番外編 歴史の流れで消えたもの
さて、マリカノンナと別れた(というか置いていかれた)サタルーナの三人組と言えば、それぞれがそれぞれの反応を見せていた。
「誘拐かア、なるほど。確かに言われてみればその通りか」
「ジャミィル、何を言っているの! それよりもあの態度! 姫様に対して失礼極まりないじゃない!!」
「誘拐……いえ、これは崇高な、でも誘拐……初代様は帰りたかった……?」
納得する者、憤慨する者、衝撃を受ける者、三者三様だ。
ジャミィルは妹の言葉に返事もせず、ただマリカノンナの去った方角を見る。
(あれは、相当跳ねっ返りだけど面白い。知恵も知識もあるのに、まっさらだ。見た目じゃない、中身が綺麗だ)
彼は幼い頃から姫の従者として、或いは護衛として、毒味として、様々なことを叩き混まれた。
実家の腹づもりは彼もわかっているつもりだ。
将来は双子の片割れであるスィリーンにはいずれ女王となるミアベッラの専属侍女として陰日向と支える役割を担わせ、ジャミィルにはいずれ現れる王配の護衛と監視を担わせるつもりなのだろう。
(いいな)
そのつもりは、ジャミィルにはない。
ただ今のところ従っているのは、ミアベッラ自身は素直で頑張り屋の幼馴染であること、スィリーンは手のかかる妹だからだ。
そして国の予算を使って最高学府で学べるチャンスを逃すなんて勿体ないことは彼にできなかった。それだけだ。
制約なんてものはないし、親が従者なら子も従者たれなどという決まりもあるわけではない。ただ両親がそう望んでいる、それだけだ。
だからジャミィルはいずれ卒業した後は国を出て色々なものを見たいと思っている。
いつまでもフラフラはできないので、いつかはどこかで腰を落ち着けることになるのだろうが、少なくとも数年は旅をしたいとそう考えているのだ。
ただ、妹と幼馴染からは反対されて面倒になることがわかっているので黙っているが。
「そうよ、誘拐だなんて……王族と変わらない待遇、親切な侍女をつけてあげれば」
「ですが彼女が言っていたことには一理ありますよ、姫」
「ジャミィルまで彼女の肩を持つの!? 姫様がどれだけ悩んで聖女召喚について調べておいでか貴方もわかって……」
「それは聞き捨てならないな」
ミアがようやく衝撃から立ち直ってグッと拳を握ったところで、彼らに歩み寄る男の姿にジャミィルが静かに隠し持った武器に手を伸ばした。
(見た目は二十代後半ってところか? 足音もしない、気配もなかった。……教員の服を着ているが)
「私はエランヴィル=ダンテ・イル・イラ・カレンデュラ。この学園の教師だ」
ジャミィルの視線を受けてにっこりと笑う男は、彼が知る中でも美しい男だった。
その美しさには、王族に仕える者として教育を受けるスィリーンですら頬を僅かに染めるほどだ。
「さて、君たちは新入生かな? であれば、一つ忠告しておこう」
「……なにを、でしょうか」
絞り出すように声を発しながらも姿勢を正し笑みを浮かべたのはミアベッラだ。
さすがに王女としての教育の賜物か、目の前の男の美しさにも動ずることなく堂々とした振る舞いにジャミィルもどこか誇らしい。
「私はエルフだ。この意味がわかるかな、サタルーナの子供たちよ」
「……ッ」
「初代女王となった聖女のことを私たちは忘れていない。泣いていたあの子を神輿として押し上げ、女王にしたから彼女は幸せだったと?」
「それは……しかし、初代陛下は王配殿下と仲睦まじかったと……」
「そうだね。彼らは大変なかの良い夫婦だったよ。虐げられる民衆を救い出し、それで彼らは穏やかに暮らすつもりだったのにね」
「……え……」
「聖女を召喚など非道なことは止めることだ。犠牲者を増やすことはない。……賢明な判断を期待しているよ、サタルーナの王女殿下」
エルフはかつて聖女に協力したと記録が残る。
しかしその後はサタルーナから引き上げ、去って行った……それが何を示すのか、知る者はサタルーナに残っていない。
ただ王族だけが読むことの許される書にその存在は記されていた。
「ウィクリフの記録だけは、読むことを禁じられていただろう。あれは聖女を否定するものだったからね。私たちエルフも賛同した。その意味を、理解できるようここでよく学ぶといい」
そう告げて去るエランヴィルは優しく笑っていた。
ただその目が笑っていなくて、ジャミィルは小さく詰めていた息を吐き出す。
敵意はない。殺意もない。
だがあれほどまでに冷たい空気はそう感じることもないだろう。
きっとそれは他の二人もそうだと彼は彼女たちを庇うようにして立ち、去って行くエランヴィルの背に頭を下げたのだった。




