怪物の日36
「うおっ!?」
思わず声を上げる。
そしてその間にも目の前を弾が掠めて行ったのが、通り過ぎてから分かった。
驚きと、あと少しで被弾したという恐怖。
それが盲撃ちとなって表れる。
拳銃のように片手で持ち、スリングと柱とで銃身を支えながら当たるを幸いに弾をばら撒く。
吐き出された薬莢は転がり、サイレンサーを通過した弾丸は驚くほど静かに光の中に消えていく。
「……ッ!」
そうだ。静かに。
連中と同様に静かに。
「サイレンサーか……ッ!」
撃ちきったマガジンを交換する間も、音のない弾丸は俺たちを正確に狙ってくる。
装備と言い練度と言い、明らかにこれまでのJ1614型とは異なるものだった。
そしてまずい事にその高練度部隊に俺たちは釘づけにされつつある。
今でこそ柱や瓦礫を盾に取って隠れているが、それだけでどうにかなる相手ではない。
いずれは撃たれる――その嫌なイメージが明確になりつつあった時に、角田さんの声が全員の耳に聞こえた。
「こっちだ!」
何かを蹴り破る音がそれに続き、音に合わせて向けた目は、彼が真後ろの店舗の、閉鎖された扉を蹴り開けた――より正確に言えば取れかけていた扉の残骸を破壊して道を作ったのを捉えていた。
そして、その直後に彼の近くに発生した爆発も、また。
「カクさん!!」
反射的に叫び、飛び出そうとしてぎりぎりの所で足が止まる。
思う壺だ。今の爆発は連中の撃ったグレネードランチャーによるものである。
釘付けになったところにとどめとして放たれ、そしてそれによってあぶり出されたものに鉛玉を撃ち込むつもりだろう。
「こっちは大丈夫だ!早く全員来い!!」
だから爆風の向こうの叫び声は頼もしく、それと同時に放物線を描いたスモークグレネードが俺たちと連中の間に割って入るように煙幕を張った時には、俺の手はすぐに腰のタクティカルベルト(ポーチやホルスターを装着可能な軍用ベルト)のスタングレネードに伸びていた。
「フラッシュバン!」
叫び、そして投擲する。盲撃ちならぬ盲投げだが、効果は十分だろう。
煙の中から爆音が響き、閃光が周囲を満たす。
それをスターターピストル代わりにして俺は走り出した。角田さんが作ってくれた入り口まではわずか数mだ。
その人生で最も長い数mを駆け抜け――ゴール直前に、震えながらうずくまっているウォンの姿が目に付く。
「こっちだ!急げ!!」
怒鳴りつける勢いで叫ぶが、同時に頭の中のどこかで上がる「それで動ける状態ならとっくにそうしている」という声。
事実、どうやら動けないようだ。
――被弾した、という訳ではなさそうだが。
「ッ!!クロ!フラッシュバンを頼む!」
「了解。ですが――」
言いかけて、同時に滑り込んだ彼女もまたその理由を察したようだ。
それ以上の言葉は、今度は爆発音によって遮られ、俺は再びごく短距離走をスタートする。
「こっちだ!急げ!!」
うずくまっている奴の首を掴んで、引きずるようにして戻る。
バリスティックシールドつきの体は重いが、それでも何とか移動することはできる。
「盾を構えて!」
叫びながら彼の後ろに回り込み、後ろから引っ張って移動させようとする。
「ひいぃぃっ!!」
硬質な音を立てて火花を散らすバリスティックシールドと銃弾。盾を持つ彼を盾に来た道を戻って入り口へ。
「これで全員だな」
血で赤黒く染まった空のポンプを投げ捨てて角田さんがそう言い、立ち上がる。
入ってきた時に見えた2本しか指のなくなった左手は既に5本に戻っていた。
彼が回復したことを確認して改めてここの部屋の中を見渡したが、空の棚ばかりで元々がどういう店だったのかは分からない。
規則的に並んだそれらによって辛うじて飲食店ではないという事だけは何とか理解できた。
そしてもう一つ、先程の店=大楽楼の穴から入り込んだ店と同様に、端には木目調の扉が一つ。そしてそれは、角田さんももう見つけていた。
「あそこ以外には袋小路だ。行こう」
そこに答えたのは意外にもウォンだった。
「だ、だが……まだ隊長が」
「……彼はもう駄目だ」
辛いだろうが――小さな声でそう付け足して角田さんはくるりと踵を返し、唯一の道である扉へと向かう。その声には実感がこもっていた。
