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怪物の日30

 同期したデバイスを覗き込み、2階の様子を確認しつつその後を追うように動く俺たち。

 2階は緩くウェーブした通路が広く取られ、エスカレーターの周囲では左右に設けられたその通路を橋渡ししている。

 音がしたのは俺たちのいる婦人服店の真上、中華料理店「大楽楼」か。

 三国志に出てくるような古い中華風宮殿のような入り口に差し掛かったところで、急速に画面が乱れ、映像がノイズに、そして砂嵐に取って代わる。


 「なんだ?」

 「ECMです」

 操作を諦め帰還命令を出したクロを俺たちの後に加えて止まったエスカレーターを登る。

 勿論ただの中華レストランにECMなど置いてあるはずもないし、戦時中に設置されたものがまだ生きているとも思えない。

 そして遊撃隊の連中がここを要塞化するとしたら、ここにだけ小規模なECMを設置する理由もない。

 ――つまり、誰かがECMメーカーを持ち込んだ=誰かがそこにいるという事になる。


 それを念頭に、先頭に立ってエスカレーターを登りきった俺は、その最上段に身を伏せつつ周囲を確認。

 2階も多くの店舗が入っていて、そしてそれらの多くが当然荒れ果てている。

 かつての栄華は既にどこにもなく、所々に軍用のコンテナや空の弾薬箱や土嚢が放置されて、壁には無数の弾痕が縦横に走り回っていた。

 すぐ上は天井で、1階メインストリートと呼ぶべき場所の真上はガラス張りになっていたが、そこもガラスが残っている場所の方が珍しいぐらいだという事が近づいてみるとよくわかる。


 「……クリア」

 そしてここにも人の気配は全くない。

 念のために確認を入れつつ元エスカレーターの階段から2階へ。

 「キラー3よりCP、合流場所の2階で物音を確認。我々以外に反応は?」

 「こちらCP、キラー各位以外の反応は確認できません」

 半ば確信していたその答えを聞きながら件のレストランの前へ。壁に設けられた丸窓の前は身を伏せて――後続にもそうするようハンドシグナルを送りつつ、入り口の脇へ避けて待機する。

 外から中の様子が分からないように入ってすぐに壁に当たるように設計されているようで、ここから店内の様子を伺うことはできない。


 「「……」」

 角田さんと目を合わせる。一瞬で役割が決まった=俺が先行して入ってすぐの壁を左、角田さんが右。

 1、2の3。役割が決まったら心の中でカウントして滑り込む。背中を向けることになる入ってすぐの右側は角田さんが監視しているため、それを信じて左を優先。

 左に向かう俺の背中をこするぐらいの近距離で右へ進む角田さん。

 それを背後の気配で察し、俺は壁の向こうに見えるものに意識を集中する。

 まず正面にはレジ。ここは大して大きなカウンターではなく、誰かが隠れている様子はない。あるのは外からは分からないように設置されたECMメーカーだけだ。

 無線機をやや大型化したようなその機械は、レジカウンターの足元にひっそりと置かれたその一機でこの店内をカバーしているのだろうという事は、マキナにインストールされたカタログが教えてくれる。


