三日会わざれば8
「よし、それならこっちだ」
そう言って、エントランスの奥を顎で示し、体でその後を追おうとして立ち止まった。
「っと、これもだな」
そう言うと、彼は土嚢の足元に並べられた5.8mm×42弾のマガジンを、チェストリグのマグポーチに入るだけねじ込んだ。
「連中から分捕った代物だ。ご覧の通り弾の融通は効くし、最悪の場合でも銃声で位置がバレる可能性が低い」
そう言うと、自らの持つ03式を薄汚れた2点スリングで体にかけた。
今度こそ再出発。無線の向こうのグスタフ氏には角田さんが連絡する。
「アルファ1よりCP。これよりホテル2-2の提示したルートで移動するオーバー」
「了解だアルファ1。現在周囲に敵影は見られない。追いつかれる前に移動してくれアウト」
エントランスの奥にはエレベーターホールがあり、既に動かなくなって久しいそれらを迂回するように続いている廊下を進む。
「ここから外に出られる」
そう言ったフリッツさんの視線が示す先=建物の裏手に広がる空き地。
高さは優に5mほどありそうだが、彼は慣れた手つきで壊れた窓の横に据え付けられていた消防設備の箱をこじ開けると、縄梯子を投げおろして俺たちに示す=先に降りろ。護衛だろ?
先頭に立ったのは俺だ。
他二名が降りた先と、その向こうにあるビルの廃墟を監視している中で、何でできているのか赤黒く錆びついたステップの縄梯子を下りていく。
「クリア。降りてきて大丈夫」
下に降りて直ぐ周辺監視の役割を交代し、膝射姿勢で周囲を監視。
地面につけた膝の下、ニーパッドに覆われていない脛の上辺りが、伸び放題の雑草の露にひんやりと濡れていく。
「……」
雨でも降ったのだろうか、この空き地全体が濡れていて、土がむき出しの所はほとんどがぬかるみになっているようだ。
「この辺りは、イリーナ台風の後は完全に見捨てられているからな。防波堤も含めて」
クロに続いて降りてきたフリッツさんが、同じくぬかるみを見つけ、それに踏み入らずに進めるルートを目で探していたクロの姿を見て言った。
「防波堤もって……、この辺り毎年のように台風来ますよね?」
クロの疑問ももっともだった。
沖縄と言えば台風の通り道でもある。毎年台風が上陸しない年がないようなこの場所で、仮に町を見捨てたとしても防波堤までそのままにしておくのはまずいだろう。
だが、琉球人民共和国政府並びに琉球自治区政府はそうは考えていないようだった。
「この辺りにはもう人がいないからな。台風の直後ラプラス本社は那覇市に移転して、そこで営業を再開した。そうなれば、もうこの町に用なんてなかったのだろうな。共和国政府は金と時間のかかる被災地復興を住民ごと放り出して町ごと破棄した。どうせ造ったのは日本政府で、連中はそれを抱えて独立しただけだ。奴らにとっては、毎年の台風から海抜0mの埋立地を守ることにコストをかけるより、その分の金を懐に放り込む方を選んだのだろうさ」
「一七条約が仇となって、国民はまともな復興支援さえ受けられなかった状況でねぇ……」
最後に降りた角田さんが後ろからそう付け足す。
東人連、北共、そして日本のいずれの軍事力も駐留させてはならないという一七条約の取り決めをどう解釈するかで各国と共和国政府は揉めに揉め、その間多くの共和国国民が犠牲になった。
そしてその揉めている間に、独立と自由の英雄とその取り巻き達は守るべき国民のための金で懐を温めていたという訳だ。
「なんだよそれ……」
今更憤ったところで仕方ないのだが、それでもやるせない気持ちにはなる。
「おかげで今でもこの辺りは無人地帯。南洋同盟の連中すら滅多に近づこうとしない。……ま、だからこそ俺も隠れていられた訳だがな。さ、こっちだ」
おセンチな話はおしまい――口調でそう切り上げたフリッツさんが放置されたか或いは流されてきた車の残骸の方に向かって歩を進める。
彼に従って空き地を出ると、向かい側の建物のすぐ横を通り過ぎ、一番沖合側の埋め立て地に向かうための橋――の横に設けられた簡単な架橋設備へと向かった。
流石に21世紀後半の技術力と言うべきだろうか、明らかに簡素な、それこそただ歩くための足場だけあればいいと言った感じのこの浮橋でも、台風の脅威に耐えて浮かんでいるようだ。
――という俺の予想は、南洋同盟の置き土産というフリッツさんの説明であっさり否定された。
「置き土産……ですか?」
