三日会わざれば3
高度が落ちていくのが、感覚と視覚とで分かる。
窓の下の方に見えていた空港が徐々に近づいてきて、つばを飲み込み耳抜き。
琉球空港=俺たちの世界で言うところの那覇空港は、軍民共用空港として機能しているらしく、多くの東人連軍機が駐機している中に降りていく。もっとも、東人連領内に軍民共用ではない空港などほとんどないのだが。
「さて、到着だ」
静かなランディングで降り立ったのはやはり端の方。停止した機体のコックピットから今回のパイロットがキャビンに現れた。
ラッキー・ロスことティム・ロス爺さん。これまで彼が運んだコントラクターがその任務で戦死したことは一度もないと豪語するその経歴が、通称の由来だ。
オプティマル・エンフォーサーで一番の古株パイロットであり、現在は北ヴィンセント島の管制塔にいることも多いが、時折こうして人手不足のために駆り出される――そしてその際も未だ記録は継続中であることは、極めて俺たちにとってはありがたい話だった。
「幸運を祈るよ」
「どうも」
荷物を下ろし、彼に別れを告げる。
東人連空軍の兵士に先導され、滑走路を横断して建物へ。金城大志記念空港――琉球人民共和国時代の名将を示す看板は既に取り外されているが、その痕跡は辛うじて読めるような状態で残っていた。
金城大志=琉球人民共和国初代大統領。
日本からの独立を宣言した、共和国建国の父。
民主主義のホープ。独立と自由の英雄と称されたその男はしかし、大統領就任から三年後に大統領選挙の無期限延期を発表し、大統領は無条件で議会に解散を命じられることを独断で憲法に加えた。
そしてあとは容易い話だ。彼は独立から10年後の2052年に独断で東人連併合受入れを決定し、その時には有効だった一七条約=共和国主権領域内には日本、北共、東人連のあらゆる軍事力を駐留させない国際条約を一方的に破棄した。
一体誰が彼を副知事から大統領にしたのか、考えるまでもないだろう。
かつて彼が己の名を誇示した建物の中へ。最早慣れた入国審査ゲートに向かう。
「……あれ?」
だが、初めての事態。
係員が一人もいない。
「通っちゃっていいんですかね……?」
「いや、流石にそれは……」
恐らく本気では言っていないだろうクロが横から同じようにゲート内を覗き込むが、恐らく詰め所があるのだろうその奥のブースにも人の姿はない。
俺たちと同じく奥に目をやっていた角田さんが声を発した。
「あの、すいません」
だが反応なし。
「すいませーん!」
今度は俺がやってみる。
だがやはり反応なし――いや、足音だけは聞こえた。
そしてそれが聞き間違いではなかったと分かるのは、それから数秒後、ここまで先導していた――そして俺たちが建物に入ると別の所へ向かった兵士と同じ軍服の男がぬっと現れた時だった。
「ああ、はいはい。ちょっと待ってね」
手には紙コップを一つ。どうやら中身が熱いのか、少しだけ口をつけてびっくりしたようにすぐに離し、近くの机にそれを置いて俺たちの方へ。
「入国?サーフィンのシーズンでもないのに珍しいな……」
軍曹の階級章をつけたその男はそう言いながら俺たちのパスポート兼社員証を集める。
「ああ、PMCか。……異常なし。通っていいよ」
僅か数秒の出来事だ。スキャナーに全員分の社員証を読み込ませると、特に何の質問もなく全員分を返してくれた。
「どうも」
何はともあれつつがなく入国は出来た訳だ。
人のまばらな空港内を歩いて出口の方へ。ビジネスマン風の利用客も何人か散見されるが、それよりも軍人の方が多い。
さっきの軍曹の言うとおり、サーフィンのシーズンでもないと人がいない空港らしい。
そしてその出口付近に、一目で俺たちを待っていたと分かる男が一人。
「来たな。待っていた」
静かな声でそう迎えたのは、先程入国時に使ったのと同じ社員証を首からさげた男――俺たちを待っていたと分かった理由はこれ。