 それを見つけたところで肩に触れる手。

 柔らかい指の感触=グローブのそれではないそれはクロのものだ。

 そのタッチに応じて壁から僅かに顔と銃身を出して警戒。

 意外なほど荒らされていない店内は静まり返っていて、お馴染みの円卓が規則的に並べられている。

 倒福マークの飾られた白い壁には外のような弾痕や爆発の跡もない。恐らく金目のものが置いてないと判断されたのか、或いはたまたま戦場にならなかっただけか。

 そしてそうした、今にも普通に営業しそうな店内には敵の他の姿もない。


 「クリア」

 そう告げると、その俺の後ろを通り抜けたクロが俺を追い抜いて先へ。

 彼女をポイントマンに俺と角田さんが続く――と、クロが止まって左の拳を上げる=止まれの意味。

 その理由はすぐわかった。

 俺とクロの左側に存在する壁は彼女の前で途切れて、奥にはまだ席があるようだ。

 ポジション交代。今度は俺がポイントマンに立ち、この壁の向こうに足を踏み入れることになった。

 クロの監視が光る状態で彼女の背後を追い越し、彼女とは反対側に回り込んで入り口の両脇を固める。

 その間に角田さんは奥へ。厨房側のクリアリングを引き受けてくれたようだ。

 それをちらりと横目で確認して、俺も自分の役割に戻る。


 二人何とかすれ違えそうな程の通路を越えた向こうも客室が広がっている。というか、むしろこちらの方が広い。

 こちら側と同様に円卓が規則的に並べられ、壁には同じ倒福マーク。

 だが、大きく違う点が一つ。部屋の奥の一角に、明らかに店のものではないコンテナがいくつも積まれている。

 「あれは……ッ!!」

 そして、嫌でも目を惹くそれに一瞬意識が向かった瞬間、足元に何かが転がってきたのに気づき、咄嗟に元来た入口へとダイブする。


 「フラッシュバン!」

 その正体に気づいたのは、クロのその言葉が凄まじい炸裂音に混じって聞こえてきたことが理由だった。

 そして同時に鋭い音が周囲で響く。

 着弾――反射的にそう判断して振り返りながら起き上がろうとしたその時、左肩に激痛が走る。

 「ぐっ!?」

 一発の銃弾が命中した。

 光の落ち着いた世界に、先遣隊の連中と同じライフルを持った男がテーブルとコンテナとを盾にしてこちらに得物を向けているのが見えた。


 「こっち!」

 ぐいと首の辺りを引っ張られ、その手がクロであるという事を察するよりも前に、彼女のライフルが反撃を加えているが、流石に片手では身軽に身を隠した相手を捉えることはできないようだった。


 「ちっ!」

 仰向けのまま匍匐で円卓の足に隠れ、ポンプを刺して血と痛みを止める。

 その間にも壁に穴があけられ、床材が跳弾を生む。

 一度の銃声しか聞こえないがどうやら2点バーストで撃っているらしい。あれほどのハイレートでの速射というか二連射を受けて一発しか被弾しなかったのは幸運以外の何者でもないだろう――もしかしたら穴が一つだけで弾が2つともそこを通過したのかもしれないが。


 「二人とも無事か!?」

 角田さんの声が膠着した状況を破った。

 四つの眼が己に向いたことを確認した彼は厨房からハンドシグナルでこちらに伝えてくる――敵の数は?

 クロが反撃を加え、俺が回答:数は1名。こちらと交戦中。

 更に返ってきた答え:援護する。前進し制圧せよ。


 頷いて返事に替えると、同時に奴の盾にしたコンテナの上に銃弾が流星群のごとき勢いで降り注ぎ始めた。

 「よしっ!」

 それを合図に突入。どうやら制圧射撃はかなり正確に相手の位置を探り当てたらしく、奴はどこにも姿が見えない。

 ――ならば、ここで一気に決めてやる。

 円卓を躱し、やや大回りに迂回するようにして奴に接近する。リュックのような荷物を背負い、ニット帽を目深にかぶったコート姿の男が見える。

 俺の方に奴が武器を向ければ、それは即ち制圧射撃に背中を晒すことになる状況だ。


 奴に対してほぼ最初の位置から左に90度近い角度をつけたところでこちらからもセミオートで頭を抑えに行く――撃ってみろ。今度頭を出したらこちらから一発ぶち込んでやる。

 そしてその間に制圧射撃が止むが、最早それに意味はなかった。

 既に俺の後ろからクロが接近し、正面から奴を抑えられる位置に移動していたから。


 「おらっ!」

 そして俺がバリケードを越えられる場所につき、奴の頼みの綱だったコンテナ越しに一発撃ち込んで右腕を殺したから。

 「待て!殺すな!」

 叫びながら俺はコンテナを飛び越える。

 奴が先程俺の肩を撃ち抜いたライフルを諦め、腰の拳銃を引き抜いてこちらに向けようとするのを上から抑え込み、そのまま合気道のように腕を極めて投げ飛ばし、背中が床と音を立てるのと同時に肩を外して眉間にこちらの銃口を突き付けて。


 「制圧した」

 同じくコンテナを飛び越し、何のアクセサリーもない奴のライフルを押収したのを確かめて、奴の拳銃を蹴り飛ばしたところで角田さんがインシュロックを持って到着した。

 「ふん……」

 俺たちを憎々し気に見上げるその男の足を慣れた手つきで拘束した角田さんが、外れていない方の腕を掴んでそいつを引き起こす。

 俺は奴の背中に背負っていたリュックサックを奪い取った。


 ほぼ確信を持ってそれを開ける。

 リュックサック改め、リュック型のパソコンケースの中から出てきたのは、ブリーフィングで言われていた端末そのもの。

 「おい、こいつは……!?」

 そして角田さんはその時、自分の拘束した相手の正体に気づいたようだ。

 男の被っていたニット帽を脱がすと、その下に現れたのは銀色の口髭を蓄えた鋭い眼光の老人。そしてその左目から鼻には古傷が一つ。


 「マジかよ……」

 俺も思わず声を漏らした。背中の荷物に気を取られていたが、その持ち主も渦中の人物だ。

 クラースナヤ・サバーカ遊撃隊隊長にして今回の事件の首謀者、少佐ことイゴール・グレンコその人だった。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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