怪物の日40
ヘリの到着はそれからすぐだった。
未だ爆炎を噴き上げている――そして少し前に車内の弾薬に引火したのか、砲塔を吹き飛ばす極大の火柱が上がった――装輪戦車から上がる煙を避けるように回り込み、側面のスライドドアを開けて降りてくる。
「皆ご苦労だった」
「ミスタービショップ!?」
実働部隊のトップ自らお出迎えとは、よほど背中の代物が大事なのだろう。
強請るつもりか――つい先ほどまでの持ち主の言葉が脳裏をよぎる。
「端末は?」
「これです」
ダウンウォッシュにカバーを飛ばされそうになりながら背中のものを差し出すと、受け取った彼はすぐに背後にいた行きの車の運転手=ラジンスキー氏にそれを手渡す。
「よし、確かに」
そう言って受け取った彼の動きは滑らかだった。
すぐ横の席に設けられた特設の作業台にそれを置くと、用意していた工具を端末に向ける。
まるでF1のピットクルーのような素早さで端末を分解していくラジンスキー氏。俺たちがヘリに乗り込む頃には既にモニターとキーボードが無くなり、中身が露出した状態になっていた。
ここで端末を分解するという事は分かっていたのだろうビショップさんも、その速さに驚いているようだ。
「凄いな……」
「こいつは戦前からの商売道具だ。女房よりも付き合いが長いからな。……よしやっぱりこれだ」
答えながらも一切ペースの落ちなかった手はいくつかの部品の中からSDカード大のパーツを取り出すとそれを外に放り投げる。
ふわりと放物線を描いたその板がさっきまでは車体だった燃える鉄くずの中に飛び込んでいく。
「あれが発信機だ。これで、こいつはここで破壊されたことになる」
そう言いながら彼の手はもう一基の端末=どうやって回収したのか、俺が水路管理事務所で発見したものを取り出す。
そしてそこで初めて副操縦士席に乗っていたキングさんが振り返ってビショップさんに手短に伝える。
「公社側部隊がこの駐車場に向かって集結しつつあります」
「了解した。すぐに出してくれ」
「あっ、待ってください」
すぐに出すという言葉に慌てて機内を見渡し、それから駐車場に目を向ける。
今このキャビンには俺たち3人と、ビショップさん達だけだ。
部外者と言えばそうだが、命の恩人でもあるウォンを放置していくのは気が引ける。
――だが。
「いない……?」
「どうした。何かあったのか」
つい先ほどまで一緒にいた彼。
共に燃え上がる装輪戦車を眺めていたはずの彼は、いつの間にか姿を消していた。
「何もないならすぐに離れるぞ」
「……了解。お願いします」
ヘリはふわりと動きはじめ、そして見る見るうちに地上が遠ざかっていく。
高度が十分に上がったところで、作業を中断していたラジンスキー氏がおもむろに開いていたスライドドアに手をかける。
「あばよ。隊長」
ローターや風の音にかき消されそうな、しかししっかりとした声でそう言うと、彼は敬礼を投げかけてから扉を閉めた。
ヘリが市街地を出ると、機内にはラジオ放送が流れ始めた。
地元の小さなニュース局のインタビュアーが質問している相手は、我らが依頼人だ。
「――すると、今回の事件は立て籠もりグループが単独で実行したという事ですか?」
「ええ。大変お恥ずかしい話ではありますが、彼らは『遊撃隊』を名乗り、非常に独断専行の傾向の強い組織でした。監督不行き届きと思われるかもしれませんが、現場のオペレーターたちの多くは戦争経験の豊富なグレンコを崇拝しているような有様でした。今回、戦災復興局と公社の協力を得ることが出来なければ、彼らによる被害は更に深刻なものになっていたでしょう」
グレンコ以下遊撃隊の独断専行による立て籠もりと民間人虐殺――そういう筋書きで決着をつけようと言うのだろう。
さしずめ、奴は事態の解決を自らの面子や会社の都合に優先した良識ある経営者といったところか。
「――この度犠牲となられた全ての方々にクラースナヤ・サバーカを代表して深くお詫び申し上げますと共に、哀悼の意を捧げます。そして未だに生存している全ての遊撃隊オペレーターたちは、速やかに武装を解除し付近の公社部隊に投降しなさい。グレンコは既に死亡しています。彼はあなた方が思うような英雄ではない。戦争の狂気が生み出した怪物に他なりません――」
そこに吐き捨てるように反論したのは、端末の分解とその中の記憶媒体を外れの端末のそれと交換し終えたラジンスキー氏だった。
「馬鹿めが」
呆れや蔑みではない、恨みのこもった、吐き捨てるような言い方。
「奴が怪物なものか、戦争に怪物などいるものか」
それから声のトーンは落ちた。秘密にするというのではなく、ただ自らの言葉をかみしめるように。
