怪物の日38
「……ッ!!」
瞬時に周囲に目をやる。何をするべきかを決定する。
状況:敵兵に包囲されつつあり。敵側に戦闘車両(装輪戦車)の増援。
敵側の戦力:高練度の歩兵部隊と装輪戦車。歩兵部隊は俺たちを追って駐車場に到着後、こちらから見て左側を中心に展開。こちらを包囲しつつあり、装輪戦車はその後詰として右手側に現れた。
こちらの戦力:輸送機の残骸と放置車両に身を隠しつつ扇形に展開。防壁が防げる攻撃はせいぜいが小銃弾程度であり、先程の対戦車ミサイルや車両からの砲撃には耐えられない。
つまりこういう事=このまま続ければ全員死ぬ。
ならどうする?逃げ道がなく、現状維持も出来ない。即ち下がる事と立ち止まることはできない。
それならそれ以外に動くしかない。
では、どこへ?
水素ステーション:輸送機の真後ろであり、装輪戦車の正面に出ることになる。
銀行:水素ステーションの左隣の建物。輸送機の陰になっており、直撃弾を受ける可能性はやや低下するが、駐車場の銀行前のスペースに数台放置された車両には敵歩兵が隠れている。
それ以外の方向:非現実的。
つまり、必ず敵に姿を晒す以外に動く方法はないという事だ。
となれば選択肢は二つ。
敵兵:身を隠しているが撃てば死ぬ。
装輪戦車:手持ちの武器ではどうすることもできない。
「銀行だ!カクさん!クロ!銀行に」
「よし、了解した!」
三人で突破して銀行前で迎え撃つ。装輪戦車の射線に入ったら?その時はすぐに動くしかないが、少なくとも他の選択肢よりも生存率は上がるはずだ。
そしてその決定を下した時、俺はその判断を先読みした――訳ではないのだろうが、既にそこに向かっている奴が視界に入った。
そして、そいつに気づいて今まさに銃を向ける敵兵の姿も。
「クソッ!!」
咄嗟に飛び出しながらそいつを撃つ。
セミオートと言っても走りながらの腰だめ。命中などとてもではないが望めない。
だが、自分がかなり近くから狙われていると奴が認識すれば、そして射撃を中止すれば十分だ。
奴が振り向くのに合わせて初めてサイトを覗きこみ、足を僅かに緩める――といっても一瞬だけだ。飛び出した時から横で弾がアスファルトに跳ねる音がしている。
スピードを落とした世界はまだ揺れている。しかし同時に一瞬だけ凪のように落ち着く瞬間が訪れる。
足の動き、その凪にサイトで標的を捉える目、ラグなく引き金を引く指。
全て揃ったのは、マキナの性能故か、全てがそうではないと自惚れたくなるように、奴が後ろに吹き飛んだ。
「よしっ!タンゴダウン」
叫びながらすぐに再加速して、奴が隠れていた車両の後ろに飛び込む。
そこで初めて俺に気づいたのか、ウォンはこちらに這うようにしてやってきた。
「畜生、ああ畜生」
到着するなりぼやくような、泣き出しそうな声。
もう次は勘弁してくれという思いを込めてその声を遮る。
「ここでじっと――」
その声は耳を聾する別の音に遮られた。
「!?」
世界そのものが爆発したような凄まじい爆音。
それが装輪戦車から放たれた105mm榴弾の炸裂と、それによって輸送機の残骸が機首を残して綺麗さっぱりなくしてしまったという事を知ったのは、咄嗟に隣にいたウォンに覆いかぶさって耳を塞ぎ、起き上がって反射的に振り向いた先が全て煙に代わっているのを見た時だった。
「あ……」
声は出なかった。
顔は思い浮かぶ。名前もまた思い浮かぶ。だが、それを口に出すことは出来なかった。
煙の向こうに消えてしまった二人。さっきまで一緒にいた二人。
それが跡形もなく消えてしまった。
いや、そんなことは無い。あり得ない。そんな筈はない。そうだ。あり得ない。あり得ていい筈がない。
今日一日で三人失うなんて、そんなことあってたまるか。
「聞こえているか?生き残り共」
パニックを起こしそうな頭に、久しく沈黙していた無線が声を伝えてくる。
BMSは聴覚保護を最大限に発揮し、耳鳴り程度で守られていた鼓膜は、その耳鳴りの向こうで呼びかける声を記憶の中から探り出して人物を特定する。
「カン……」
おかしな話だ。
仲間二人の名前は出せないままなのに、昨日の夜一度聞いたきりの声の主の名はすっと出てくるのだ。
「生きているのなら降伏しろ。今なら受け入れる」
受け入れる――つまり、捕虜にするという事。
そして奴について知っている事=捕虜を生きたまま燃やしたという事。
「カンの奴だ……あれに乗っているのは……」
自分の下でウォンがぼそぼそとこぼしている。
事実が二つ:どうやら彼の無線も音を拾っていた。そして俺が彼の耳を塞いだのは無意味ではなかった。
「畜生、もう終わりだ。俺たち死ぬんだ」
「おい落ち着けよ。大丈夫だ。大丈夫だか――」
耳は無事だったのだろうが、最早何も聞こえてはいないようだった。もうウォンは限界に達していた。
