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怪物の日32

 「で、その取引をあんた方が守っていた……と」

 狂気の沙汰を目の当たりにした精神を揺り戻そうと、角田さんが努めて抑揚のない声でグレンコに告げる。

 「最初はな。あの女が何を企んでいるのか理解するまでは、その通りだ」

 「ではその後は?」

 「お前らがここに来たのは何のためだ?」

 じろりと睨みつけるような視線をくれるグレンコ。

 「連中の後ろには現地政府や戦災復興局のお偉方も絡んでくる。復興局の支部長はあの女の内務省時代のお友達だしな。まともな方法で訴え出たところで、誰がそれを聞く?誰がまともな裁判を開く?表も裏も、EFの両面を敵に回して、敵のフィールドで戦う気はない」

 「だから……こんな反乱を?」

 まともな方法で訴えても効果がないのなら、実力行使という事だ。

 奴はその問いに小さく頷いてから独り言のように続けた。


 「ここの取引を運営していた奴らは表向きNGO職員だ。完璧な表の経歴といざとなれば世界中から集められる弁護団。証言台に立たせる訳にはいかない。だから連中の商品で消した。大量破壊ナノマシンの散布によって、お仕事中に眠るように……だ」

 その言葉に、何か思い当たる節があるようにはっとした様子の角田さん。

 大量破壊ナノマシンとは、その名の通り大量破壊兵器に分類されるナノマシンだ。

 生化学兵器と同様の作用を人体にもたらすが、最大の特徴はたんぱく質を材料とするこうした兵器は目的が達成された後はバクテリアなどによって一切の痕跡を残さず分解されるという点。これにより大量殺人の発覚を遅らせることも、散布後すぐに散布地域に進入することも可能としている。


 この特性から「史上最も虐殺に向いた兵器」とさえ呼ばれる21世紀末の大量破壊兵器だ。

 当然俺たちの知る生化学兵器同様、テロリストの手に渡っていい代物ではない。


 そんなものまで商品として扱っていたとすると、ただの密輸や密売という枠では収まらないだろう。

 「その陣頭指揮を執っていたカンが裏切るとはな……。俺も随分焼きが回ったようだ」

 カン=聞いた名前。

 戦時中捕虜を虐殺したという遊撃隊のメンバー。今ここに向かっている無人機の管制を任され、遊撃隊空襲時には行方をくらましていた男。

 「まあ、大方初めから連中と通じていたのだろうよ。奴を通して俺たちの反乱の情報を掴んだシェスタコフか或いはその顧客が露見を恐れて奴に尻尾切りをやらせたという所だろう。奴は暴力に酔っている節がある。……ククッ、俺が怪物?コーカサスの怪物?何を言う。あの女やカンの野郎のことさ、それは。未だに戦時中の狂気が忘れられない怪物ども」


 そこで話は終わりのようだった。

 一瞬の沈黙。それを破ったのは角田さんのため息と、その後に続く言葉。

 「残念なお知らせだ。その怪物カンは俺たちの行動を読んでこちらに兵を連れて乗り込む気だった。恐らく今頃は奴が差し向けた他の連中が向かってきているだろう」

 「「!?」」

 その話に釘付けになったのは俺とクロ。さして驚いた様子のないのはグレンコ。

 目に見えて怯えているのはウォン軍曹。

 「カンの奴が来る!?本当か!?本当に奴が……少佐、俺たちは――」

 「……俺たちが生きていることを知っているのかもな」

 「いや、恐らく奴らが探していたのは俺たちだ。まあ、これまでの話からするとあんたらも狙われているのかもしれないがね」

 そう付け足した彼の言葉に、古い記憶が蘇ったような口調でグレンコが再び口を開く。


 「北側を抑えていた公社連中は形の上では政府ザウート管理局の下で業務委託という事になっている。で、その担当者も――」

 「シェスタコフのお友達」

 角田さんの言葉に奴は何も言わなかった――沈黙は肯定。

 「それで、俺たちをどうする気だ?」

 代わりに飛び出したのはその問いだった。まあ彼らにとっては非常に大切だ。

 俺たち三人は全員目を合わせ、それからこれまで同様代表として角田さんが答える。

 「俺たちの用があるのは端末だ。あんたらがどうしようが構わない」

 「フン、それならこの拘束を解いてもらおうか。俺たちは俺たちで好きにする」


 どうする?角田さんが俺たちに目をやる。

 「今の話を信じるなら、放してやった方が良いと思います」

 何なら最悪の場合こいつらが囮になってくれるかもしれない――頭の中の冷静な、冷酷な部分がそう付け足している。

 自分でも驚くほど、その考えが瞬時に浮かんできた。

 そんな理由を知ってか知らずか、クロもまた同じ答えに達していた。

 「私もそう思います。端末さえ手に入れば、彼等を縛っておく理由はありません」


 「よし、分かった」

 角田さんはそう言うと、二人の足に巻き付けたインシュロックを切って開放すると、続いて腕も同様に自由にしていった。

 「さて、これでよし。ただし銃は駄目だ。あんたらが自由にした結果俺たちの背中を撃たないとも限らないしな」

 どうやら角田さんは彼らを完全には信じていないようだった。


 「……そうかい。で、その端末を返してはくれないのか?」

 「言っただろう。うちの上司がそれを探している。俺たちはそれに従うだけだ。何に使うつもりなのかは知らないがな」

 俺たちの立場を簡単に伝える角田さん。

 意外にも反論は来なかった。奴らにしてみれば最早諦めているのかもしれない。

 「まあいい。そこいら中で死んだり殺したりだ。銃なんてすぐ見つかるだろうさ」

 そう言って奴が面倒そうに立ち上がると、まさにそれと同時にインカムに緊張した声が響く。


 「CPよりオールキラー」

 キングさんのそれは、否が応でもこちらも身構えてしまう――これまでそれが無駄になったことがないから余計に。

 「こちらキラー」

 「そちらの南方ワルシャフスキー通りから機械化歩兵の一団が接近中。車両も複数台確認しました」

 頭の中に地図を思い浮かべる。

 ワルシャフスキー通りはここからはかなり近い。

 というか、俺たちが歩いてきた地下鉄の駅のすぐ後ろだ。


 「……さて、自衛用の武器を頂きたいね。それともあんたらがこのジジイを守ってくれるって?」

 その言葉に、角田さんがクロの方を見る。

 彼女は先程押収したライフルのストック側をグレンコに差し出す。当然セーフティーをかけた状態だ。


 「トーマ、それを持ってくれ。貴重なお土産だ」

 「了解」

 言われてすぐ、その貴重なお土産=例の端末を背負い、それから――ウォン軍曹以外――他の全員がやっているのに倣うように装備品の点検を手早く済ませる。

 今から抜け出すのも、ヘリが機械化歩兵より前にここにつくことも不可能だ。

 なら今考えるべきは一つ。なんとしてでもここを切り抜けるという事だけ。


(つづく)

今日は短め

続きは明日に

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