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三日会わざれば10

 契約成立によって改めて行動を開始した俺たちの前に、まだ新しいバリケードが現れるのは動き始めてからそう時間が経たないうちだった。

 土嚢や、水を入れるタイプのウェイトで固定された進入禁止ブロック。そしてそれらの上に寝そべるように広がっている有刺鉄線と、危険性の説明ではなく実力行使によって侵入を防止する方針であることを示している。


 「行き止まりか……」

 それらの高さは1mを優に超え、頂上の有刺鉄線のせいで乗り越えるのもままならない。

 その上右手側の切り立った断崖のすぐ下には白波が音を立てている。

 バリケードの向こうはこちらとは対照的に壊れていない舗装道路が奥へと伸びており、背の高い防波堤も健在だ。

 どうやらここが放棄されたエリアと旧市街の境界線らしい。


 「仕方ない。こっちだ。迂回する」

 消去法で選択された進路=建物の敷地内を通過。

 左側に折れて、膝の辺りまで伸びている雑草の中へ踏み入り、潮風に晒されて弱くなったのだろう金網の切れ目に潜り込むフリッツさん。

 建物自体はコンクリート造りの小さな団地のようなものだが、人が済んでいる気配は全くない。

 境界線ギリギリで放棄されたのだろう団地の敷地内へと入り込み、建物の中を通り抜ける通路へ。

あらゆる類の落書きだらけのそこを通り抜けた先は、同じような団地と、それと向かい合っている工場だった。


 「こっちを通った方が近道だ」

 そう言ってフリッツさんは団地から工場へ移る。

 工場と言っても、操業停止して久しいという事はその人気のなさと、何より半壊して錆の博物館のようになった建物が物語っている。

 かつては何かの解体か組み立てをしていたのだろう巨大な機械は、既に周囲に転がる――部外者にして門外漢の俺にもはっきりとわかる――ガラクタの親玉のように放置されていて、その上を横切っているホイストクレーンは、何があったのかワイヤーが吊り具ごとちぎれて放置されていた。


 その機械の墓場を横切って建物の裏手へ。かつては工員たちの詰め所か事務所でもあったのだろう平屋と、工場棟の間にできた通路の奥に、更に向こうへと続く横引きゲートがぴたりと閉じられていた。

 「ここを抜けて、あのゲートから外に出る」

 「了解。行こう」

 今度は俺がポイントマンに立つ。

 工場棟の角から慎重にカッティングし、そっと平屋の壁に手をやると、錆と汚れとが固い感触と一緒に手についた。


 「よし……」

 得物をローレディに構えて、通路の中央付近を慎重に進む。精々2m程度の幅しかない通路で、薄いトタン状とはいえ左右の壁は金属製だ。不意の遭遇や跳弾の危険は少しでも避けた方が良い。

 「!」

 その前提を捨てて、咄嗟に左手=平屋側に身を寄せる。前方1m程の扉の向こうで何らかの声が聞こえた。

 「……」

 後方にハンドシグナルで報告=警戒せよ。左側に敵。

 角の向こうで銃口がこちらに向くのを確かめてから慎重に扉にカッティングを行って通過。すぐ隣に設けられている窓の桟の下を通るべく体を平屋の壁に密着させ可能な限り身を屈める。


