三日会わざれば7
とにかく、今は進むしかない。
バリケードを乗り越え、錆の塊となった放置車両の間を縫って先へ。
恐らく台風当時のままなのだろう、辺りの廃墟の一階には土嚢が積まれていたり、窓に目張りがされているのが見受けられるが、同時に今の今まで誰一人立ち入らなかった訳ではないという事は、色とりどりのスプレー塗料と思われるもので描かれた落書きが物語っていた。
そんな状況でも周囲の経過は怠らない。そして同時に、どれほど警戒しても完全に安全を確保することは不可能だ。
市街地では周辺の警戒に加えてビルの屋上など三次元的な警戒が必要になってくる上に、周辺も隠れる場所は無数にあるため、もし待ち伏せを計画して隠れようと思うのならば、或いは逆に追手をまこうと考えるのならば、どちらも可能とする候補は無数にある。
「……」
そう考えるとここに逃げ込んだ救助対象は頭の回る人物と言えるかもしれない。
「それにしても――」
三角形の陣形を維持したまま、先頭を行く角田さんが呟く。
「まるきり人の気配がないな……」
まああっても困るけど――そう付け足して。
「ですね。それなりに発展はしていたようですが……」
その地域の中心となる地方都市――なんとなくそんな印象を受けるぐらいには発展した町だったことが伺える片側三車線の道路と鉄筋コンクリートのビル群の廃墟の中を進んでいく。
目標とするラプラス本社跡地は、そうした廃墟の町を構成するビル群の中にあっても目立つ、一際背の高いビルだった。
元々は大きな窓ガラスが日光を反射して光っていたのだろうそれも、今や残っているガラスの方が少ない荒れっぷりで、巨大な杭のようにその六角形の遺跡が、未だ周囲より頑強に大自然に抵抗を続ける敷地の中にポツンと建っている。
「CP、ラプラスの本社を発見した。これより進入するオーバー」
「CP了解。要救助者のコールサインはホテル2-2だ」
「……助けが来たのか?」
無線に聞こえたのは、俺たちのいずれでもない男の声。だが内容から誰なのかは一瞬で判別できる。
「ホテル2-2か?」
「ああ。そちらが救出チームだな」
問いかけの答えに角田さんが俺たちの方を見る。
そしてそれから間を置かず、無線の向こうの声が続いた。
「今どこにいる?本社ビルの前か?」
「ああ。そちらはビルの中に?」
「2階にいる。だが1階からは入れない。土石流が流れ込んで埋まっていやがる。歩道橋から2階エントランスに入れる。そっちに来てくれ」
無線を聞きながら、眼が経路をたどっていく。目の前のビルの1階は元々車で乗り入れられるようになっていたのだろう、今いる道路から私道が伸びていて、エントランス前のホテルのような車回しに通じている。
そしてその車回しに蓋をするように設けられた歩道橋は、公的なもの=目の前の道路の交差点に設けられたそれから伸びて、ビルの2階部分に通じていた。
「了解。2階エントランスに向かう」
通信を一度終えて件の歩道橋を登っていく――所々鉄筋の浮き出たボロボロのコンクリートに限界が来ないかビクビクしながら。
ごく普通の、日本によくあるそれはしかし、よく見ると、左右のフェンスの足元に、隠れるように間違いなく日本にはない追加パーツがつけられているのを発見する。
「……随分用心深いですね」
クロ=第一発見者がその正体を見破って漏らす。
恐らく彼女の考え通り、用心深い=この先のビルに逃げ込んだホテル2-2の手によるものなのだろうが、念のため無線で確認する。
「救助チームアルファ3よりホテル2-2。歩道橋に爆薬と思わしきものを発見しました。設置したのはあなたですか?オーバー」
「アルファ3。歩道橋から伸びている連絡橋の根元のものなら俺が仕掛けた。こちらで制御しているから安心してくれオーバー」
了解と返して、他にも仕掛けられていないかを確かめながら用心深く足を進める。
恐らく、俺たちより先に南洋同盟の連中が到着した場合は、この歩道橋ごと爆破してビルへの侵入経路を断つつもりだったのだろう。
