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怪物の日35

 「まだいるぞ!」

 その一変した世界で、一変させた張本人が叫び、それに合わせて俺もひしゃげた通路の残骸に身を隠しながら下を覗く。

 ランチャーから持ち替えたライフルを構え、瓦礫から射撃に必要な最小限の部分だけを出して下へ向かって撃ちおろす。


 砂糖に群がる蟻のごとくこちらに集まっていた大部分は爆発によって吹き飛ばされ、瓦礫に押し潰されてはいるが、そこにいなかった連中まではそうはいかない。

 大した遮蔽物もない状況でも生き残りたちはこちらに銃を向け、最後の一兵となるまで抵抗を続ける構えを見せている。


 「押し返せ!」

 「クロ、奥の通路を頼む」

 「了解。排除します」

 2階奥の通路の生き残りたちもまだ反撃を続けてきてはいるが、数を頼りにした制圧が不可能となった以上、そう簡単に突っ込んでは来ない。

 「そこか!」

 植え込みの後ろ、細い木とその囲いに身を隠すように膝射する敵に照準を合わせて一発ずつ撃ち込んでいく。

 後ろに尻もちをつくようにして倒れたそいつが、後ろに這いずりながらも更に反撃を加えようとするのを、別の一体が援護してくる。


 「ちぃっ!」

 弾が飛んできた方向に銃口を向けて索敵。まずはそちらだ。

 エスカレーターの後ろから飛び出してきたそいつに向かって三発。うち一発が足に当たったのか、奇妙な姿勢でステップして転がる。

 死んではいない。きっとすぐに反撃してくる。

 「なら、その前に――」

 銃を最初の奴に戻してとどめ。

 それから再度往復。起き上がろうとした足の奴にも引導を渡す。


 「よし、片付いたな」

 グレンコの言葉に確認するように周囲を見回すが、先程までとは打って変わって静まり返った世界がしっかりとその言葉を裏付けていた。

 「とりあえず助かったか……」

 「で、どうやって降りる?」

 一息つきながら立ち上がった俺に角田さんの声。


 「……あ」

 そう言えばそうだ。

 足場を吹き飛ばしてしまった以上、エスカレーターもその周囲ごとなくなってしまっている。

 新たにできた断崖から下を見下ろすと中々の高さだ。とても単純に飛び降りて無傷で降りられる場所ではないだろう。

 「何か降りられる手段は……」

 「とりあえず、防災用の梯子か何かがないか探して……ああ、そっちに行く道もないのか」

 防御のために必要だったとはいえ、随分派手に破壊してしまった。

 今や大楽楼の周囲はそれ以外と隔絶された陸の孤島だ。


 「心配するな。こっちに来い」

 だが、その爆破の提唱者にして実行者はさして気にした様子もなく俺たちに背を向けて店の中に戻っていく――他にすることもなく後に続いた俺たちに振り返らず説明しながら。

 「お前たちが来る少し前だ。店の奥に従業員用の通路があることを発見した。そこは既に大部分が崩落して通れなくなっているが、そこから下は……まあ、見ての通りだな」

 先程ウォン軍曹が隠れていた部屋の奥の穴の前で彼はそこを指さして言った。

 穴はかなり大きく、元々はそこにはまっていたのだろう床とその裏=1階の天井が下にうず高く積みあがっていて、これなら何とか飛び降りられる高さだと言えそうだった。

 「この下は宝石店だったようだ。ここを通って下に行かれる」

 そう言うと俺たちの方を見て、視線を外さずに顎で穴を指し示す。

 つまりこうだ――お前らが先行しろ。


 「準備のいいことで」

 角田さんがそれに応じ、驚き半分にそう言って降りる。

 「運がいいと言い給え」

 そう答えながら、周囲に異常がない事をハンドシグナルで伝えた彼に続くグレンコ。

 彼に続いて俺とクロ、そしてウォン軍曹が宝石店だった場所へ。


 降りて直ぐの場所は店の片隅、頂上に降り立った瓦礫の山のすぐ横壁際には木目調の扉が一つ。「STAFF ONLY」の文字が辛うじて読み取れることから、恐らく事務所か何かだろう。

 それとは反対側は、かつてはきらびやかな、俺には恐らく縁のない宝石が並んでいたのだろう売り場だった場所だ。こちらも例外なく荒らされ、まだ店としてのレイアウトは残っているものの、恐らく真っ先に狙われたのだろう、中身のないショーケースの残骸だけが規則的に並べられている。

