怪物の日34
蜂柱は次々に飛び立った後発が合流し、こちらに近づきながら蜂雲と呼ぶべき濃度になりつつある。
唸る者という名前の通り、低く不安になるような唸り声のような羽音をたてて襲来するそれにまかれれば助かる方法はない。
機械蜂は大きく上半身と下半身――この表現が適切かどうかは置いておくとして――に分けられ、2対4枚の羽根を絶えず動かし続ける動力部とセンサー類で構成されている。そして下半身には本物の蜂同様の鋭い針。その針の根本=胴体部分は針から注入する毒薬を充填したタンクになっている。
実物のスズメバチと同様のサイズのそれを迎撃するのには、銃弾では大きすぎ、また的が多すぎる。
では電磁パルスガンは?これも望み薄だ。少なくとも今携行しているものでは、実弾の拳銃で一匹ずつ打ち落とすのと変わらない。
「くっ……」
だが、それで諦めている場合でもない。
電磁パルスガンを構え、射程ぎりぎりまで引きつける――バッテリーが切れる前に連中のAIが撤退を判断してくれることを願って。
そしてその俺の横で、リュックから出した何かを設置しながらグレンコが後方に叫ぶ。
「ウォン!店からEMPランチャーを持ってこい!」
「り、了解」
「そんなものが……」
手の中のものに比べれば天と地ほどの差がある機械殺しだ。
思わず漏れた俺の声に、その指示を下した張本人はリュックから次の梱包――そこで初めてそれが爆薬であると気づいた――を取り出しながら答える。
「連中の目録にはあれらとセットで載っていたからな」
全員下がれ、と言いながら、自分は爆薬を周囲に設置していくグレンコ。
「よし、下がれ。全員さっきの店に」
角田さんがそれに従って俺たちに指示を下し、俺たちはグロウラーの大群から目を離さないようにしながら言われた通りに後退した。
「ウォン!まだか!?」
「ありました!」
入口まで戻ったところでグレンコの催促への答えが、弾んだ息とともに返ってきた。
戻ってきた彼が抱えていたのは八角柱型の、直径10cmほどしかない筒。
長さも60~70cm程度のそれはしかし、実際にはテレスコピック=外筒に伸縮式の内筒を内蔵したもので、それを最大に引き延ばして使用する。
「えっと、これ……」
「貸してくれ」
まごついている彼を待っている時間はない。
既に有効射程には十分に入っているグロウラーを迎え撃つべくそれをひったくると、マキナに指示された通りに砲身を展開する。
起動スイッチを兼ねた固定用ピンを抜いてカバーを外し、砲身となる中筒を最大限に展張。1m程度まで全長が伸びたところでカチンと音が鳴って筒が戻らなくなる。
と同時に砲身上のサイトシステムが起動。使用者の状況に合わせて選択できるようアイアンサイトも同時に立ち上がる。
その外見も使用方法も米軍のM72LAWに似ているそれを右肩に軽く乗せて、ドットサイト越しに最も近い蜂の群れへ。
「よし……」
発射可能な回数は4回。近づいてくる蜂の群れは3個。ギリギリではないが、余裕がある訳ではない。
「身を晒すな。連中、恐らくだがこの後退に合わせて第二波を送り込んでくるはずだ」
そのグレンコの言葉を聞きながら、最初の一発を放つ。
砲身の上、押しボタンによるトリガーを押し込むと、蜂の雲にふわっと大きな穴が開くのが見えた。
だが出ているのは電磁パルスだ。即ち連中が実際に消滅した訳ではない。
ではどこに?雲はいつも雨になって落ちる。
穴が広がっていき、活動を止めた機械の蜂たちがボロボロと思い出したように重力に引かれて落ちていく。
「よし、ナイスキル」
文字通り雲散霧消したグロウラーの群れから別の群れへ。同様に照準し、同様に回路を焼き切って落とす。
反動も音も光もなく、ただ発射したという事を示す表示がドットサイトとその周辺に映し出され、残弾のカウントが減っていく。
2つ目の群れも難なく壊滅させて3つ目。そこに照準した瞬間、再びの銃声が響く。
「撃ってきたぞ」
見事に予想を的中させたグレンコがそう言いながら、向かってくる相手に自身の小銃で応戦。そこにクロや角田さんも加わる。
「クソッ!数が多い!」
「撃ち続けろ。連中は数で押してくる」
先程の連中はあくまで偵察だったのだろうか、かなり数が多いらしい敵に角田さんとグレンコの声が交差していた。
「……ッ!」
落ち着け。今は目の前の仕事に集中しろ。
そう思った瞬間、近くの手すりに連中の弾が金属音を立てて弾かれていく。
「くっ!」
それが一瞬の隙を生んだ。
僅かに照準のずれた3発目は、グロウラーの第三の群れの左半分は吹き飛ばしたものの、それでも本体は健在だ。
「ちぃっ!!」
咄嗟に弾着修正――しようとして止め、反対に向こうがこちらの中央に入ってくるのを待つ。
「……ッ!!」
もう少し、もう少し、もう少し。
銃声と着弾する際のパラパラという人の命を奪うには軽すぎる音が響く中、これまでの人生全てより長い気がした何分の一の一秒の修正を終えてスイッチに触れた指に力を入れていく。
発射は一瞬。そして勝負もまた一瞬だ。
「よし、全グロウラーダウン」
今度こそ群れの残り半分を殲滅して空になったランチャーを捨て、代わりにライフルを構えなおす。
敵は公社の他律生体。即ち実弾で十分な相手。
だがグレンコは俺の参戦は望んでいなかった。
「全員下がれ!奴らの勢いは抑えられん!」
それはどう楽観的に考えても押されているという意味だ。
だが、その認識は決して間違いではないという事を、一階のメインストリートに展開して途切れることなく銃弾を撃ち込んでくる相手の数で知る。
とんでもない量だ。こちらがこいつらを一掃する方法など、今持っている武器だけでは不可能だろう。
そして最悪なことに、俺たちが更に下がったことで、奴らは一気に畳みかける気だ。
「くそ、結局この店で籠城か!?」
先程出てきた店に戻ってきた俺たち。
「……いや、籠城はしないさ」
そう答えた男は、いつの間にか手にリモコンを持っていた。
「もう少し……もう少しだ……」
奴らが勢いづいて迫ってくる。
反撃を受けない侵攻ほど簡単なものはない。奴らは勢いを増し、エスカレーターを登りきった、或いは反対側の通路から連絡橋を渡って俺たちを追い詰めようと取り囲み始めている。
――そしてその包囲が完成する直前。最も敵が集まってくる瞬間を狙ってグレンコがリモコンのボタンを押した。
「!!??」
爆発音が響き、閃光に視界が満たされる。
その光が土煙に代わって辺りを覆いつくし、そしてその中でさえも、ここに通じる2階の通路が全て破壊され寸断されたという点ははっきりと分かった。
道はなくなった。爆発がそれらを飲み込んで、全て粉砕したのだ――その周囲や上下にいた無数の他律生体たちと共に。
(つづく)
今日は短め
続きは明日に




