怪物の日31
驚きを破ったのは何かが倒れる音。
「誰だ!」
最初に気づいたのは一番近く、そして背を向けていた角田さんだった。
反射的に振り返った先=厨房横の物置だろう場所に通じる通路。
そこにもう一人、恐らくはサバーカの人間だろう人物が腰を抜かしていた。
「まっ、待ってくれ!撃たないでくれ!!」
咄嗟に向けられていた銃口へのそれは、警告でも脅しでもない、完全に命乞いのそれ。
敵ではない――俺たち三人のその人物への共通認識だった。
「ウォン軍曹……」
ため息交じりにグレンコがその男に呼びかける。
「俺がこいつらに痛めつけられていた時にどこにいた?」
非難――というか失望の現れた視線をその男に向けているグレンコ。
それを向けられた張本人はしかし、それどころではない。
確かに上官を見捨てて隠れていたのは何をされるのか分かったものではないが、足を縛られ、両腕も被弾と脱臼で無力化された人物よりも、今まさに向けられている銃口の方が更に軽んじた場合分かったものではない。
「お、俺は……俺は戦闘員って訳じゃ……」
辛うじて吐き出されたその言葉に角田さんは銃を下ろして、ジェスチャーでうつ伏せにさせると身体検査を行って、腰のホルスターから拳銃を奪い取る。
その間彼は一切無抵抗だ。拳銃を持っていても反撃を受ける可能性はなさそうだと思えるぐらい。
「遊撃隊……なんだよな?」
思わず疑問が口をつく。
ユーラシア戦争を生き抜いたサバーカ遊撃隊――ブリーフィングで聞かされたその言葉から感じる油断ならない古参兵というイメージは、その男からは全く感じない。
彼がユーラシア戦争時に従軍していたと言われても、説得力があるのはその30代半ばから後半という外見年齢だけで、それ以外はごく普通の男。それこそ、普通にスーツ姿で会社勤めしていてもおかしくないような雰囲気を漂わせている。
「いかにも、そいつも遊撃隊員だよ」
ぶっきらぼうな様子で吐き捨てたのは彼の上官だ。
「と言っても、奴自身が言ったように戦闘員じゃないがな。主な仕事は通訳だ」
「通訳?」
「遊撃隊はEF出身者と東人連出身者が大半を占めているが、互いの言葉が分からない者もいる。そういう時には奴のような言語に精通した人間が必要になる」
言われてから納得した。
マキナの翻訳機能はかなり高性能なため忘れていたが、こいつらは本来それぞれ別の言語で話しているはずだ。
「……まあいい。とりあえず報告しよう」
角田さんがそう言ってデバイスを確認し、それを察してクロが来た道を戻る。
「ああ、私ECM止めてきます」
「すまない。頼んだ」
彼女が離れたところで、角田さんは通訳のウォン軍曹を立たせて上官からは少し離れたところに座らせると、自分はそれに忌々しいとばかりに一瞥する――そして目を逸らされている件の上官の方へ。
「とりあえず止血と、腕入れよう」
そう言って先程投げ飛ばした際に外れた左腕を持つと、ぐっと力を入れた。
「ぐうっ!!」
グレンコが声を上げ、俺は思わず顔をしかめる。大人になってからの脱臼はとんでもなく痛いが、それを再び入れ直す瞬間はもっと痛い――幸いにして聞いただけで体験したことは無いが、奴の肩の中で起きていることを想像すると思わず自分のそれに手をやりたくなる。
それから角田さんは自分のトラウマキットを開けて、歯磨き粉のチューブのようなものを取り出すと、掌にその半透明の中身を絞り出した。
「リムーバー使います?」
「いや。弾は抜けているみたいだ」
何をするつもりか察して尋ねるが、どうやら必要ないらしい。
そしてその察し通り、彼は半透明のジェルをグレンコの傷口に塗り込んでいく。
この時代の止血剤はかなり簡単だ。弾が体内に残っていなければバレットリムーバー=摘出用の道具を使わず、この抗生物質入りの止血ジェルを塗り込むだけでいい。
「ECMクリア」
「了解。ありがとう」
インカムに聞こえてきたクロの声とそれに答える角田さんの声。
ジェルで固めた傷口に包帯を巻きながら更にCPへの報告に続く。
「キラー1よりCPへ。集合場所の上でコーカサスの怪物と彼の部下1名を拘束した。その際グレンコがデバイスを所持していたため押収しているオーバー」
「CP了解。デバイスのシリアルコードを読み上げてくださいオーバー」
コンテナの上に置いた件の端末に目をやり、水路管理事務所で見つけたものと同じ場所に書かれた数列を読み上げる。
「キラー3よりCP、シリアルコードはBS-145167。繰り返すBS-145167」
一瞬の沈黙。
それからかすかに漏れたグレンコの台詞=照合など必要ない。
「オールキラー、こちらビショップだ」
その答え合わせは以外な人物が行った。