「確かに凄い用心だな」
そのシミュレーションの感想を口に出したところで、今の立地に気づいて更にその思いが補強される。
そもそもこの歩道橋とそこから伸びているビルの連絡協は、全て2階エントランスから一直線に伸びている上に、その性質上横に逃げる事も出来ず、道幅は精々4m程度だ。
つまり、攻めこむ場合は50m近い連絡橋を通る間エントランスに正面から近づいていき、その間一切回避行動をとることが出来ないという事。エントランスに銃を設置すれば、それだけで強力な防御陣地となる。
「ホテル2-2よりアルファチーム。そちらを視認した。そのままこちらに来てくれ」
丁度そのタイミングで入った通信が、まさしく己の考えの正しかったことを証明しているように思えた。
エントランスに近づくにつれ、恐らく1階や他の出入り口から調達したのだろう土嚢がその前に積み上げられ、バイポッドを展開した銃口がその上からこちらに向けられているのを見た時、俺のシミュレーションはどうやら正確だったと理解した。
――連絡橋の途中にリモコン起爆式の指向性地雷が設置されていたのは想定外だったが。
「そこにある地雷も俺のものだ。ボタンを押すまで爆発しない」
土嚢の向こうからひょいと顔を出したホテル2-2=フリッツ・リーがそう言って俺たちを迎えてくれた。
「よく来てくれた。まったく、生きた心地がしなかったぜ」
敵地で一人きりと言う恐怖から解放されたからか、笑ってそう言いながらしかし、彼の日に焼けた肌と逞しい体は恐らくちょっとやそっとじゃ死なないだろうと思わせた。
フリッツ・リー=身長180前後はあるだろう大柄な男。
半そでのシャツとワークパンツの上からチェストリグだけを纏い、防具と呼べるものは肘・膝のプロテクターだけという軽装だが、袖から覗く右腕に入った2匹の蛇が絡み合うタトゥーとその太い腕、そしてそれに相応しい肉体とワークキャップの下で眉間を縦断している古傷は、まさしく歴戦の傭兵のそれと言える雰囲気を持っていた。
彼はバイポッドを広げていたライフルを拾い上げ、スリングを体に通すと土嚢を越えた俺たちを陣地内に迎え入れてくれる。
その対応に俺たちを代表して角田さんが今通ってきた道を示しながら説明した。
「2ブロック先に車を停めてあります。そこから――」
横で聞きながら感じていた、もうすぐ帰れるという思いが、突然聞こえてきたグスタフ氏の声に打ち切られた。
「CPよりオールアルファ、独立記念公園に多数の軽歩兵を確認。30人以上がそちらに向かっている。恐らく検問所の死体が発見された。別の脱出ルートを探るオーバー」
楽には終われない。
頭の中に広げた地図は、今から車に戻っても連中に包囲されに行くようなものだと教えている。
「アルファ1了解した。新しいルートを頼むオーバー」
「ああ、それなら俺が知っているよ」
要救助者からの助け舟。
「もっとも、少しばかり面倒だ。全員で来てくれると助かる」
「CPよりホテル2-2へ。教えてくれ」
彼はイヤマフを兼ねたインカムに一瞬だけ目をやると、その後は俺たちに伝えるように言葉を続けた。
「このビルの裏から出て海に進み、ゴミ焼却場の横の橋を通って旧市街地に出る。旧市街には南洋同盟の連中が展開している可能性もあるが、同時に隠れる場所も多いし、俺も土地勘がある。少なくともここで追手の到着を待つよりは安全だ。もっとも――」
そこで意識をインカムに。
「この近くにヘリでもおろしてくれれば話は別なんだが」
「そうしたいところだが、こちらも装備に限りがあってね」
インカムの向こうの声が一番手っ取り早い方法を否定する。
「……なら、決まりだ」
そう結論付けたのは角田さんだった。
「私も賛成です」
クロがそれに続く。
全員一致という訳だ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




