三日会わざれば13
その蹲った向こう、車の近くにいた最後の一人が、フロントガラスを血で覆って吹き飛ぶ。
三人の民兵を始末したことを確認して蹲る彼の元へ。廊下の外は伸び放題の雑草が足元を完全に隠していて、奥に見える三つ目の棟の足元もまた同様の荒れ方だった。
そしてその荒れ果てた草原の間に通っているボロボロの舗装道路=三人の民兵が倒れ、彼等に殺されたかもしれない男が蹲っている場所へ。
静かな世界に踏み分けられた雑草の音が響く。
そしてそれに反応した彼が、銃を持って近づいてくる四人の姿を認めたところで、その精神が限界を迎えたようだった。
「う、うああぁぁぁぁぁっっ!!」
奇妙なダンスのように手足をばたつかせ、起き上がるというより飛び立つと言った方が近いような動作で逃げ出す男。
「あっ、おい!」
「待って!」
口々に呼び止めるが、その間に彼の眼はついさっきまで自分と――望むと望まざるとに関わらず――言葉を交わしていた相手が頭や顔を破壊されている姿を見てしまっている。
「うわあああああっ!!!」
無理もない。
いきなりそんなものを見せつけられて、その上でそれをした張本人たちが突然現れた――これで落ち着いて対処しろと言う方が無理と言うものだ。
「待て、待ってくれ!俺たちは――」
呼び止める声も伸ばした手も、どれ一つ彼の恐怖とパニックを抑える役には立たなかった。
瞬く間にどこかに走り去ってしまう男。
追いかけるか?いや、やめておこう。土地勘のある場所でもなく、敵の目を避けて進む必要のある状況で、どこに行くとも分からない相手を追いかけるのはリスキーすぎる。
「……まあ、いいさ」
去っていった男の背中にため息を一つ吐きながら、フリッツさんが漏らした。
それから彼の眼が、転がっている南洋同盟の民兵たちに向けられる。
「俺の他にもう一人、生きている奴がいると言っていた。それが分かっただけで十分だろう」
彼の立場からすれば、その情報がどれほど嬉しかっただろうか。
顔には出していないが、恐らくそれは彼にとって有益な情報だったはずだ。
そして彼がその結論に達した時、対照的に小さく肩を竦めながら自らの仕留めた死体の横に屈みこんでいた角田さんが起き上がる。
「駄目だな……」
「何かありましたか?」
偶然だろうが、ふと漏らした言葉がフリッツさんのそれ――と俺の脳内の言葉――と正反対だったことに反射的に尋ねつつ彼の元へ。手の中にひらひら動いているカードのようなものを見つけながら。
「連中の識別票だ。さっきのランフォリンクスの通信聞いただろ?識別票と装備を奪ってやれば、上手い事連中の中に紛れ込めると思ったんだが……」
そう言って、透明のフィルムに封入された定期券サイズのカードをこちらに見せる。
本人の名前こそないが、所属や生年月日、血液型が記され上半身脱帽写真の載せられたそれは、なんとなく免許証に見える。
「見ての通り、写真付きだ」
まあ仕方ないか――そう締めくくったところで、どこかで再びランフォリンクスの、銀行ATMのような機械音声の放送が流れてきた。
「市民の皆様にお伝えします。現在南洋同盟内政委員会により、外出禁止令が発令されました。市民の皆様は外出禁止令が解除されるまで、一切の外出を控えてください。また市街展開中の全ての警備隊員は、規定の箇所に身分証と識別票を常時表示してください」
「まあ、仕方ない。とりあえず死体を隠そう」
「「了解」」
隠すと言っても、それらしい場所は見つからない。
三棟目の団地の中とも思ったが、これまでの二棟と同じつくりなら隠すのは難しい。
結局、道の左右に広がっている、かつては整った庭や家庭菜園や自転車駐輪場があったのだろう辺りの草むらに放り込むことにした。まあ、これで遠くからは見えないだろう。
「で、これからどこに?」
自分の撃ち殺した相手を、恐らく彼らが乗ってきたのだろう車の下に隠しながら、角田さんが尋ねる。名前は言っていないが、誰に言っているのかは内容から明らかだった。
「目的地の俺たちの拠点だったビルはここを出て直ぐ近くだ。最短でなら数分だな」
そう言って指し示すのは、さっきの男が走り去った向こう側。より旧市街の中心地に近い場所だった。
「よし、ならそっちに行こう」
「了解。ホテル2-2よりCP」
そこでCPに連絡を取るフリッツさん。その返事はインカムを通して我々全員に伝わった。
「こちらCP」
「旧市街の団地で敵部隊と遭遇。迂回してLZに向かうオーバー」
「CP了解アウト」
通信を終え、俺たちは再び動き出す。
団地から離れ、建物の間を縫い、時折通りかかる警備部隊を回避して、件の建物に到着したのは、最短として示された時間と大して変わらなかった。
「ついたぜ。ここだ」
かつては何らかの商店でも入っていたのだろうビルの影から、すぐ近くの十字路を指し示すフリッツさん。
――いや、正確に言えば指していたのは十字路ではなく、その傍らにある建物だ。
こちらから見て左奥に当たる角に建てられたコンクリートの3階建て。窓が枠しか存在せず、蜂の巣という比喩表現そのものな外壁を持ったその建物が、彼らの拠点だった場所だ。
「ひどいな……」
そのあまりにもひどい荒れっぷりに思わず声が漏れるが、幸いにも誰にも聞こえていなかった。
「ここで戦闘が……」
「あの時は酷かったからな……行こう」
交通安全同様の左右確認。異なるのは上にも目を向けている事と、近づいてきた者は撃つというだけ。
目的地のビルも含め十字路を斜めに横切り、元は何かの店舗だったのだろう窓と同じく枠だけになったショーケースがカウンターを兼ねている店内へ。
「クリア……」
同じく枠だけ――というよりその枠すらもひしゃげて崩れ落ち、ただの穴になっている窓から覗き込みながら、一足先にただの穴になっている入り口から中へ。
在りし日の姿はすでになく、客や店員の代わりに店内の多くを占めているのは砕かれて足元で音を立てるガラス片とコンクリートやタイルの破片に、何らかの残骸と無数の薬莢=ざっと見た限り58mm×42=フリッツさんの鹵獲した03式と同じもの。
後は狂ったミシン目のように縦横無尽に走り回っている無数の弾痕。そして――。
「ディラック!カルロス!」
フリッツさんがかつての名で呼んだ、二人の傭兵の亡骸だけ。
片方が窓の近くの壁にもたれかかり、もう一人はカウンターの向こうにうつ伏せに倒れている。
カウンターの奥の方は手に無線機を握ったまま。壁の方は弾が切れたのか、はたまた故障したのか、ライフルを放り出し、ハンドガンだけを握ったままだ。
恐らく仲間の救援を求め、それが来るまで抵抗し続けたのだろう彼らはしかし、ようやく到着した仲間にも、もう一切の反応を示さない。
「……」
「え?」
彼等を少し調べてフリッツさんが何かを言ったような気がしたが、聞き取ることは出来なかった。
代わりに聞こえたのはその続きの言葉。立ち上がり、カウンターの奥にある階段=辛うじて扉は残っている裏口のすぐ横に目を向けながら呟いたそれだけ。
「……上に行こう」
(つづく)
今回は短め
続きは明日に




