表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/382

FNG6

 その向こう側は完全にオフィスビルのエントランスのような場所に通じていた。

 時折スーツやその上に白衣を纏った多種多様な人種が行きかう中、俺と教官は真っすぐ扉から一直線にあるガラス張りの一面へと向かう。


 日光によって全体が発光しているかのようにまぶしいそのガラスの向こうは、このオフィスビルのような場所からは想像も出来ないのだが、広大なグランドと林、そしてその切れ目の向こうには海が見えていた。

 どうやらこの辺りは小高い丘のようになっており、目的地?はその丘から降りた先に広がっている林の向こうにあるようだ――歩いていくうちに分かった。


 「ここがお前のねぐらだ」

 その林を抜けてすぐ、そう言われて指し示されたのは、年季の入った――いやはっきり言おう壊れかけと言っても差し支えのない程にぼろな平屋建てだった。

 「現在時0814。0820に訓練用ユニフォームに着替えて宿舎エントランス前に集合。行け!」

 自分の時計を確認する暇もなくスタート。駆け足一つまでマキナにインプットされているのだから大したものだ。


 宿舎の中は外に劣らずぼろい。

 エントランスからすぐの突き当りを左へ。雨漏りのシミが出来ている廊下の突き当りにある大部屋の前で、一応ノックする。

 「失礼します!」

 返事はないがそう言って中へ。

 本来ならもっと大規模な――それこそ軍隊の新兵訓練のような――訓練が行われる場所なのだろう、いくつもの二段ベッドが左右の壁にそって一定間隔で並んでいて、それぞれの間には測ったようにぴったりとロッカーが二つ置かれている。

 そのうちの一つ。入り口から遠くも近くもない場所のベッドが俺にあてがわれたもののようだった。ベッドの上に置かれていた訓練ユニフォーム一式=ダークグリーンのシャツとウッドランド迷彩のズボンに新しいブーツ、そして支給品の腕時計が名札代わり。

 それらを大急ぎで纏い、荷物をまとめてロッカーに放り込んで外へ駆け出していく。時間はぎりぎり。マキナがあれば人間が学ぶべきことなど何もないとさえ思える程に、肉体が動いていた。


 「時計を知らない奴すら使うようになったか」

 そして知っているという事が即ちできるという訳ではないという事を知る。マキナは全ての知識もやり方も俺の中に流し込んでいるが、それでも最初からなんでも上手くいく訳ではない。

 「申し訳ありません!」

 「口を開いていいと言ったか?」

 俺が最初にやったことは14秒の遅れへの謝罪と、それについての腕立て伏せだ。


 「やめ!」

 教官の声が響いたのは、いい加減肘から骨が飛び出すのではないかと思う程に腕立てを繰り返した後だった。

 ――回数自体は大した数ではないのだろうが、それが出来るかどうかはまた別の話だ。


 「さて、貴様の訓練教官を担当するゲッチェルだ。今しがた身をもって知ったと思うが、貴様に埋め込まれたマキナは必要な知識を全て備えている。必要なのはそれを貴様がその体に覚え込ませるだけだ。だが難しく考える必要はない。俺の言ったことを死ぬ気でやれ。それだけでいい」

 その言葉が決して嘘ではないという事はすぐに証明された――その後すぐに開始された体力錬成という名の苦行で。

 およそ新兵訓練と言われて俺のような一般人がイメージする内容は全て網羅したと言っていい。名前も知らないような筋トレと、延々と続く走り込み。それからエクササイズ……と言っていいのか分からない運動。