「連中も最近ここを拠点にしようと偵察チームを派遣したことはあったそうだがな、連中にしても守るにも攻めるにも使いづらい地形だってことで、あっさり頓挫したようだ。この橋は2か月ぐらい前に設置されたものだよ。前の奴が台風で木っ端微塵に吹き飛んだのでな。……さて、前方にデカい煙突が見えるか?」
説明の最後に現れた別の情報を目で探す。
ラプラス本社と同じか、それより少し高いぐらいのそれはしかし、目の前にありながら発見にはややてこずった。
より正確に言えば、見えているそれが彼の言うデカい煙突であると理解するまでに時間がかかった。
窓のない細長いビル――正直な印象はそれだ。恐らく煙突本体を覆っているのだろうその外壁は、巨大な朝顔の支柱のように無数の植物に纏わりつかれ、全体の半分ぐらいに植物がせり上がってきていた。
そしてその足元=海のすぐ近くにそびえ立つブルー一色で塗られた建物=東琉球クリーンセンターが、先程の話にあったゴミ焼却場のようだ。
埋め立て地のこの辺り、というかこの区画にはこの建物以外には何もない。
まるで周囲のビルや施設から隔離されるように切り離された区画にぽつんと点在しているそれは、どうしてそういう構造になっているのかは分からないが、半地下構造になった道路でゴミ収集車が中に進めるようになっているようだった。
そしてどうやらその構造が仇となったらしい。建物の外周部を掘り下げたようなその道路は、排水機能の限界を超えた海水と雨水の流入によって、今では濁り切った堀のようになっている。
その堀の片隅、本来そこが出入り口だったのだろう場所には、収集車と思われる車両の残骸が僅かに頭だけを出して、ただ洗われ朽ちるに任せていた。
状況を見るに、こんな状況で工場は運営していたのだろう。海に近づくな――沖縄出身ではない俺でさえ分かる台風時の対処を、この車の運転手や工場の人間はさせてもらえなかったのだろうか。
そしてそんな状況が見えるまで近づいた時には、そんな思考を打ち切るに十分な刺激が鼻を襲っていた。
「臭えな……」
「ですね……」
どうやら俺だけではないらしい。
とんでもない悪臭がこの辺りには充満している。
成程南洋同盟の連中が拠点化を諦めるはずだ。こんなところにずっといられるとは思えない――実際の連中の理由がそうでなかったとしても、俺ならそれを理由に拠点化を却下するだろう。
「なんだこれ……生ごみと言うか、腐敗臭と言うか……」
「まあ、無理もねえ。この中にまだ何百トンのごみが残っているのか分からねえからな。臭い対策なんて全部停止しちまっている中で熟成され続けたゴミの臭いだよ」
逃げることもできない状況に置かれ、助けも来ないままゴミと一緒に死ぬ――想像するだけで寒くなってくる最期。
「だが、残念ながらもう少し耐えてもらう。旧市街に抜けるにはここを越えて海岸沿いの遊歩道から入った方が安全だからな」
だから、そのフリッツさんの言葉がこの糞みたいな臭いと滅入る想像から頭を仕事に切り替えてくれることを、俺はどこかで喜んでいた。
「それで、旧市街に入ったらどうやって移動するんです?」
「そうだな……。CP、北中環状線の車両整備基地があったはずだ。そこで回収できるかオーバー」
「CP了解した。そちらに車を向かわせる。準備出来次第速やかに連絡するオーバー」
「了解CP。よろしく頼む。ホテル2-2アウト」
通信終了。
その瞬間、彼は俺たちの方に改めて振り向いた。
「さて、旧市街地の車両整備基地の場所は分かるな?」
全員が頷く。マキナによる地図にも、デバイスにもその場所は記録されている。
「なら十分だ。……実は相談がある」
声を潜めるフリッツさん。同時にジェスチャー=オフレコで。
反射的に無線が拾わないようにして続きを促す。
「このLZの付近に、俺たちが任務中使用していたCPが存在する。そこまで俺を護衛してほしい。そうすれば、今回の報酬が倍になる。どうだ?」
「……どういう事だ?」
角田さんの同じく押し殺したような声に、彼は同様の声で答えた。
「……今回の襲撃で俺たちは壊滅状態だ。だが、俺以外にもう一人、CP要員が生存している可能性がある――」
一拍。そして改めて、言い間違いも聞き間違いもないように注意深く彼は続けた。
「単刀直入に言う。彼女を助けたい。協力してくれ」
(つづく)
投稿大変遅くなりまして申し訳ございません
続きは明日に