「もううんざりだ!!うんざりだ!畜生!!」
狂ったように叫び出し、振り上げた拳をアスファルトに振り下ろす。
「俺は軍人じゃない!俺は人殺しなんかしたくない!!俺はこんなの何も望んでないぞ!!」
「落ち着け。落ち着けって」
「俺は学生だった。俺は翻訳家になりたかった。親父が愛国者だと思われたくて無理矢理俺を軍隊に放り込んだ!!それで終わってみれば俺は反逆罪だ!!国にも帰れない!!俺は、俺は……」
戦争の勃発から今日まで、彼を襲った全てへの恨みが爆発した。
誰が悪いのでもない。いや、逆だ。誰もが、全てが悪いのだ。故に彼はどうすることも出来ない。この世全てが悪いのだ。彼から過去に奪い、現在を奪い続け、その結果未来も奪っている。
「――!?……分かった。だからここにいてくれ。頼むから」
だが、そんなことは今気にしている場合ではない。センチメンタルも義憤も、するべきは今ではない。
俺の眼は、煙の向こうに二つの人影を見ていた。
それが動くのを、大きい方の一人がぐったりしたもう一人を引きずって、その首にポンプを刺すのを、刺されたそいつがひきつけを起こしたように大きくのけ反って目を覚ますのを。
一度目を移し、身を隠しているボンネット越しに車の向こうに目をやる。
先程まで展開していた連中は砲撃に巻き込まれるのを避けるためか、或いは複数名が無力化されたため装輪戦車まで戻って再編成するつもりか、こちらに近づいては来ない。
それから、もう一度ウォンへ。
蹲って何かをぶつぶつ唱えているそいつに聞こえているかは分からないが、肩に手を置いてこれから彼にしてほしい事を伝える。
「一人にするけど、ここで大人しくしていてくれ。そうすれば無事に帰れる」
そうだ。一人にする。
俺は一人でここから離れる。ボンネットの向こう。トラックの近くに落ちている対戦車ミサイルを拾いに行く。
ウォンはもう頼りにならない。だが、だからと言ってここで死なれるのは避けたい。
別に何があるでもない。名前を知っているぐらいの関係でしかないが、その程度の関係の人間が数人、それ以上の関係の人間を一人失っている。もうこれ以上は見たくない。
幸い装輪戦車の砲身はこちらには向いていない。
「想像できるか?生き残り共。人だ、人と油と炎の匂いだ」
無線でいかれた演説が続いている。
――いいぞ。そのまま続けろ。そのままそれに夢中になっていろ。
先程のクロの言葉を信じるならミサイルの装填は完了しているはずだ。なら後は、あれを奴らに向けて発射すればそれでいい。
確認しようにも二人のデバイスは着弾の衝撃でダウンしているか、或いは本体が破壊されているようで通じない。
「行ってくる」
隣の男にそう呟いて体を起こし、もう一度ボンネットから頭を出す。
「ッ!!」
声は出なかった。そんな暇はなかった。
兵士たちは皆後退した――ただし見落としているところもあった。
ボンネットの向こうにいた相手が、まさに飛び越えてくる瞬間にぶち当たっていた――物理的に。
「がぶっ!!」
顔面に叩き込まれる人間一人分の質量。
鼻が折れるのだけは何とか避けたが、それでも眉間に足の裏が直撃して後ろに飛ばされる。
「ぐっ……」
世界がコマ送りになる。
着地して、同時にこちらに向けられる銃口。この距離で地面に大の字に倒れた相手の頭に当てることなど、目をつぶっていても出来るだろう。
奴の指が引き金にかかっていく――分かっているのに体は動こうとしない。
ああ、死ぬのか。漠然とした認識が頭の中に一瞬で広がり、それを回避する動きをする前に弾丸が頭を撃ち抜くだろうという事が直感で分かる。
認めた訳ではない。望んだ訳でもない。
だが、回避することなど出来ない以上受け入れるしかない――無理矢理言語化するとしたらそんなところだろうか。
「クッソがあぁぁっ!!」
それをギリギリのところで救ってくれたのは、隣でうずくまっていたウォンだった。
奴は立ち上がっていた。今は亡き上官が持たせていたライオットシールドを構え、叫びながら目の前の兵士にタックルをかます。
突然真横=視界外から喰らったタックルに兵士はバランスを崩して押されていく。
俺に向けられていた銃口は空を向き、無意味に一発が発射された。
「この、この糞野郎!!」
叫びながら兵士を突き飛ばしていくウォン。だが流石に相手も感づいたのか、何とか振り払おうと態勢を整え始める。
そこでようやく、俺は自分の体がいう事を聞き始めた。
「頭下げろ!」
叫び、同時に自分の銃を絡み合う二人へ。
恐らく指示が聞こえた訳ではない、たまたま下がったウォンの頭の横を掠めるようにして先程俺をそうしようとしていた相手の頭に一発叩き込んだ。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
続きは数時間後に




