三日会わざれば1
「「お疲れ様でした」」
午後2時を少し回った日曜日。駅ビルの中に入っているコンビニ、ブラザーストアのイートンスペースに俺とクロはいた。
随分長い事向こうに行っていた気がするが、こちらに帰ってくれば1分も経っていないのだから不思議なものだ。
「それじゃ、頂きます」
待ち合わせや、移動や買い物で賑わうビルの中を見るとはなしに眺めていたのを、隣からの声で中断する。
クロの手には20cmぐらいの長さの串にささった砂肝が天井を指していた。
今回の作戦で顔を吹き飛ばされた時に助けてもらったお礼だ。彼女のリクエスト通りの品だが、本当にコンビニのホットスナックなんかでよかったのだろうか。
――かぶりつく様子を見るに別に遠慮してこれにしたという訳ではなさそうだったが。
「はぁ~。帰ってきた」
口の中の砂肝を十分に咀嚼してから飲み込み、味わうように息を吐きながらそう言ったクロ。傍から見れば意味が分からないだろうが、俺にはそれがいかに実感のこもった言葉なのかはよく分かる。
「そんなに美味いか、それ」
「ええ。いつも帰ってきた時にはこれって決めているんですよ」
そう言って、一緒に買ったアイスカフェオレを一気に煽る。
「このセット食べると、帰ってきたって気になるんですよね」
安上がりな生還の実感。だが、気持ちとしては非常によく分かる。
この仕事をするようになって知った事だが、コンビニの食べ物と言うのはどこにでもありそうで、割と日本独自のものだ。
いや、海外のコンビニでも食べ物は売っているだろうが、普段日本で目にするものはよそには中々ない――世界も時代の違えば尚更だが。
「それは良かった」
そう言って、俺は自分の用を思い出して席を立つ。
「ちょっと支払いしてくる」
そう言ってレジへ。水道料金の支払いを済ませてくる。
――これもまた、帰ってきたという実感を得る行為かもしれない。こちらに生活の基盤があるのだと認識する行為だ。
昼下がりのコンビニは空いていて、レジ奥に店員が一人だけ。これから並べるのか、或いは売れ残った物を回収したのか、雑誌を段ボール箱に詰めている。
「すいません」
「あっ、はい。いらっしゃいませ」
支払いだけで作業の手を止めてしまうことをなんとなく申し訳ないような気がして、レジ前の100円ライターも一緒に購入。
用を終えてイートインに戻ると、ちょうどクロがウェストポーチからスマートフォンを取り出しているところだった。
流石に燃料と豪語しただけの事はあって、手元の串は既にただの棒になっている。
考えてみれば、クロの私服姿を見るのはこれが初めてかもしれない。Tシャツにパーカーと言うラフなそれは、そのまま外に出て人ごみに入ればそれだけですぐ見失ってしまうほどにありふれた格好だ。
「……」
その、隠れられそうな人混みに再度目をやる。
これまでありふれていた人混み。その中の一人でいることに疑問など感じなかった人混み。
今ではそれが、当たり前のものから“この時代のこちらの日本”のものという認識に変わりつつある。
「あ、すいません」
こちらに気づいたクロがスマートフォンの操作を終えて振り返る。
何となく、彼女は俺がこの一瞬で考えたことを悟っているような気がした。
「お母さんからでした。帰りに牛乳買ってきてって……あっ」
そう言ってスマートフォンを仕舞おうとした瞬間、それと入れ替わるようにそこから何かが落ちる。
「おっと」
「へへ、すいません」
丁度足元に落ちたそれを拾い上げて彼女に返す。
通学用の定期入れ。本来の内容物とは反対側に入っていた写真に目が行ったのは、ただ単に拾った時にそちらが表になっていたから以上の理由はなかった。だが、眼についてしまったものは思わず注目してしまう。
「ああ、これですか?」
「えっ、あ、いや、済まない」
人の写真をじろじろ見ている事に気づいて慌てて詫びるが、幸い彼女は別に気にした様子はない。
