怪物の日29
暗闇の中、俺たちは線路の上を歩き続けた。
暗視装置の中の世界は静まり返っていて、とても頭上で戦闘が起きているとは思えない。
「……止まってください」
クロが静かに告げ、それから片膝をついて銃のスコープを望遠鏡代わりに使う。
振り向いてその姿を見た時点で、彼女が何を見ているのかは分かった。
駅だ。トンネルの向こうに、不意に広くなっている空間があるのが、俺の眼にも見えた。
「一応調べましょうか」
「頼む」
彼女が先程線路に降りる前に使用した虫型ドローンを再展開。
俺たちに追従して回収されたそれは、そのカナブンサイズの本体の割りに電池の容量は大きく、まだ問題なく動くことが出来た。
暗がりにぼんやりと浮かぶデバイスの画面を、ホーム側から見えないように柱の影に移動しつつ、眼はドローンの送ってくる映像に集中する。
先程とは異なり中央に上下線が並んで走り、それを左右からホームが挟むレイアウトになっているこの駅がショッピングモールの最寄り駅――というよりも、ここを出てすぐ目の前に件のショッピングモールがある、ほぼ専用駅といっていい代物だった。
かつては買い物客で賑わったのだろうそのホームには、しかし今は人っ子一人いない。
そう、人っ子一人だ。有難いことに、一切俺たち以外の存在は確認できない。
つまり、まだここには遊撃隊も公社もいないという事。
「誰もいなそうですね」
それを確認したクロがドローンに待機命令を下してから立ち上がる。
無人兵器の存在も確認できない以上、進んでも問題はないだろう。
俺たちは再び歩き出し、ホームの端に設けられた点検歩廊からホームへと侵入した。
追いついた主を見つけたドローンが蓋を開けて待機しているケースに自ら飛び込み、自動で電源をオフに。
その間、俺たちは周囲を警戒しつつ、最早オブジェとなった改札機を潜り抜ける。
インカムに声が入ったのは、まさにその時だった。
「CPよりキラーリーダー及びキラー1、そちらの反応が確認できません。応答してください」
返事はない。
CPの緊迫した声が通信内容を繰り返すが、やはり結果は変わらない。
「「……」」
俺たちは一度互いを見合わせ、それからすぐに進むべき出口に意識を向け直す。
――考えないようにしよう。そして信じよう。それしかできない以上は。
「CPよりキラーリーダー、キラー1、聞こえますか?」
「……こちらキラー1」
だから何度目かにその返答があった時、俺は自分がひどく深いため息をついたのを驚きと共に知った。
ここまで安心したため息をついたのは本当に久しぶりな気がした。
「……遊園地地下で敵と遭遇。キラーリーダーダウン」
だから、その一言の与えた衝撃はあまりに大きすぎた。
「……え?」
思わず漏れた声――俺か、クロか、はたまたキングさんか。
「CPよりキラー1、もう一度お願いします」
「キラーリーダーダウン。繰り返すキラーリーダーダウン。現在キラー1のみでショッピングモールに到着した」
それを最後に、回線が水を打ったように静まり返る。
いや、回線だけではない。俺とクロの間もまた、その事実に全ての言葉を失っていた。
キラーリーダーダウン。
ついさっきまで普通に話していた相手。一緒に行動していた相手。俺たちに指示を出し、行動方針を示してくれた相手。
彼が死んでしまった。
彼はもういない。もう永遠に会うことは無い。
余りに突然で、余りに唐突で、それが却って一切疑いようのない事実なのだと俺たちに断じている。
「……CP了解。キラー現在員全員の位置を確認しました。キラー2及び3は表示したキラー1の現在位置に向かってください」
だから、そのタイミングでキングさんが指示を出してくれたのはありがたかった。
やるべきことを提示してくれれば、ひとまずそちらに集中できる。
デバイスに目をやると、中央ホールから東西にのびているショッピングモールの東側に角田さんを表す点が表示されている。
「キラー2及び3了解しました。これより移動します。無人機の現在位置は?」
「CPよりキラー2、無人機は現在そちらの東方の空域を飛行中。速力に変化なし。最短ルートを取った場合、到着まで12分」
もう一度デバイスに目を向ける。駅からショッピングモールまでゆっくり歩いても3分もかからない距離だ。
「了解しました。キラー2アウト」
通信を終了させ、それから彼女も小さくため息を一つ。
「……行きましょう」
「ああ」
考えていることは彼女も同じのようだ。
階段を上って地上へ。瓦礫の山に姿を変えた街並みをバックにポツンと残されたショッピングモールが、かつては公園のように整備されていたのだろう緑地――現在はただの荒れ地の奥に建っている。