「そいつが当たりだ。必ず破壊せず回収してくれ。繰り返す、回収してくれ」
全員で了解と返しながら、視線はその回収物資に注がれている。
一体こいつに何の価値を見出したのか。
「キラー1了解。それで、こちらの回収はいつ頃になりますか?」
「あと12分でそちらに到着する。何とか持ちこたえてくれ。ビショップアウト」
通信を終えて、俺たちは互いに顔を見合わせながら、押収したケースに再び端末を戻していた。
「この期に及んでまだ依頼にこだわる気か?」
思わず口をついた言葉は自分で思っていた以上に棘のあるものだった。
こちらは一人死んでいる。そして公社が乱入し、その上回収を命じた依頼人は信用できないと来ている。
「……強請るつもりか」
ぼそりと漏らした声がグレンコのものであるという事に気づくのに数秒を要した。
「強請る?」
オウム返しに聞き返した俺に、彼は驚き7割、軽蔑3割といった様子で俺たちを一瞥する。
「そいつの中身を聞かされていないのか?あのアバズレが何でそいつを探していたのかも?」
「中身って、経営状態や企業秘密じゃないんですか」
聞き返したクロに、今度は驚き10割の表情を返すグレンコ。
「そうか、あの女狐めが、何も言わずに送り込んだか。……まあ、そうだろうな」
折角だから聞いていけ――そう付け足してから、奴は俺たちに再び目線を走らせる。
「企業秘密……と言えばその通りだろう。正確に言えば、表沙汰に出来ない企業活動。この町で行われていたブラックマーケットの記録だ」
「ブラックマーケット……?」
再びのオウム返しに小さく頷いて奴は続ける。
「あのアマがこの町にこだわっていた理由も、それをEF現地政府やら本国の高官が認めていたのも、それでうまい汁が吸えるからだ。奴はこの辺りが世間の目が届かないと知って、あらゆる非合法活動の中継貿易拠点にすることを考えた。運営をNGOに偽装するような真似までしてな。ここじゃあらゆる品が飛び交った。武器、薬物、贋金、臓器や人間そのもの。時には物々交換まで始まる始末だ。AIFの連中がどこかから手に入れてきた臓器を三大国の金持ちが買って、代金をヘロインで支払っていることもあった。現地政府の連中もEF本国の連中も上得意だった」
にわかには信じがたい話だが、この男の口ぶりは嘘をついているようには思えない。
そして奴自身、自分の口だけでは完全に信用させることは出来ないと踏んでいるようだ。
身をよじって、直されたばかりの腕で、自分の背後に積まれたコンテナをバンと叩く。
「こいつを開けて見てみろ。ここで扱われていた品の一つだ」
「……?」
言われた通りにした。
蓋は留め金二つでロックされていたが、鍵はかかっていない。手で簡単に外れるそれを開けると、蓋の中には更に透明なカプセル状のものが一つ。
「!?」
思わず息が詰まる。
そのカプセルの中身は子供だ。
眠っているのか、或いは――死んでいるのか。目を閉じたまま微動だにしない、十代前半ぐらいのワンピース姿の少女。
先程までの話がしっかりと脳内に広がっていく。連中は人間そのものも商品としていた。
「安心しろ。本物の人間じゃねえよ」
見なくてもどういう面をしているのか分かる。そう言いたげな口調でグレンコは続ける。
「こいつはバイオドールとも呼ばれるNB-11型。要するに子供型他律生体だ」
「他律生体?これがか……?」
こういうのを不気味の谷と言うのだろうか。
明らかに人間にしか見えないが、しかし人間ではない何か。
「戦時中、こうした子供型他律生体も造られた。戦闘能力で言えば通常の兵士型に比べるべくもないが、偵察、暗殺、破壊工作、そして人間の兵士への慰問用なら十分に効果を発揮したからな。まあ、全部難民のガキを仕立てた方が安上がりだという事になって少数しか出回らなかった上に、表沙汰には出来ない代物だ。今じゃ変態共には理想の相手として高値で取引されているがね」
戦争の狂気。
いや、或いは今の方が狂っているのかもしれない。
「……こういう代物を扱った取引の記録や顧客リストがその端末には入っている。誰がここを取り仕切り、運営しているのか、誰がいつどこで何を買い、何を持って支払いをしたのか、その全てがな」
そう言って再び奴は俺たちを見回した。
それに倣って俺も二人の顔を見る。
引いているのか、驚いているのか、呆れているのか――それら全てがない交ぜになったような表情を浮かべている彼らと目が合う。
きっと、俺も同じような表情をしているのだろう。
(つづく)
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続きは明日に