「……いるのは犠牲者だけだ。膨大な、膨大な犠牲者だけだ」
その時、俺は初めて、彼の左手の指が3本しかない事を知った。
故にか実感のこもった言葉は重い説得力があった。
「……」
だが、同時に少し考える。
もし怪物がいないのであれば、俺があの駐車場で見たものは何だったのだろう。
カンの事ではない。奴の乗った装輪戦車を破壊した後だ。
ウォンと俺は燃え盛るそれを眺めていた。
別に何かあった訳でもない。ただ、これで終わりだという思いが目を動かさないでいた。
だが奴は、ウォンは違ったようだ。
俺は奴の心は分からない。彼が何か言った時にも聞き取れなかった。
だが今にして思う。あの時彼の声に振り返った俺が見た彼の顔は、目の前の破壊に魅入られているようだった。
そしてほぼ確信に近い推測が俺の中に生まれつつある。
否定することは何故か憚られる、そうしようとしても己の中の映像はより鮮明さを増して彼の口の動きをリピート再生するだけ。
彼はあの時、燃え盛る車両とそこからはい出した火だるまになって焼け死んだカンを見て確かに口走っていた。美しい――と。
※ ※ ※
作戦を終え、私たちは島に戻ってきた。
ここはミスタービショップのオフィス。いつもの私と彼の仕事場――と言っても、いない時の方が多いのだが。
「今回はよくやってくれた」
部屋の主がそう言って労っているのは、今回の作戦に参加したうちの二人。
と言っても、端末回収を依頼されていた彼等ではない。
内務班――表向き存在しないこの極秘作戦部隊の投入こそ、今回の依頼を受けた最大の理由だった。
ミスタービショップがサバーカにいる友人からのリークを受け、そして私たちが血眼になって探している“スキャンダル”が関わっている事を知ったために、極秘裏にそのスキャンダルの回収を行う事を目的として彼らを投じたのだ。
極端な話、通常通り依頼を受けて現地入りした部隊=今私の端末の上に表示されている4人の任務は、内務班のカムフラージュと彼らの支援が目的だった――勿論本人たちは何も知らないが。
「それで、肝心のものはどちらへ」
「既にジャクソンとアレンが錠前屋に向かっている」
内務班実働部隊の隊長=オブライエンの問いにミスタービショップが答える。
錠前屋というのは要するにハッカーの通称だ。フリーランスのハッカーなら雇う方法はいくつかあるが、古い規格のEFの軍用端末を扱え、かつ裏切る可能性がない者はそう多くない。
そうした貴重な人材の下に、あのヘリの中で記憶媒体をすり替えたサバーカの知られたくないデータが満載の代物を持っていったのは、どちらも内務班の古株だった。
場所は地球の反対側、硫黄島。数奇な運命により今や世界最大級のブラックマーケットにして洋上の国際交易都市となった島。
「彼らなら問題ないでしょう」
「ああ。改めて今回は助かったよ」
それで報告は終わった。
内務班の二人は踵を返して戻る――と思ったところで片方が立ち止まる。
「何かね?」
「あの……」
片方=オブライエン隊長ではない方=まだ若い、少女と呼んでいい年齢の隊員。
何故彼女が傭兵になったのかは不明だが、その実力は引き込んだミスタービショップの眼に狂いはないと断言できるレベルだった。
その彼女が、僅かに躊躇ってから、覚悟を決めたように切り出す。
「……禁止されていることは分かっています。ですが……今回の表向きの作戦に参加した部隊のメンバーを教えていただけませんか?」
「何のために?」
「いえ……。ただの興味です」
聞き返しに、恐らく却下されたと考えたのだろう、感情を押し殺すような静かな口調でただそれだけ答えた少女。
そしてそれが室内に作り出した沈黙は、却下したと思われていた張本人が破った。
「まあ……無茶をさせているのだ。それぐらいの褒美でいいのなら。ただし他言無用だ。そして勿論外への持ち出しも厳禁だ。いいな」
「はい。ありがとうございます!」
上司の決定に、私は自らの端末を操作し、目当ての一覧を呼び出す。
――私はやはりこの仕事に向いていないのかもしれない。名前の脇に書かれたKIA=
戦死の表示は、自分で書いたものでもいつまでも慣れない。
「どうぞ」
その報告書の一ページを彼女に差し出す。そう言えば、この部隊にも彼女と同い年ぐらいの子が参加していた。
「どうも……」
彼女の眼がモニターの上を走っている。
やがて、目当ての部分に当たったのだろう。彼女は小さく呟いた。
「クロ、やっぱり……」
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