 店の中を貫いている柱には、恐らくネックレスか何かがかけられていたのだろう胸像型のマネキンが寄り添うようにしてうち捨てられていた。


 そしてその柱の向こう=ガラス片が絨毯のように広がった入り口を出れば、そこはメインストリート。

 今や買い物客の代わりに瓦礫と他律生体の無数の死体だけが転がっている世界だ。


 「それにしても、連中随分徹底的だな」

 倒れている、或いは瓦礫の中から覗いている他律生体たちを見ながら角田さんが呟く。

 先程のグレンコの話が事実なら、よほど今俺が背負っている端末には重要なものが入っているらしい。

 「あの女はそういう奴だ。金と権力のためになら何でもするさ。内務省にいた頃から変わらない」

 そう言いながらグレンコは先頭に立って外に出た。

 後に続いて俺たちもメインストリートへ。周囲の状況とデバイスに表示された見取り図によれば、駐車場側出口までは大して距離もない。


 静まり返った世界を、しかし一応周辺警戒を続けながら進む。

 「CPよりオールキラー。無人機到着まであと5分。現在ヘリも移動中。こちらは8分ほどで到着します」

 残り時間のアナウンスに了解と答え、それから移動時間を計算。

 今のペースで行けば余裕を持って着けるだろう。今のペースで行けば=敵に一切で会わなければ。

 「ウォン、お前が先頭に立て」

 「えっ、いや、ですが……」

 「その盾があれば死にはしない」

 そう言ってそれまで最後尾におっかなびっくりついてきていた部下を先頭に回す。

 ――が、すぐに撤回された。


 「……お前、歩けるようになったのはいつだ?」

 「無茶言わないでくださいよ。俺は戦闘は……」

 恐怖のあまり、周囲を警戒するだけで赤ん坊並みのスピードでしか移動しない彼に業を煮やしたのか、再び先頭を交代するグレンコ。まあ、確かにこれでは大したことない距離でも5分はオーバーするだろうというスピードではあったが。


 硬い床のタイルに同じく硬い何かが跳ねる音が静かなメインストリートに妙に響いたのは、まさしくそんなやり取りの直後だった。

 「フラッシュバン!」

 その声は恐らくクロだった。

 それが音として耳に届き、脳がその言葉を解読して理解するまでの時間に、世界は再び轟音と閃光に包まれた。


 「ぐうっ!!」

 思わず目を閉じ、耳を塞ぐ。

 巨大な音と光は、それだけで人間の足を止めてしまうものだ。

 その時間は決して長くはない。ほんの一瞬の出来事だ。

 ――だが、それを投じた相手にとっては目標を達成するのに十分な時間だった。


 閃光にぼやけ滲む視界の中で、他の者もみんな同じように動きを止められた中で、一人だけ奇妙な動きをしている者の姿が一瞬だけ、極めて不完全な形であるが見えた。


 「コンタクト!マンダウン!!」

 耳鳴りに混じる誰かの声。

 立ち尽くしたまま、何か震えるように体をゆすって、それからひどくゆっくりと仰向けに倒れていくグレンコ。まるで一切の力を抜いているように、極めてリラックスしているように両手を広げ、ゆっくり、ゆっくりと後ろに倒れていくコーカサスの怪物。

 「――ッ!!」

 誰かの声にならない声。

 ぼやけていた視界が徐々に回復していく中で、パッとはじけて表面が削られる目の前の柱。


 自分が撃たれている。狙われている。

 そう気づくまでに随分時間がかかったような気がしたが、その間に一発の被弾もなかったという事は、恐らくほんの一瞬の時間。それこそ撃たれたグレンコが倒れるまでのごく僅かな一瞬だったのだろう。


 「敵襲!下がれ!!」

 その声が角田さんのものだと気づいた時には視覚と聴覚がだいぶ戻ってきていた。

 しかし世界はかなりまぶしく、そして飛んでくる銃弾は突然そこに現れたかのようにタイルやコンクリートを穿ち、或いは削っていく。

 「うわっ!!」

 声を上げ、咄嗟に近くの柱に隠れると、ようやく反撃出来るようになった。


 「この――」

 これまで何度もやったように柱から目と銃身だけを露出させての反撃。だが――。

 「くっ!」

 折角回復した視覚がすぐに奪われる。

 一瞬で消えたはずの閃光が襲撃者の背後にはまだ時間が止まったように残っている。

 超がつくほど強力な投光器によって標的を照らし出し、その光を背負うことによって反撃を封じる。

 その新たな襲撃者の正体に気づいた時には、反射的にひっこめた顔が一瞬前まであった場所を狙ったのだろう弾丸が、鼻先で音を立てて飛び去り、背後の壁に穴をあけていた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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