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三日会わざれば2

 クロと別れ、夕食の献立を決定して家に戻った日曜の昼下がり、軽くシャワーを浴びた後は、仕事帰りの日課となった缶ビールの酒盛りだ。

 別に普段から酒を飲む訳でもないが、仕事終わりに缶一本を開けるのがルーチンとなりつつあった。


 「ああ、そうだ」

 ふと思い立って、未開封のまま部屋の隅に放置されていた段ボール箱を部屋の中央、テーブルの前に持ってくる。

 何故そんな気になったのかは分からない。送られてきたアルバムというものを久しぶりに見てみようと思った。

 自分の過去にさえ違和感を覚えたらどうする――今回の仕事の前に抱いていたその思いは、今はさほど気にならない。もしかしたら、世界に違和感を覚えるという事に慣れてしまったのかもしれない。

 まあ、それならそれでいい。一々悩むよりも、そういうものとして受け入れてしまった方が精神的に楽だろう。ほろ酔い状態故の豪気が降ってわいた。


 ガムテープを剥がして、何年ぶりかのご対面。

 恐らく埃をかぶっていただろうそれに触れた時に手に何もつかなかったのは、母がこちらに送る時に一応拭き取ってくれていたという事だろうか。

 パラパラと一ページ目からめくっていく。一体どういう目的でこのアルバムを作り始めたのかは分からないが、どうやら中学の入学式からスタートしているらしい。

 自分の過去のダイジェストは、徐々に両親の他に友人やクラスメートが増えていき、修学旅行や体育祭の写真が主になっていく。

 やがて高校生になり、また中学と似たようなイベントが繰り返されていき、そして卒業。


 「まあこんなものか……」

 数日前に憂慮したような心境にはならない。

 考えてみれば、過去の記録など戦場に行っても行かなくても、最早今とは異なるもので、そしてきっとそれ故に懐かしく感じるものなのだろう。

 つまり今と違って当たり前。それに違和感というものを当てはめるのはそもそも適切ではない。

 取り越し苦労であったことをどこかで安堵しながら、終わりに近づいているアルバムを更に繰る。


 「あ……」

 そしてそこで、違和感とも安心感とも違う衝撃が飛び出してきた。


 どうしてこれがあることを忘れていたのだろう。

 どうして今日まで記憶から消えてしまっていたのだろう。

 大学時代のゼミの合宿でとった集合写真。つい数年前の俺が若干硬い表情で写っている。

 そしてその隣、ブラウンのショートヘアーにワンピース姿の女子学生。


 「高森……」

 俺が硬い表情になっていた理由の彼女の名前が、アルコールで湿った口からぼそりと漏れた。

 高森祐実菜(たかもりゆみな)。俺の人生で唯一、浮いた話の片鱗というか、予兆というか、そんなことを考えるぐらいの仲だった相手。

 向こうにその気があったのかは分からない。もしかしたら俺が一人で勝手にそう思って硬くなっていただけかもしれない。


 同じゼミに所属していた同じ学科の子。ボランティアサークルに所属していた、教員免許取得を目指していた子。

 ――この写真を撮った半年後に、サークル内でのトラブルが原因で自殺した子。


 当時の話は断片的にだけ知っている。

 彼女の所属していたボランティアサークルは元々普通の組織だったと聞く。里山の植樹活動だったり、老人ホームの慰問だったり、アフリカに学校を作るための募金活動だったり、どこにでもある普通のボランティア団体だった。

 彼女もそれ故に所属していたし、2年生まではそういう活動に従事していた。

 だが、徐々に妙な学外の人間――はっきり言ってしまえば政治団体が接触するようになってから方針が変わり始めた。


 徐々に活動内容は政治色を帯びはじめ、遂にボランティア活動と称して特定政党の選挙支援まで行うようになった。

 慈善活動が政治活動――それも思想的に偏ったもの――に代わり、それに嫌気がさした彼女がサークルを辞めようとしたことで嫌がらせが始まる。当初はただの説得だったはずが、やがては無言電話や付きまといをはじめ、実家の家族にさえ危害を及ぼすことを仄めかすようになった。


 彼女は耐えられなかった。

 ゼミに現れなくなった2か月後、通勤電車に飛び込んで即死だった。

 大学側は何とかして穏便に――人が死んで穏便も糞もないと思うが――済ませようとしていたようだが、同じ時期にサークル関係者が自衛隊のヘリにレーザー照射を行った容疑で逮捕されたこともあり、遂にサークルは解散させられた。

 ――ここまで全て、警察の発表とうわさ話。


 「……ふっ」

 思わず漏れたのは自嘲の笑い。

 浮いた話がどうのと言ったところで、赤の他人と同じ方法で同程度の情報か、或いはそれ以下の情報しか手に出来ないし、しようともしなかった。

 そして今まで、その事すらも頭から消えてしまっていたのだ。

 悲しみから忘れようとした?まあ確かに当時はそうだった。だが、それで本当にきれいさっぱり忘れてしまうとは、我ながら余りに薄情じゃないか。


 「……やめやめ、やめだ」

 これ以上は考えない方が良い。泣こうが嘆こうが、怒ろうが自嘲しようが、死んでしまった人間は返ってこないのだ。

 忘れておけ、今まで通り。

 もう一度アルバムに目を落とす。緊張した面持ちの俺の横で、にっこり笑った可愛らしい彼女。

 楽しかった時間を固定した一枚。歳を取らず、死なず、楽しく幸せなままの彼女。


 ならそれでいい。

 どうせ取り返しなどつかないのなら、美しい思い出だけ覚えておけばいい。

 捨て鉢とも開き直りとも思える結論に達して、俺はアルバムを閉じた。


 そしてそれから数日間、俺は次の仕事を待ちわびるように暮らした。

 毎日のように訓練のために向こうに行き、汗を流し、的を撃ち、殴ったり殴られたりした。

そうして今日を生きた。今を生きた。

 あっちの世界=生まれ育った現代の日本はある種思い出と同じだった。

 今の俺とは異なるもの。異なる世界。懐かしく、記憶の中で変わらないもの。


 そして、念願叶った次の週の金曜日の正午。俺たちは空の人となっていた。

 最早慣れた輸送機の機内。

 途中で別の機体に乗り換えて、また揺られる事数時間。

 エンジン音だけが聞こえる静かなそこで、暇つぶしに持ってきた文庫本をパラパラやって、それから少し眠った。


 「さて、そろそろだ」

 降下時の感覚と揺れに目を覚ますと、ちょうど対岸に座っていた角田さんと目が合った。

 今回投入されるのは俺と彼とクロの三人だけ。どうやら補充要員はいない。

 首をひねって窓から外を見ると、眠る前には海と雲しかなかったはずの世界には、大きな陸地が現れている。


 ここは東人連琉球自治区。かつての名を琉球人民共和国。

 その名の通り、俺たちの世界で言う所の沖縄が、今回の仕事場だ。


(つづく)

今日は短め

続きは明日に

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