 「……は捜索中。現在……」

 直感:俺たちの話をしている。

 窓の下で一瞬動きを止め、デバイスの指向性マイクモードを起動。見つからないようギリギリのラインではあるが、何とか中の音を拾おうとデバイスを窓の下へ。

 窓の端が僅かに開いているのを見つけたのは、まさにそんな瞬間だった。


 「先程、独立記念公園に派遣した部隊が追跡を続けている」

 インカムに声――恐らく通信機器を通したもの。

 窓の下を通り抜けてからそっと中を覗き込む。どうやらこの中は工員の詰め所から南洋同盟の詰め所に変わったらしい。

 2人の民兵が窓と反対側の壁に投影された映像と、そこから聞こえてくる声に対し安めの姿勢を取っている。

 それだけを確認して後続へハンドシグナルを送り、俺は本来の目的=進行方向の安全確保に戻った。


 「未だ接触したという情報はない。連中がそちらに逃げ込んでいる可能性がある。十分に警戒せよ」

 インカムに聞こえてくる先程の続き。ちらりと後ろを見ると、後に続いたクロが同じようにして部屋の中の音声を拾っていた。

 読みは正確だが、少しばかり遅かった。今まさに逃げ込んだ俺たちは彼らの尻の後ろを通過している。


 「了解しました。巡回要員を増強します」

 先程からの声とは別の声――恐らく話を聞いていた民兵のどちらか――が答える。厄介なことをしてくれている。

 ゲートまで到着したところで聞こえてきたその言葉に対し、ゲートが施錠されていてびくともしない事を確認したのと同時に追加注文が入ったようだ。


 「それと、この画像の男も同様に捜索しろ。この男は公社のエージェントと目されている男で、こいつも先程の連中と同様、同志アジャーニの仇だ。決して取り逃がすな」

 どうやら公社の人間もこの辺りに潜伏しているようだ。

 ――その経歴で最初に思い浮かんだのは、北ジンバラでアジャーニと会っていたあのスーツ姿の男。

 奴の立場は結局よく分からなかったが、当時は公社とAIFが協力関係にあったという事から考えると、奴だったとしてもおかしくはない。もっとも、奴が公社のエージェントだったとして他にもエージェントがいないとは限らないのだが。

 確認のため面を拝んでみたいところだったが、それよりも重要な問題がある。予定していた出口が開かないことだ。


 正面以外に移動できるのは左側だけ。平屋の端にもう一つ用意された扉をくぐって中に入るルートだ。

 「アルファ3よりホテル2-2。正面は封鎖されている。左側に扉がある」

 声を落としてインカムに囁くと答えはすぐに返ってきた。

 「ホテル2-2了解。そちらに進んでくれ」

 「了解」

 そこで、クロを追い抜いて俺の後ろに来ていた角田さんが扉の前に到着。ポーチから以前も使った昆虫型の超小型ドローンを取り出すとデバイスを起動する。


 「待て。中を確認する」

 そう言って動き出したドローンに来た道を戻らせ、クロの頭の上を越えて室内へ。

 天井に張り付いて部屋の全景を映し出すドローン。

 それによると、どうやら中の部屋は今俺たちの前にある扉の先には通じていないようだ。


 「!?」

 だが、それ以上に驚いたことが一つ。中の民兵たちが見ていた例の映像に映し出されている公社のエージェント。その姿として映し出されていたのは、間違いなく北ジンバラにいたあの男だった。

 と言っても証明写真のように上半身脱帽で顔立ちが分かるようには写っていない。

 どこかの工場かなにかで複数名と会合中と思われる映像。あの時と同じスーツ姿で東洋系と思われる顔立ちだが、サングラスで目元を隠していて顔立ちまでははっきりとしない。

 同志アジャーニの仇――あれ程親し気に笑いあっていた姿を知っているとどうしても信じられないが、公社がここの警備を担当している以上、そしてその公社を使っているのがアジャーニの頼った南洋同盟と敵対している東人連である以上、今彼らは敵同士だ。


 「成程な……」

 同じ情報に気づいた角田さんが静かに漏らす。

 そして俺たちの方に戻ってきたクロもまた、中の映像を肉眼で見たことで同じことを考えていたようだ。

 「あのスーツの人、公社の人間だったみたいですね」

 「ああ。一応ここの警備は公社が担当しているらしいし、南洋同盟からすれば公社のエージェントなんて敵の代表だろうしね」

 そう答えて、頭の中にふと浮かんだ考えを、彼女の後ろからついてきたフリッツさんに聞いてみた。

 「公社の連中が南洋同盟と争っているのを利用できませんか?」

 具体的にどうやって、というのはまた別として可能性としての話だ。

 もし出来るのならば、そういう状況に追い込まれた時には試してみるかもしれない。


 「まあ、出来るかもしれないが、問題は――」

 その問いに返ってきた答えは大事なことを思い出させてくれた。

 「南洋同盟は俺たちを敵とみているし、公社の連中からすれば俺たちと南洋同盟の区別なんてつかないだろうという事だ」

 つまり、敵の敵も敵のままという事。

 やはり俺の頭では小賢しい事を考えてもいい結果にはならなそうだ。


 「成程……。あまり期待は出来そうにないですね」

 俺のその締めが活動再開の合図となったようだった。

 「よし、いくぞ」

 「ああ。この建物を抜けた先にも出口があったはずだ」

 ポイントマンを引き受けた角田さんにフリッツさんが付け足し、そして音もなく扉が開かれると、その向こうの闇にするりと角田さんが入り込んだ。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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