「キラー1よりCPへ。回収の手はずは?」
「こちらCP、現在ヘリを向かわせていますが、無人機を回避するルートを探しています。到着は最短で15分後になります」
無人機を躱して3分で着くと考えれば早いだろう。
だが、その答えに角田さんの言葉が続いた。
「キラー1了解した。しかし急いでくれ。遊園地地下で遭遇した遊撃隊の一部と公社の混成部隊によれば、一部の勢力は俺たちがここに集まることに感づいている。それが具体的にどの部隊かは分からないが、少なくとも包囲される可能性がある」
前言撤回。
機動力を有する――場合によっては土地勘もある相手に、この狭い市街地で15分間待てというのは中々に心臓に悪い話だ。
「気づかれた……」
「とにかく、今は合流した方がよさそうだな」
「そうですね」
正面に見えるバリケードの残骸へと足を速める。
分断された状態で敵の大群に遭遇することだけは避けたい。デバイスの表示情報と角田さんの情報からするとショッピングモール内には敵が確認できないようなので、とりあえず中に入れば今は安全だろう。
ひとまず合流して、それからどうするか考えなければ。
それだけを考えてボロボロに壊れたバリケードの残骸を越え、ガラス片すらも最早残っていない、ただの穴となったエントランスから中へ。
意外と中はそこまで荒れてはいないが、埃っぽいというか、この仕事をするようになってなんとなく分かるようになった廃墟の臭いはしっかりと充満していた。
「キラー3よりキラー1へ。キラー2と共にショッピングモールのエントランス正面に到着しました」
「キラー1了解。こちらは現在東館の1階、ヴァルフ……でいいのかな。『VALF』という看板の婦人服店にいる。2階に通じているエスカレーターの所だ。合言葉は『山』『川』で」
同じ通信を聞いていたクロが右手の奥を指さす。
「あれですね」
果たして指の先、2列並んだエスカレーターの向こうに見えた黒地に白抜きで『VALF』の文字の書かれた看板を見つけ、俺たちはそちらに足を向けた。
「キラー3了解。こちらでも看板を確認しました。今向かっています」
近づいてみると、最早婦人服店であると分かるのはショーケースに残されたマネキンが女性型であるという点だけだった。
御多分に漏れず略奪され、破壊の限りを尽くされている――というのではない。
破壊されているのは事実だが、誰かが奪い取ったというよりも恐らくここで戦闘になったのだろうという事が分かる壊れ方だ。
大小様々なコンテナや何らかのケースがバリケード代わりに並べられ、店の入口には土嚢が置かれている。
その店と同様に弾痕だらけ、破片だらけのその辺りを越えて店へ。
「山」
土嚢の手前、体を見せずに声だけを投げかける。突然現れたシルエットに反射的に発砲して――なんて事態は避けなければならない。
「川」
返ってきた答えに俺たちが店に入っていくと、ショーケースと柱とを盾にした角田さんに出迎えられた。
分かるだろう――彼と目が合い、その言葉が口に出さずとも全員に伝わった。
今は悲しむ時でも偲ぶ時でもない。生きて帰るために最善を尽くす時だ。
――死を悲しみ故人を偲ぶということが、こうも贅沢な行為だったとは思わなかった。
「そっちは二人とも大丈夫そうだな」
角田さんは俺たちを見てそう言い、それからガラスケースの上に置いてあった己の銃を掴んで続けた。
「地下で交戦した相手は残念ながら取り逃がした。バリスティックスーツを着込んでいて、残念ながら現状の装備では対抗するのは難しい。そして厄介なことにそいつはこちらの思惑に気づいていた」
それから一拍。そして噛み締めるように続けた。
「遭遇した場合、無理な戦闘は避けろ。……全員生きて帰るのが俺たちの役目だ」
最後の一言は半分以上己自身に言い聞かせているようだった。
「そうですね……」
クロの相槌とその後の音は全員が聞いていた。
「!?」
「……聞いたな」
角田さんの押し殺した念押しに俺とクロが無言で頷く。
頭の上=2階で何かにぶつかるような音と、何かを引きずるような音が立て続けになった。
「……クロ」
「了解」
彼女が3度目のドローンをスタンバイ。まだ電池は少しだけだが残っている。
そして俺と角田さんはそれぞれの得物を手にした。こちらの弾はまだ十分に残っている。
無理な戦闘は避けなくてはならないが、場合によってはそうも言っていられない。
敵を知り、可能ならば先に仕掛ける――それが生存するために必要だと判断すれば。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




