゃないのか。
何故かハルトヴィヒにも名前で呼べって朗らかに言われて断れず、周囲からは王族(とその周辺)に親しい生徒みたいな目で見られてしまったのだ。
とほほ、私のリア充ライフが遠のく音がする……。
「私、あんな偉い人たちと一緒にいたら青春できないよう……」
「た、大変だね……あの、わたし郷土史研究部に入ったから、マリカノンナちゃんも見に来る? 先輩たちね、とっても優しいの」
「いく!!」
イナンナだけだよ私のオアシス……!
ちなみにジャミィル情報によれば、スィリーンさんはミア様と一緒に剣術部に入ったんだってさ。
やだ、なんか強そう。
刺されないように気をつけなくちゃと思ったよ。
「郷土史研究ってどんなことをするの?」
「ええとね、わたしはこの町にある時計台について調べたいなって思ってて……」
イナンナによれば、郷土史と一口に言っても他国の民話や伝承、なりたち、その他気になったものをどんどん調べてみるものらしい。
ものによっては伝統工芸の制作を実際にしてみたり、見学に行ったりもするんだって。
ナニソレ楽しそう。
「サナディアについての本もあったよ、あんまり手に入らないって話だったけど……」
「ああ、あそこは生きる伝説みたいな存在ばっかりだから……」
エルフの長老って呼ばれてる人たちなんて一体何歳なんだか、私も知らないもの。
少なくとも現在のサナディアという国ではエルフの長老たちが代表者という扱いで、その中心には女性の最長老がいるんだけど……たとえ長命の種族だろうとちゃんと齢は重ねているので、しわしわのおばあちゃんだ。
でもだからこそ、エルフでしわしわのおばあちゃんなのだからとんでもない年齢であることはわかっている。
ただそのことについて聞こうものなら、翌朝どこか知らない森の中で記憶をなくして目覚めることになる……なんてひいおじいちゃんが言っていたので絶対に触れてはならないことなんだなって幼心に刻んだ記憶がある。
それ以外にも伝説の鉱石を取り扱えるドワーフとかもいたり、他にも、まあね。
彼らが昨日のことのように過去を語ってくれるので、特にそこら辺は本にする必要がないっていうか……ウィクリフの出番はないっていうか……。
ただ一応、記録として一度聞いたものはひいおじいちゃんあたりが今も記録はしていると思うので、本にするとしたらそこの記録から抜粋してってところじゃなかろうか?
(そういやおじさんもたまにこっちに来ることがあるって言ってたっけ……)
なんでも人間族の描く絵画が好きだとかなんとか。
本以外にも趣味があるっていいことだよね。
あの人のおかげで他国の美味しい物をちょいちょい手に入れられるので、うちの一族としては大歓迎だったわけだけど……こちらでももしかしたら会えるだろうか。
「それにね、郷土史研究の顧問の先生がとってもかっこいいんだよ」
「へえ! それは素敵ね!!」
「カレンデュラ先生って言うんだけど」
折角浮上した気持ちが一気にダウンした。
ああ、うん、センセイかあ……。
そうだよね、人間族とかからしたらあの顔見ちゃったらあれが一番ってなっちゃうよね。
私たち人間族ではない側としては普通なんだけどさ……。
(いや! それでいけば私は超がつく美少女のはずなんだから!)
王子や王女、その辺とも知り合いと思われて下心つきでよってくる男だっているはずである。
そういうのは願い下げだが、それがきっかけで出会いがあるかもしれないじゃないか。
何事も諦めては負けなのだ!
(……なんとしても! 青春してみせるんだから……!!)




