三日会わざれば9
彼女――彼の言ったその呼称を説明するように一枚の写真を取り出して俺たちに差し出す。
撮られたのは恐らく北ヴィンセント島だろうか、見覚えのある格納庫と滑走路をバックにした集合写真の右端に写った女性に、彼の指が接近する。
金色の髪をショートヘアに切りそろえた、明るい笑顔の女性。それがどうやら彼の探している人物のようだ。
「名前はフランシスカ・レイク。今言ったように今回の作戦のCPを担当していた。会社に来る前は北共陸軍レンジャーだった女傑だ。彼女の実力なら、最初の襲撃を凌げていれば一人でも生き残っているはずだ」
「成程……」
その写真を一瞥してから角田さんが顔を上げたのが、同じく顔を見ながらフリッツさんの説明を聞いていた俺の視界に入った。
「で、何故その依頼をCPを通さずにすることには何か特別な理由が?」
今までの所、この依頼に問題があるようには思えない。
コントラクター同士での依頼は――勿論内容にもよるが――社内規定的には可能であるし、現にそういうケースを何件か知っている。そして襲撃を受けはぐれてしまった味方を捜索するというのであれば、間違いなくどの規定にも引っかからない。
「……その件なんだがな」
もう一度無線を確認するフリッツさん。
俺たちがそれに倣い、自分と同様の安全を確保していることを確かめてから彼は切り出した。
「今回のCP、つまりグスタフの野郎は、どうも俺たちを疑っている節がある」
そう言われても、俺たちにはそんな素振りは見せていなかったため違和感がある。
その事も彼は織り込み済みだったようで、すぐに言葉を続けた。
「奴からは何も聞いていなかったようだが、奴と俺とは付き合いがないって訳じゃないからな。そして残念ながら、それほど仲良しという訳でもない。俺にあんた達を引き合わせるために動いていたが……、どうにもただ助けてくれるって訳じゃなさそうだ。大方会社のお偉方からスパイとして送り込まれたのだろう。あれはそういう男だ」
どこまで本当かは分からない。
だが、暗殺の実行犯かもしれないと目されていた男が、自身の脱出を後回しにしてまで行方不明の味方を捜索するという行動に出れば=目立つ動きをすれば、疑いの目を向けられる可能性があるという事は何となくわかった。
「会社としては暗殺はご法度だからな。それについての依頼は基本的に断っているし、コントラクター同士の契約でもそれは同様だ。だから俺も無事もう一度あの島の土を踏めば、そのまま取調室行きだろう。それはいい。だが、部屋に入る前にお偉方に色眼鏡で見てほしくない。今のご時世煙から火を起こすことだってできる。分かるだろ?CPには上手い事誤魔化しておく」
そう言って写真をチェストリグにしまうフリッツさん。
それから改めて、俺たち一人一人にしっかり向き合って言った。
「どうか、彼女を助けるために手を貸してほしい。あいつを見捨てていくことはどうしてもできない」
しばし、俺たちは互いに顔を見合わせていた。
アイコンタクトでの協議。だがその議題は彼の話しが信用できるか否かではなく、その依頼を受けるか否かでさえない。
確認が必要だったのは次の一点だけだ。
即ち、依頼を受けるにあたって誰がそれを伝えるか。そして誰が報酬の出所を尋ねるか。
「あー……、分かった」
ここはやはり年長者にお任せしよう。引き受けてくれた角田さんの言葉を聞く。
「だが、どこから倍になった報酬が出る?」
「実はな、俺は今回の依頼を最後に引退しようと思っていた。好き好んでこの会社にいたがね、いつの間にか、銃も爆発もない故郷に帰って店を開きたいなんて、笑っちまう位まともな夢を持つようになった。そのための資金から出させてもらうよ」
「それで、いいんですか?」
思わず口を挟む。
そしてそう言いながらしかし、俺は何となく彼の心中が分かる気がした。
「いいとも」
