怪物の日27
「他の間抜け共と同じと思ったか?獲物の目線と頭の出来をイメージするのが良いハンターの条件だ」
得意げな笑いを噛み殺した声が聞こえてくる。
「狩りだ」
その得意げなイカレポンチが、イカレポンチに相応しい台詞を吐きながらこちらに向けたものから咄嗟に飛び退けて身をかわす。
直後のけたたましい銃声と、それに混じる耳障りな金属音。
背後にあった車が塗膜や金属片をまき散らしていくのを飛び込んだ柱の影から見た。
「っの!」
反応が遅れている奴の頭に数発撃ち込むが、銃弾は全て弾き返されているのが一目見ただけで分かった――奴は元気にガク引きのままこちらに向きを変えてくる。
流石にアームスーツのひな型になるだけはある。小銃弾の直撃を受けても耐えられるような重装フルフェイスで顔を覆い、その重量を外骨格で無理やりに動かす。単純な、別の言い方をすれば頭の悪い――しかしそれ故にこれ以上なく確実な防御手段だ。
「くっ!」
奴の銃撃が線となってこちらに迫り、ミシンで縫うようにして柱に弾痕の列を作っていく。
その凄まじい轟音に破裂音が混じり、一瞬だけ轟音が中断される。
更に数発の銃声。それまでと異なり一発ずつ確実に撃ち込むそれ。
分隊長だ。そう認識した瞬間には再開された轟音が、今度は別の柱から聞こえてきた。
「カク!走れ!奥だ!」
その柱の後ろで分隊長が叫ぶ。
一度頷き、そのまま体を捻って指示された通りにダッシュ――奴からは見えないように死角となる場所を選んで。
柱から大型のセダンへ。ボンネットに飛び乗り、尻で滑ってその反対側に着地すると、直ちに反転して奴に銃口を向ける。
「鬼さんこちら……ッ!!」
再び指切り。二発、三発と頭を狙って叩き込む。
やはりびくともしないが、それでよかった。
「!!?」
奴の周りが爆ぜ、そのいかつい防護服が白煙の中に消える。
スモークグレネードがさく裂したのだ――そう理解した時には既に柱の影に分隊長はいない。
彼は既にこちらに走ってきていた。
距離感を把握し、周囲に目をやる。
地上にでるスロープまでの距離=今まで走ってきたのと同じぐらいの距離。
あのスモークがどこまで持つかは分からないが、有効な間に可能な限り距離を取るべきだ。
大前提:現状の装備でのこいつの撃破は不可能。
「逃げるぞ」
「了解」
同じ前提を共有している分隊長がすれ違いざまにそう言って、俺と並走する。
背後では拡声器越しに毒づく声と当たるを幸いにばら撒いているのだろう7.62mm×39弾がコンクリや金属との間を跳ね回っている。
「待て!!」
その音に混じって声。
嫌な予感がして振り返ると、スモークを割ってまさに外に現れる瞬間だった。
「隠れろ!」
同時に分隊長の声。
反射的に正面にあったコンクリートの残骸を跳び箱して後ろに回り盾に取る。直後近くにパラパラと着弾の音。
先程見つけた墜落したヘリの残骸を背に、そのヘリと一緒に落ちてきたのだろう地上のアスファルトやここの天井が積みあがって山を築いている。
その山に差し込む光を背にして、穴倉の奥から歩いてくる奴を迎え撃つ。
そう、迎え撃つのだ――致し方なく。
何とかしてもう一度奴をまくチャンスを作る必要があるが、それをどうするかはまだ考え中だ。
「どうします?」
聞きながら頭の中には一つだけ方法が浮かんでいた。
即ち、距離があるうちに弾幕と煙幕を張って引き離すのだ。
外骨格のアシストを受けられるとは言え、奴は決して生身程のスピードでは動けない。
そしてのろまの重装甲が役に立つのは閉所にある場合だ。開けた場所に出ることが出来れば足を生かして逃げることも容易となる。
――無人機が頭上にいないことを祈るばかりだが。
「逃げるにしかずって奴だ」
どうやら同じ考えだ。
なら善は急げ。距離があればある程良い。
「お先にどうぞ」
「スモークは俺しか持っていないよ」
そう言って背後のヘリを顎でしゃくる分隊長。なら仕方ない。