――自分も共に行動していた分隊長を失った直後なのだ。
「皆こっちだ。ここから外に出られる」
その言葉に俺たちは一斉にそちらへ動いた。
感傷は後回し。今は脱出を最優先に考えるべきだ。
扉をくぐると、そこには駐車場に面した大きな窓が一つ。
何故この店にはそんなものがあるのか、或いはここ以外にもみんなあるのかは知らないが、とにかくここから外に出られると言うのは間違いない。
外への道が開かれたことで、俺の頭は次の問題にシフトしていく。
「キラー3よりCPへ。無人機の到達は?」
「こちらCP。無人機はあと5……いえ、あと4分で到着します」
往時には駐車場だった場所を4分で縦断し、向こうに見える水素ステーションの建物内に隠れるには十分な時間だろう。
「キラー3了解」
「今がチャンスだ。行くぞ」
窓を開ける――と言うより建付けの悪くなった窓をその枠ごと落として巨大な穴とした角田さんが俺たち全員を見てそう言った。
迷っている時間はない。こうしている間にも先程の連中が俺たちに追いつくかもしれない。
無人機が来ないのなら外に出るまでだ。待っていてはいずれ背後から撃たれることになるだけだ。
連中は練度も高く装備も一般的なJ1614型とは異なるが、先程のような地形を利用した待ち伏せでなければこちらにも勝機はあるだろう。
外に飛び出した俺は、辺りを見回してかつての駐車場を縦断するべく動き出す。後続の他のメンバーも同様だ。
駐車場は数台の車両が停まったままになっているが、何より目を惹くのが駐車場ほぼ中央に出来た巨大な蛇でも這ったかのような轍になっていて、それによってめくれ上がったアスファルトが並行する二本の線となって駐車場を横切っている光景。
だが、最も目を惹くのはそこではなく、その轍の一端にして、作り出したもの。
戦時中に撃墜されたのだろう輸送機の残骸。その輪切りにされた機首部分だ。
「あの残骸に向かえ。あれを盾にして奥の水素ステーションまで行くぞ」
角田さんがその残骸を指さしてそう言った。
かつては飛んでおり、当然その時は胴体部分も翼もあったのだろうその輸送機の残骸は、今ではコックピット周辺含む機首部分と右翼の一部分だけが残っている。
その機首の向きから、恐らく飛んできたのだろう右側に目を向けると、水素ステーションと同様、駐車場に面している銀行は、その高く掲げていた看板が中間ぐらいできれいにへし折られていた。そこから先の部分は恐らく機体と一緒に転がっているのだろう。
「CPよりオールキラー」
耳に聞こえた声に意識を聴覚へ。
「友軍信号のない装輪戦車がワルシャフスキー通りを通ってそちらに向かっています。注意してください」
恐ろしい話が入ってきた。
今の装備だけでそれとやりあうのは無謀だ。
もしその装輪戦車が先程の襲撃者と合流した場合はとんでもなく危険だ。
そしてその危険は――どうしようもない事に――現実になろうとしていたという事を、後ろを確認しながら最後尾を走っていたクロの声が伝えた。
「後方の窓に敵!私たちが出てきた窓です!」
「くっ!全員輪切りを陰にして奴らと交戦する」
二つの叫びが俺に状況を伝えている。
そしてようやく指示通り機首の輪切りに隠れようとした瞬間にパラパラと確実に着弾している ことがわかる音が辺りでなり始め、慌てて残骸の向こうに飛び込んだ。
「俺たちのいた窓だ!あそこから出てくるつもりだ!!」
角田さんの叫びがアシストとなって、俺の眼も奴らを捉えることに成功した。
窓から体の露出を最小限に抑え、セミオートで確実に。
そうした反撃を受けている間に、連中の他のメンバーは窓から飛び出し――こちらに向かってくるところに集中砲火を受けて近くの車両その他に隠れる。
今は足止めが出来ているが、ここからどうなるのかは分からない。無人機の来る前にとどめを刺しておきたいが――。
そう思い始めた俺のインカムに極めて混乱した様子のキングさんの声が響く。
「CPよりオールキラー!そちらに装輪戦車が一台向かっています!ワルシャフスキー通りからショッピングモールに接近中!」
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