そこに写っているのは二人の少女。片方は長い黒髪。もう一人は同じ色のショート――顔立ちからして、恐らくこちらがクロだろう。
場所は恐らく神社だろうか、学業成就のお守りを持った二人が肩を寄せ合い、クロと思われる少女が自撮りの要領で撮影したのだろう、左手が画角の外側に伸びている。
「その短い方が中3の時の私です……あ、ありがとうございます」
受け取りながら写真の説明をしてくれる。
その説明によって予想が当たったと分かったのと同時に、彼女たちが持っているお守りが、いつもクロがプレートキャリアに着けている――そして今はスマートフォンに下げられているものだと気づいた。
「長い髪の方の子が、私が探している子です。……向こうで見た事ありませんか?」
「いや、ないな……」
向こうに行くようになって随分色々な人に会った気がするが、この少女は記憶にない。
もっとも、クロのように髪型などの外見が変わってしまっている可能性もあるが、それでも高校生ぐらいの年齢でのPMCコントラクターとなれば記憶には残るはずだ。
「やっぱり、中々見つからないな」
「向こうにいるって言うのは、分かっているのか?」
「ええ。恐らくですけど」
そう答えてから、彼女は定期入れをウェストポーチに再度戻し、その後を追わせるようにスマートフォンを仕舞おうとして、再びの着信に手を止めた。
「……牛乳と一緒に醤油も、か」
どうやら彼女の母の追加注文だったようだ。
それを見て手慣れた手つきで一瞬のうちに返信すると、今度こそウェストポーチにそれを戻す。
「……思えば、危ない綱渡りですよね」
そう言った時の彼女の表情は僅かに笑っていたが、同時にどこか緊張したような、もしくは後ろめたいようなものを並交ぜに浮かべていた。
「家族は皆、私が友達を探して傭兵をやっているなんて知りません。今日だって、別の友達の所に行くって言って家を出てきましたから……。普通に遊びに行っていると思っていて、いつも通り帰ってくると思っています」
彼女が何を言いたいのかは分かった。きっと彼女の頭の中にも、俺が思い浮かべたのと同じ人間の顔が浮かんでいるのだろう。
俺には子供はいない。
だが、自分の娘が、友達の家に遊びに行っていると思っていた娘が、ある時突然永遠に帰らぬ事になって、そしてその亡骸さえも決して見つかることは無いとなった時、一体その家族はどうなってしまうのか。その事を考えたくもないと思えるぐらいの想像力はある。
「親不孝ですね、私」
「……それでも、その友達を探したい?」
こくん、と小さな頷きが返ってくる。
写真の中の少女を思い出す。二人の間に一体何があったのかは分からない。
クロが何故、かつて傭兵になった理由を話した際に彼女の事を友達“だった”と言ったのかも。
「そうか……」
それきり、俺には何か言うことも出来なかった。
ただ、なんとなく小恥ずかしいような気がしながら、沈黙の気まずさに耐えかねてぼそりと漏らす。
「そのおかげで、俺はこうして生きていられる」
彼女が少しだけ、はっとしたような顔をして、それからまた笑った。
「……それもそうですね。なら完全に親不孝だけじゃないってことで」
それが切り上げの合図になった。
「さて、それじゃご馳走様でした」
「こちらこそ。今回はありがとうございました」
コンビニを出て別れ、彼女が改札の向こうに消えるのを見送ってから、俺も踵を返して歩き出す。
やはりどこか前とは違う気がする人混みの中に紛れて、家路に向かう。
今夜は俺も生還を噛み締めよう。生還は盛大に祝え――クロ伝えに聞いた遺言を守ることにしよう。
帰る道すがら、途中にある店を見繕う。
ステーキハウス相沢。見つけたのは結構前だが行った事のない店だ。今日はここにしてみよう。
あの戦いの後にステーキ=焼けた肉を食べる気になるのを我ながら軽く驚きながら、平和な我が家に戻っていった。
(つづく)
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