怪物の日37
嫌なことは重なるものだ。
一刻も早く離れたいところだが、生憎待っている時には時間は遅い。
「クソ……よりにもよって……」
「仕方ない、今は目の前の連中を食い止め――」
角田さんの言葉が途中で遮られた。
「クソッ!いい目していやがる!!」
彼の頭の横数センチの場所で輸送機の残骸が音を立てる。
音もなくマズルフラッシュも見えない連中の射撃は、いつどこを狙ったのかさえ掴ませず、その上細かく場所を変えてくるため、どこから狙っているのかさえ容易には判別できない。
そして当然ながら、頭を出して悠長に探してなどいようものなら自分の頭に穴が開いてしまう。
「……ッ」
壁にした残骸やアスファルトの間から覗き込むようにしてなんとか探し出すのがやっとの状況で、その間にも視界に弾が跳ねた光が現れる。
「このっ」
飛び出してきた窓のすぐ近く、何とか見つけた敵に撃ち返す。
しかし返ってくるのは機体に弾かれる音だけ。そしてその音も徐々に数を増してくる。
「まずいな……」
思わず口をついたのは、その増えた音が正面以外から聞こえ始めた時だった。
間一髪で墜落に巻き込まれなかった、左手側に放置されたバンからカンカンと金属がぶつかる音が鳴り始め、反射的にそちらに目を向ける。
事実:連中は既に展開し始めている。俺たちを包囲し始めている。
シミュレーション:タイミングを見誤ればこのまま包囲される。
「角田さん、後退しましょう!水素ステーションまで下がって――」
それは避けなければならない。
かくなる上は包囲される前に一度下がって連中と距離を取り、水素ステーションの建物に籠城して正面から迎え撃つべき――その考えを伝えようとした言葉は爆発音と凄まじい衝撃で遮られた。
「なんだ!?」
「畜生、何だあれ!?」
衝撃に吹き飛ばされ、周囲に同様に飛び散った諸々の残骸の雨から頭を守りながら音のした方へ目を向ける。
ほとんど爆音にかき消されながら怒鳴った俺の声と、その正体を少し先に見つけていたウォン軍曹の泣き出しそうなそれが続いた。
彼が見たものは、15年ぶりに破壊が進行した輸送機の輪切り。その上部に新たに開けられた大穴と、それだけでは留まらなかった衝撃が切り裂いた機体の向こう側に見える二人の敵兵=対戦車ミサイル射手と弾薬手の姿。
「全員無事か!?」
角田さんの声に起き上がって答える。
「こちらは無事です!」
「こちらもです!」
俺に続きクロ。
一番近かったのは俺たちだが、衝撃波はかなり広く広がっていたようだ。
「ぺっ……」
口の中の砂利を吐き出しながら穴の向こうの敵を睨みつける。
他の連中と違って、奴らだけは発射したことが明確に分かる。
「あれを始末します」
「よし、頼んだ」
起き上がったクロがその亀裂から連中を撃つ姿勢を取った。
なら俺のやることは決まり。その間に他の連中の眼を引きつけておく事。
俺も起き上がり、先程まで隠れていた残骸から左手の車に場所を変え、前輪の上から敵を探す。
丁度俺と角田さんとで角度の広いV字を作り、その交点にクロがいる形だ。
そして幸い――と言うべきか、こちら側には建物や植え込みも少なく、隠れられるものが限られている。
つまり、見つけるのは容易いという事だ。
「……」
意識を集中する。
目も耳も最大限に研ぎ澄ませ、隠れている相手を探し出す。
不思議なもので、先程の爆発が妙に俺を奮い立たせていた。
音のしない銃も姿を捉えられない敵も、あの爆発は探し出してやると言う気にさせる。
自分でもよく分からないが、もしかしたら恐怖に慣れてしまったのか、恐怖の上限を突破して馬鹿になってしまっているのかもしれなかった。
――出てこい糞共。見つけ出してやる。見えない、聞こえない恐怖を返してやる。
頭に血が上り、同時にひどく冷静に敵を探している。
「そこかっ!」
早速ちらりと動くのが見えた相手に引き金を引く。サイトの向こうでびくりと動いて慌てて伏せるのが目に映る。
「外れたか……」
だがすぐに朗報がインカムに届く。
「タンゴダウン。撃たれる直前だった」
クロの声。恐らくだが装填を終えていたらしいミサイル射手を始末した。
「ナイスキル」
言いながら目は正面の連中から離してはいない。
そしてその次の瞬間、今撃った場所から何かが動き出すのを認め、反射的に指が動く。
「よしっ」
ひっくり返るシルエットが見え、後続の別の兵士がそいつを掴んで元の遮蔽物に引っ込んでいくのに更に数発浴びせようとしたが、今度はこちらのボンネットが爆ぜ始めたのをみて引っ込んだ。
先程から隣に誰もいない事に気づいたのは、まさにその時だった。
「あれ?ウォンは?」
隣で震えていたはずの男がいない。
見回すが、動く者は弾薬手も射手の後を追わせるべく次弾を叩き込むクロと、彼女の向こうで弾幕を張っている角田さんだけ。
――いや、いた。
水素ステーションの方向に向かい、連中に銃撃されて慌てて引き返すところだ。
「うわああっ!!!」
「じっとしていろ!」
叫ぶが聞こえてはいないのか、或いは聞こえていても足は止まらないのか、奴はUターンすると今度はもう一つの建物=銀行の方へと走り出す。
そしてその銀行は、今まさに俺が交戦している連中の向こう側だ。
「くそっ!」
毒づきながら奴の方には走らないで再び銃を向ける。
何故奴を見捨てなかったのかは自分でも分からない。多分気まぐれだろう。
だが、再び車越しに銃を向けた時、奴の逃げる道を作ってやるという考えが頭のどこかにあったのは事実だった。
だが、その考えを実行する前に別のものが否が応でも意識を持っていった。
再びの爆発音。今度はさっきよりも遠く。
「CPよりオールキラー。装輪戦車がショッピングモールを砲撃。そのまま突入しています!」
まさか――とんでもなく嫌な予感がする。
恐らくこちらの居場所が既にショッピングモール内ではないことは知っているだろう。
「クソ!マジかよ!!」
その言葉が口から出るのに、予感から一秒ほどもいらなかった。
この距離でさえも聞こえる音を立ててショッピングモールの出入り口がひしゃげ、建材の破片やガラスが踏みつぶされる。
鈍く低く響くエンジン音がそれをかき消し、装輪戦車の巨体が出口をメリメリと拡張しながら姿を現した。
音のしない高練度の敵兵と、こちらの手持ち武器ではどうにもできない戦闘車両。
全く、嫌なことは重なるものだ。
(つづく)
今日は短め
続きは明日に