そう言った時の彼は、ワークキャップのつばで顔を隠すように下を向いていたが、その声はしっかりと聞こえていた。
「引退は綺麗にって決めていたのさ。例え自分一人が平和な世界に帰ったとしても、それが仲間を見殺しにしてのものだったら、どうしてもどうしても目覚めが悪そうな気がしてな」
「オーケイだ」
答えたのは本来の質問者。
「トーマもクロも、それでいいよな?」
今回も全員一致。
――仲間は見殺しに出来ない。その彼の思いを聞いた時、頭の中に浮かび上がったのはここにはいない分隊長の姿。
それがなんだか恥ずかしくて自分に別の理由を押し付けた。
即ち、臨時ボーナスを逃がす手はない。と。
「一応一筆頂きたいが」
「ああ、そうか……よし」
チェストリグのペンホルダーから抜き取ったペンを、手帳サイズのノートの上に滑らせていくフリッツさん。
「これでいいかい?」
渡されたそれに目を通し、彼のサインがしっかりと記されたそれの横に、今度は俺たちが記名する。
「よし、成立だ」
「もしまだ彼女が生きているとすれば、CPとして使用していたビルに行ってみれば、何らかの手掛かりを残しているはずだ」
角田さんが受け取り、それから俺たちは再び動き出した。
焼却場の裏手には海岸沿いに走る遊歩道があり、そこを通って行けば旧市街にも通じている。
度重なる台風の被害を受けているはずだが、この辺りは――かなり破壊が進んでいるのは事実なものの――まだ辛うじて人が歩くことが出来るぐらいの状態で残されていた。
そのボロボロの海岸を進みながら、頭の中の地図を広げて行き先を確認する。
彼等のCPの場所もインプットされているそこの上で、LZの車両整備基地への経路を確認する。
今歩いている遊歩道を進んでいった先で内陸に少し入ったところにある旧市街地の、北のはずれにあるのが車両整備基地で、CPはその途中の建物の中に設けられていた。
寄り道としてはあまり大きく脱出ルートを逸れることは無い場所だ。ともすれば、ここを脱出ルートの一部として移動すると言っても通じるような立地だった。
なら脱出作戦の後半は問題ない――あくまでCPの跡地を訪れるだけなら。
となれば、まずは作戦の前半部分=まずはこの海沿いの舗装された崖のような道を落ちずに旧市街まで進むことだ。
時折吹き付ける潮風を感じながら、俺たちは北へと進んでいった。
※ ※ ※
「シーカー2よりシーカー1。“ストレイドッグ”が移動中。ポイントチャーリーからフォックストロットへ向かっています。武装したアンノウン三名が同行中オーバー」
双眼鏡の向こうを移動している四人を追いかけながら上官に伝える。
「シーカー1了解。そのまま監視を続行せよオーバー」
それから、手をライフルに。しかし目は双眼鏡から離さない。
「私の距離からなら確実に仕留められます」
「駄目だ。まだ容疑が固まっていない。ストレイドッグもアンノウンも撃つな。監視を継続しろ」
「了解。シーカー2アウト」
つまりこういう事だ。
容疑が固まれば撃っていい。
「クロ……」
四人の中の一人の名を呼ぶ。当然届くはずもないのだが。
それから、双眼鏡の視界の中に、今すぐ横に置いてある己のライフルにマウントしたスコープを思い起こす。
距離は十分射程圏内。相手の身長を考えて照準を調整。
必要なら撃つ。例えそれがかつての友人であったとしても。
「……」
私はもう変わったのだ。
今の私は、そしてこれからの私は、あの子の知る私ではない。
必要がない事を祈る。味方を撃つのはやはり嫌なものだ。
「――だけど」
嫌な事がいつも不必要とは限らない。
その時は、私は躊躇なく引き金を引くだろう。
――それがたとえ、かつての親友との永遠のお別れを意味するとしても。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