「助かります」
「ああ、行け――」
その瞬間それまでと明らかに異なる爆発音が頭上に響く。
「「!!?」」
同時に見上げた俺たちの顔を小石や粉じんが包み込む。
頭上の崩れかけた天井。そこで小爆発が連続。
「クソッ!!行け!」
分隊長が毒づき、同時に左右のスライドドアを失ったヘリの中へ突き飛ばされる。
それは幸運と呼ぶより他になかった。
俺が機内に転がり込んだまさにその時、その直前までいた場所に崩れ落ちたコンクリートの塊が落ちてきた。
「がああっ!!」
「分隊長!!」
そしてそれと同時に、彼の絶叫。
「今どけます!すぐに――」
「構うな!行け!!」
人力ではびくともしなそうなコンクリートに手をかけた俺に彼はもうもうと立ち込める粉塵の向こうで叫んでいた。
「ですが――」
言いかけて、粉塵の更に向こうに別の影=リボルビンググレネードを再装填するバリスティックスーツ。
「若いの2人の面倒を見てやってくれ。知っているだろう?どっちもいい奴らだ――」
「あんたはどうする気だ!養育費払うんだろうが!!」
思わず声を荒げ、以前話してくれた傭兵になった理由=別れた妻の子供への養育費の支払いというそれを吐きつける。
ふざけるな。そんな話があるか。
そんな一瞬で諦められてたまるか。
「……駄目親父だな」
返ってきたのは苦笑と共にその言葉。
――同時に頭は彼の心境をしっかりと理解している。
この男は、己の命以外何も諦めてはいない。俺を、部下を生存させるのに最適と判断した以上躊躇なく実行する。
「隊長としては駄目ではないようにさせてくれ。命令だ、カク、若いのを頼む」
――それは汚い。
そう言われたら、俺が引き下がるしかない事を知っていやがるから。
仕事、役職、立場――そういうものを前にして、俺が逆らえないことを知っているから。
「……あんたみたいにはなれません」
「ならなくていい。ここから生きて帰ったら、後はお前の自由だ」
畜生めが。
俺の逃げ道を確実に潰していきやがる。
俺が何を言われたら断れないかを知っていやがる。
「キラー1はショッピングモールに向かい、キラー2及び3と合流後CPに位置情報を提供し、CPの提示したLZから当地域を離脱……復唱せよ」
ああそうだ。仕事だ。これは仕事だ。
そして俺は仕事というものは皆苦手だ。他人より抜きんでた試しがない。
なら、そんな人間が俺より詳しい上司に口答えする必要も権利もない。
上司。そう上司。俺とこいつは友達じゃない。上司と部下だ。
ならその関係に必要な物は一つだ。
「……キラー1了解。キラー2及び3と合流後CPに位置情報を伝え、LZから離脱する……ッ!!」
奥歯が砕けそうな程噛み締めて、俺は立ち上がる。
「……ありがとうよ」
「……お世話になりました」
俺は坂を駆け上がる。振り返らず、地上に向かって。
壊れた遊園地の残骸。建物の壁に巻き付くように設置されていたのだろうジェットコースターと共に一部分だけが残された地上へ。
ありがとう――最後に分隊長が遺した言葉はそれだ。
心の底から出たものではない。彼にそんな心は存在しないのだから。
そう言えば、俺が引き返さないという事を、決別の証になることを知っているのだから。
彼に迷いはない。彼に葛藤はない。俺の知る限りそういう男だ。
何の迷いも、戸惑いも、躊躇もなく、己のするべきことを選択する男だ。
そしてその事にのみ唯一感情=喜びを感じる男だ。
分隊長は、金沢将司はそういう男だ。
俺がそうなりたいと思っていた男だ。そしてなれなかった男だ。
「……ッ!!」
奥歯が悲鳴を上げる。
俺は坂を駆け上がる。
銃声と爆発音と、また銃声。
俺は地上に出た。そして走り続けた。
遺髪も遺骨も遺品も、遺されたものは何もない。あるのはただ、任務だけ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




