三日会わざれば5
車は空港から離れていく。
そしてそれは、東人連の支配が及ぶ、比較的安全なエリアからもそうなっている事を意味していた。
高層ビル群は雑居ビルに代わり、やがて民家に代わり、そしてバラックや空き地に代わる。
「さて、そろそろだ」
そのバラックが畑の点在する山野に代わって、再び民家に戻り始めたところで車は高速道路から降りた。
いつの間にか高架上から地表へと降りていた高速の出口からでも、この先に見えるもの=これから向かう先は見える。
東琉球市。無数の民家と雑居ビルと廃墟とが無秩序に入り混じった混沌の街。
高速の周囲は雑多で活気のある街並みが広がっているが、同時にどことなく怪しい雰囲気も漂わせている。なんとなく、時折見える路地に入ったら出てこられないような空気があった。
――或いは、そうした路地から向けられる、興味がない訳ではないが同時に歓迎もしない視線がそう感じさせているのかもしれなかった。
「この近くに俺たちの拠点の一つが存在する。そこに車を用意した。装備を整え、それから指示したルートで侵入してくれ」
モニターに映る市内の地図。その中に浮き上がるように表示される経路を目で追っていくと、ワイプに表示された要救助者の顔に目が行った。
「ああ、それとこいつも聞いているかもしれないが――」
偶然だろうか、グスタフ氏がバックミラー越しに俺を見ながら切り出したのは、そのワイプの男の話。
「こいつの受けていた任務を依頼した人物、そしてあんた方にこいつの回収を依頼したのはアルバート・フロイス。ブローネルのマキナ研究部門のトップだ。しっかり覚えを良くしておいた方が得だろうね」
「ああ、その人なら出てくる時会いましたよ」
そう答えた俺に、彼は少しだけ驚いたように眉を動かした。
島を発つ直前、俺たちの前にその人物が現れたのだ。
頑固な老人。それが第一印象だった。瘦せた体と角ばった顔に太い鼻筋。深い掘りの奥でじっとこちらを見据える灰色の目。そうした要素が科学者と言うよりも頑固な職人といった印象を与えるその人物は、恐らく彼の部下なのだろう、コロンビアでの任務で一緒だったレイモンドさんを引き連れてハンガーに現れた。
「どうか彼らを助け出してやってくれ」
静かで冷静な、成程科学者だと思わせるような声が俺たち全員に向けられた。
「……彼らが守っていた人物は私の甥だった。科学者というものは常に金欠で、資金を出してくれるところに渡っていくものだが、それで命を落としては元も子もない。そう思っていたが……。当たってほしくない予感程よく当たるものだ。どうか、一人でも多くの生存者を連れ帰ってくれ。甥もきっとそれを望んでいる」
悲しみに打ちひしがれている様子ではなかったが、精神的な疲労が蓄積しているのは確かだったのだろう。初めて出会った俺にすら、枯れ木が白衣を纏っているとさえ思わせるような頼りなさだった。
「勿論です。最善を尽くします」
俺たちはそう言って彼に答えた。
奇しくも初陣と同じセリフ。だが、今回は迷ってなどいない。
そして思い出されると同時に俺に意気込みを新たにさせたその思いは、古い倉庫を改装した今回の拠点に到着してからもしっかりと頭の中に残って、背中に一本筋を入れたように背筋を伸ばさせていた。
「出発は1120時。1115時に集合。準備はじめ」
グスタフ氏の指示のもと、俺たちはSUVから降ろした装備一式を身にまとう。
いつものプレートキャリアにマガジンポーチを4個とラジオポーチに入れた無線機にファーストエイドキット。腹に横一列に並んだマガジンポーチの右横にナイフを下げ、タクティカルベルトにハンドガンとそのマガジン、空のマガジンを放り込むダンプポーチ。フラグ、スタン、スモークの各種グレネードも。
そして背中側には電磁パルスガンを予備バッテリーもセットで用意。
それが終わればマガジンポーチに5.56mm×45弾を装填したマガジンを差し込んでいく。
ベルトとプレートキャリアの空いたスペース――と言っても最初からそうなるように組み合わせているのだが――にポンプとペットボトルホルダーを下げ、左腕にデバイスホルダーを巻きつければ完成。
残った時間で銃の点検を行えば、それでいつでも出られる。
「……っと、後はこれか」
そこで思い出す。各自の荷物とは別に用意されたコンテナを開け、中から取り出した装備品を現地に向かう車へ積み込む。
角田さんもクロも同様に、それぞれが持ち物=サイレンサー付きのサブマシンガンを積み込んでいく。
ある程度の大きさとはいえ、現地までの移動に使用するのはあくまで電気工事業者に偽装したワゴン車だ。大きな武器を振り回すのにはいささか狭い。拳銃を多少大きくした程度でしかないこの武器なら、そうした車内からの射撃にも向いているだろう。
――どうも装備管理課から在庫処分的に持たされた気がしないでもない。まあ、弾代は全て持ってもらえる分良しとしよう。
準備を終え、残った時間で用を足し、出発時間には余裕を持って車へ。
電気工事業者に偽装したワゴン車の後部座席には俺とクロ。左ハンドルの運転席には角田さんが座る。ダッシュボードと運転席、助手席の後ろにそれぞれ隠したサブマシンガンは、いつでも撃てるようにしてあった。
「では、出発する。本作戦中の貴部隊のコールサインはアルファ。では、健闘を祈る」
グスタフ氏=今回のCPに送り出された俺たちは、人気のない東琉球市内に走り出した。
「……随分寂れたというか、人気のない町ですね。平日の昼間なのに」
「まあ、今じゃほとんど仕事なんかないだろうしな。空港周辺、つまり那覇や宜野湾の辺りじゃなきゃ、細々と漁業で食っていくのが精いっぱいなんだよ」
運転しながら角田さんが答え、そしてその間にもゴーストタウンのような町を車が進んでいく。
「……お?」
作戦開始から初めて人に遭遇したのは、それから数分後、東琉球市の中心部が見えてくる頃だった。
「アルファ1よりCP」
「こちらCP」
その人影を認めた角田さんが無線で呼びかける。
――同時に、俺とクロはそれぞれの前の座席の背もたれに手をやる。リバーシブルになったそこを開けば、中には9×19弾を装填したM10短機関銃が控えていた。
そしてそれを意識するに相応しい、前方に展開しているその理由を角田さんがCPに無線で伝える。
「現在独立記念公園前の通りを目標に向かい進行中。進路上に南洋同盟の私設検問とみられる集会を確認した。武装した人員数名が配置されているオーバー」
(つづく)
今日も短め
続きは明日に