歳は角田さんよりも少し上ぐらいだろうか。色白で神経質そうな目にフチなしの眼鏡。糊のきいたシャツとスーツ姿はPMCコントラクターと言うよりも、法律家と言った方が受け入れられそうな雰囲気を漂わせている。
「エリス・グスタフだ。今回君たちの作戦支援を担当する。車を用意してある。詳しい話は移動しながらといこう」
そしてその見た目に違わぬ簡潔な物言いで俺たちを先導して外へ。
建物を出て直ぐの場所に止められていたSUVに乗り込むと、タレットの監視するゲートに向かって車を走らせる。
定期巡回ドローンがフライパスしたところで彼の口から今回の任務の内容が語られた。
同時に俺たちの座る後部座席に用意されたモニターが起動する。
「聞いていると思うが、今回の任務はうちのコントラクターの救出だ。モニターに出ているのがその対象。名前はフリッツ・リー。2週間前から他のコントラクターと共に東人連の企業に勤める依頼人の護衛についていたが、48時間前に現地武装勢力『南洋同盟』の襲撃を受け護衛チームは壊滅。依頼人も恐らく死亡した。だが、こいつ一人だけが生き残り、現在ここより北東の東琉球市ラプラス本社跡地に潜伏している」
モニターに表示される件の人物=浅黒い顔に黒い口髭の男。
運がいいんだか悪いんだか分からない男だ。
潜伏しているという東琉球市というのは、その名の通り沖縄本島東部に位置する、俺たちの世界と同じ市町村がいくつか合併してできた町――らしい。
もっとも、その名前は共和国時代のもので、今は東人連から別の名前を付けられているのだが、現地民は専ら過去の地名で呼んでいる。
問題は、その現地民の大多数が『南洋同盟』の構成員或いはその支持者であるという事だ。
――ここまでが、メールが来た時に伝えられた情報。
「彼と合流し、安全な場所まで脱出すること。以上が今回の任務となる。そこで君たちには地図に示した独立記念公園から市内へ潜入し、表示のルートでラプラスへ潜入。彼と合流してもらう。何か質問は?」
ラプラスは元共和国の国営企業だ。独立後に発生した台風の影響で本社施設が浸水し、同じような被害を被った周辺ごと放棄されたため一瞬の寿命だったが。
「ラプラスに隠れるような理由があったのですか?」
マップを見ながら尋ねる。
件の企業の跡地は東琉球市の中でも最東部に位置する海岸沿いだ。
そしてその辺りもまた、南洋同盟の支配下にある地域となる。
「あそこなら、滅多に南洋同盟の連中も近づかないからな。誰だって、気が滅入るような沈みゆく町に長居はしたくないさ」
当然相手も同じだと考える。そこを逆手に取った訳だ――そう付け足した答えが返ってきた。
マップに表示された情報によると東琉球市東部沿岸、ラプラスの周辺という場所は、元々の海岸線から埋め立てて造られたものなのだそうだ。
それが独立8年後の2050年に直撃したイリーナ台風によって壊滅。沿岸部一帯が水没したまま今に至るという訳だ。確かに長居したい場所ではないし、普通なら出来る場所でもない。実際、連中もそう考えているのなら警備も手薄だろう。
「では、この依頼人は何故、南洋同盟の襲撃を受けたのですか?」
今度問いかけたのは角田さんだった。
確かに南洋同盟という組織に対する知識がないため、その動機は不明だ。依頼を伝えるメールにもその事は書かれていなかった。
「……運のない話でな」
グスタフ氏はちらりとバックミラーで俺たちを見ながら、苦虫を噛みつぶしたように語り始めた。
「今回の依頼人の護衛対象も、当然依頼人たちも、連中から恨まれていた訳じゃない。ただタイミング悪く、奴らの客人が暗殺された時に奴らの支配地域にいたってことだ」
「暗殺……ですか?」
尋ね返した俺に、やるせないといった様子でグスタフ氏は続けた。
「ああ。奴らが迎え入れていたクレセロ・アジャーニ。奴が何者かに消された」
クレセロ・アジャーニ。確かに彼はそう言った。聞き間違いではない。
(つづく)
投稿大変遅くなりまして申し訳ございません
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