相手が悪かった
手遅れの彼の話。
外見からは歪みがわからないからご注意を。
またいる。
部屋の窓から外を眺めると、うちの前に立つ女の子。
いつもポストに手紙を投函して去っていく。
いなくなったのを確認してからポストを覗きに行くと、10通の手紙が入っていた。
他のダイレクトメールとまとめて回収して、部屋で封を開ける。
大抵は大したことは書いてない。
今日の服装素敵でしたとか、髪型変えたんですねとか俺の容姿の変化に気付いた内容と、好きですという告白。
日によって手紙の量も違うし、他の俺宛の手紙を盗んだりゴミを漁ったりしたことはないから、まともなストーカーなんだろう。
「まとも」な、ストーカー。変な日本語。
我ながら思わず笑ってしまった。
一通り目を通して、そのうち1枚だけは残してあとは机の引き出しに放り込む。
引き出しは既に2段目まで彼女の手紙で埋め尽くされていた。
「直接会いには来ないんだよなあ」
ベッドに身体を沈めながら呟く。
彼女…佐藤知花ちゃんは俺のストーカーだけど、なんというか生ぬるいストーカーだった。
後をついてきたり家に来たり、こうやって手紙を投函してきたりするものの直接接触はしてこない。
バイト先に来たこともあるけど目も合わなかった。
女友達に嫌がらせをするでもなく、ただ愛を伝えるだけのストーカー。
それはどちらかといえば、幼い女の子の初恋に近い気がした。
まだ恋をした事がないような、仕方もわからないような。悪意のない純粋で間違った気持ちの伝え方。
…俺にとっていつからかそれがたまらなく、興奮するものになっていた。
「もう成人してるのに、幼稚だな。かわい」
一生懸命こそこそと俺の後をついてきて、ただ好き好きと伝えてくる。
しかしそれを本人には言えなくてこんなやり方になっていた。
スマホが鳴る。表示を見れば友達の明久だった。指先を走らせて電話に出る。
『もしもし?今日の飲み会なんで来なかったんだよーお前に会いたがってる女の子いたのに!』
「ごめんごめん、遅くなるの嫌だったからさ」
『あ?なんか用事あったんか』
「んんーそうだねえ。ちょっと疲れてた」
曖昧に返す。毎晩家に来る健気な知花ちゃんを見たかったから、なんて言えない。
『今度会ってやれよ、可愛い子だったし』
「あー、その子俺のこと好きなの?」
『すげー質問だなおい…まあ、気があると思うぞ」
「じゃあ会わない。断っといて」
『はあ?!ちょ、おまえ』
まだ途中だったけどそのまま切った。ついでに電源も落とした。
スマホをそのままベッドに投げて、手に持ったままの手紙を眺める。
他力本願に好きだと言ってくる女に興味ない。
だって俺は、こんなにも愛されてる。
「いや、違うか。恋だな」
幼稚な、可愛すぎる恋だ。全然愛には及ばない。
手紙に唇を寄せる。
可哀想な子。俺はそんな君を愛してしまったから、可愛くて無知な君を欲しくなってしまったから。
もう逃してはあげられない。
きっと君は俺の愛には耐えられない。砂糖菓子みたいな恋をしているから。
俺の重たくて、欲情を孕んだ気持ちに押しつぶされてしまうだろう。
わかってる。でも、もう手遅れ。
「もし、彼女が接触してきたら奪おう。してこなかったとしても、手に入れよう」
ごめんね、俺は知花ちゃんみたいに綺麗じゃないよ。
罪悪感と高揚感。綺麗なものを汚してしまう背徳感と支配欲。
恋する相手が悪かったなあ、と誰も聞いていない呟きが落ちた。
そうして彼はまんまと罠にはまり、彼女を捕まえたのでした。
めでたし。