 そしてその間も間断なくぶつけられる罵詈雑言。家庭であればDV、企業であればパワハラ、一般社会であれば訴訟沙汰の人格否定と差別発言のオンパレード。

 気が弱いものならそれだけで卒倒しかねないその語彙が耳を満たしていながらも、不思議と精神は揺らがない――特別肝が据わっている訳ではないのにだ。


 理由は分かっていた。ダメージを受けない理由も、ここまで罵倒される理由も。

 これもまたマキナの機能の確認とそれを体になじませるためのプロセスなのだ。戦場という極めて強いストレスを受け続ける環境でも正常な判断を下せるための。

 そして今のところ、俺のマキナはそのチェックの第一段階は順調にクリアしていた。

 ――しかしこれには多少の自惚れも入っているのだが、99.99%マキナの恩恵によるとしても、100%がそうではないと自信を持って言える部分があった。


 「誰がへたっていいと言った!!根性を見せろ腰抜け野郎!!」

 「おおおああああああッ!!」

 何者かになりたい。あの部屋で腐り続けるような価値しかないと思いたくない。俺は必死になれると証明したい。

 声を絞り出し、震える筋肉に鞭をうつのは確かにその意志だった。

 およそこれまでの一か月分の運動量を数時間でオーバーした後は、焼き菓子のような栄養補助食品を昼食として流し込む。これがレーションというものなのだろうか。


 「腕を出せ」

 それが終わると、既に感覚などなくなっているそれを指しだすように教官に言われ、その指示に従ってから彼が注射器を持っていることに気づく。

 そしてその時には既に、慣れた手つきでその針を俺の腕に突き刺し、中の透明な液体が注ぎ込まれている。


 「これがBMS用の燃料だ」

 BMS=Built-in Medic System――俺の体に神経のように張り巡らされた新たな器官。

 マキナと繋がり、全身に行き渡っているこの部分は常に肉体の状態を監視し、必要があれば身体能力の補強や痛覚のコントロールや損傷を負った場合の治療を行う。

 そしてその内容は辛うじて即死を免れたような重傷者の回復から単なる筋肉痛の予防まで様々だ。

 マキナとは戦闘時の感情制御と戦闘技術の行使を司るCOS=Combat Operating SystemとこのBMSを組み合わせた『誰でも強化人間セット』の総称だ。


 それが済むと、今度は遂にライフルを手渡された――ただし、ゴム製の。

 これはラバーガンと言って、ゴム製の訓練用銃だ。ゴム製といっても中にウェイトが入っていて、実物と同じ重量と重心を実現している――らしい。

 それを用いての執銃訓練とこれを担いでのアスレチックや水泳が、日が完全に沈んで全く何も見えなくなってからも続いた。

 当然、肉体はボロボロだが、それでも不思議と体は動く――これがCOSによるものかBMSによるものか、或いはそれらの合作なのかは分からないが。


 宿舎に戻り、台風が直撃したように荒らされているベッドと荷物とを纏め、それから昼と同じような夕食をこれまた流し込む。未来の技術によって必要な栄養素を全てこれに纏めているという事らしい――マキナ曰く。


 終わるや否や分刻みでシャワーを浴びて就寝は20時。必要と判断した瞬間に眠気が湧き上がってきて、容赦なく瞼を縫い付けてくる。


 「……」

 眠りに落ちる瞬間に改めて実感する。俺は最早人間ではない。

 マキナに入っている知識が教える=昼間打たれた注射の正体。

 あれは簡単に言えばクローンの材料だ。マキナの治療能力とは、正確に言えば新陳代謝によるものではない。

 BMSが破壊された部位をマキナ本体に伝え、体内に注入された薬剤を治療が必要な部位に結集させる。するとその場でクローンが生成され、破壊された部位を瞬時にクローンに置き換えているのだ。


 通常の傷の回復とは似て非なる、強化人間故の回復法。

 これによって、失血死さえ免れれば手足を切断された状態から五体満足に治療することも可能だ。何しろ、自分の体が生えてくるのだから。


 異常な機械。異常な肉体。

 或いはそれを実感しながら、特に何も思わずに眠りにつく俺自身もまた、異常なのかもしれなかった。


 その眠りを破ったのは朝日ではなく、起床ラッパだった。

 「!!」

 跳ね起きて、周囲の暗さに一瞬だけ混乱する。

 時刻の設定が間違っているのか――すぐにその可能性を否定するのは、覚醒と同時に起動したマキナだった。


 現在午前4時。まだ暗いうちから新兵訓練の2日目がスタートする。

 「ピカピカに磨き上げろ。昨夜のナニの臭いが消えるようにな」

 身なりを整え直立不動で迎えた教官から言い渡された最初の訓練(?)は、この部屋の掃除だった。

 流石に本来なら20人以上が寝起きする=それだけの人数で掃除する部屋を全てやる訳がない――そう思っていたのだが、大体それに近いことをする羽目にはなった。


 と言っても俺がなるのは傭兵であって掃除屋ではない。流石にそこは教官も分かっているのか、昨日に引き続き理不尽な状況への適応テストとしてやっていたようだ。

 終えてから寝室――と言っていいのか分からないこの部屋を後にして、下駄箱を挟んで反対側にある教室へ。まだまだ外は暗いが、意外に寒くは感じない。そう言えばここはどこなのだろう。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