怪物の日21
数秒、或いはそれ以上か、もしくは以下。
俺たちはその光景を呆然と見ていた。
まるでアクション映画の撮影を遠巻きに野次馬しているように、突入と同時にいくつものスタッカートの銃声がかすかに耳まで届いていた。
その傍観を破ったのは分隊長の緊迫した呼びかけ。
「CP!問題が発生した!所属不明の部隊が展望室に突入し遊撃隊の連中と交戦中!何か分かることは!?」
何か分かる事――非常に曖昧な質問だが、たとえマニュアルとは異なっているとしても最も伝わる表現であったことは間違いない。
「こちらCP!こちらにも一切情報がありません。現在確認中です!キラーチームは――」
言葉は途切れた。
いや、正確には何か言っていたのだろうが、それを聞き取った者は恐らくいなかっただろう。感覚的にも、物理的にも。
銃声が止み、僅かな空白期間を置いて、突如として展望室が爆発した。
耳をつんざく轟音がこの世全ての音に取って代わる。
「なんだ!?」
「うそ……」
その中で、角田さんとクロの声だけが例外的に僅かに聞き取れた――恐らく俺の心情をそのまま声にしたものだったからだろうか。
この混乱を一発で表現したような爆発。マキナの保護機能により何とか失われなかった聴力に、今度はインカムからブーニーハットの男の声。
「こちらから見えた。展望室に上空からミサイルが着弾した。繰り返す。上空からミサイルが着弾した」
「CP了解。ですが、市街に飛来した物体は確認できません」
ミサイル――だが、どこから?
CPは基本的にキングさんが担当しているが、当然ながら彼女一人で働き詰めという訳にもいかない。
そのため彼女の眼の及ばない場所は自動監視システムや指揮通信補助システム等を使用することになるが、飛来した物体が確認できないという事はそうしたシステムにも反応していないという事になる。
となれば、発射されたのは別のどこか――現在、上からの発射で考えられるのは一つしかない。
そしてその思考の間も状況は進行している。
ホテル前の車両が一両、車列から飛び出して急発進する。
運転手が状況を理解しているのかは不明だ。そしてそれは、走り出してすぐ永久に不明のままとなった――車ごとミサイルの餌食となったことで。
「CPより全部隊。発射したのは上空の無人機!そこにいるのは危険です。速やかに地下へ――」
今度声を遮ったのは、先程よりも遥かに大きい音と、立っていられない程の凄まじい衝撃。
「ぐぅっ!!」
突然のそれに床に叩きつけられ、肺の中身が全て絞り出されるのを体感する。
「……ッ!!?」
パクパクと口だけが動き、産まれてからずっとそうしていたと錯覚するぐらいの主観的時間を経てようやく、手足が動くことを確認して立ち上がる。
「うぅ……」
「ほら、立てるか?」
「だ、大丈夫です……げほっ」
すぐ近くに同じように転がされていたクロを助け起こし、その時初めて耳元でずっと叫び声が上がっているのを知った。
「CPよりハンターチーム!応答してください!オールハンター、応答を!!」
キングさんの必死の叫びだけが耳に響く中で、俺たちはついさっきまで天井であり、2階の床だった塊がそこかしこにころがり、とりわけ大きなものが石碑のように床に突き刺さっているのを見つけた。
そしてその時唐突に、この建物にミサイルが着弾したことを悟ったのだった。
「……キラーチーム、キラーチーム応答してください」
「こちらキラーリーダー。とりあえず全員無事だ」
その声で石碑の向こうに二人がいることを知る。コンクリートが直撃しなかったのはただの幸運にすぎないということも、また。
「庁舎展望室のハンターチームの反応が消失しました。速やかに地下水路まで避難してください。そこでLZを指示します。作戦を中断し撤退してください。現在無人機はノヴァヤ・ザウート上空を旋回中。外には出ないで」
感情を押し殺したことが分かる声が素早く告げる。
「キラーリーダー了解。撤退する」
そこで初めてこのやり取りがテーブルで行われていることに気づいた。
そして、俺と分隊長以外の二人は急いでデバイスを再起動させていることも――ベテランからはイマイチ信用がないデバイスであるという理由がなんとなく分かった。
もっとも、慣れていれば復旧そのものは速い。
「全員地下に向かうぞ。来た道を戻る」
分隊長が状況を察してそう直接伝えた時には、既にその言葉の最後までに復旧を終えてテーブルに再接続している。
「急げ。いつまで建物が持つか分からない」
そう言いながら走り出す分隊長。
最上階に着弾したミサイルの爆圧が2階の床を破壊しているのだ。恐らく建物自体がもう長くはないだろう。
カフェを抜け、こちらは意外にも被害のない1階受付を突破して、階段を駆け下りる。
流石に最上階の爆発では破壊出来なかったようで、地下駐車場は行き道と同じ状態で、相変わらず埃っぽいだけ。違う点があるとすれば、入り口から入り込んだ朝日によって若干明るくなっている事と、先程の攻撃で埃っぽさが一段と増していることぐらいか。
そんな地下空間を横断して水路管理事務所へ。駐車場が大丈夫だった以上はより深くを走っているここも大丈夫だろう――希望も含めて。
問題があるとすれば、往路と同じ、誰か或いは何かと遭遇すること。そう考えて先頭に立って管理事務所を抜け、水路への扉を開ける。
この中には朝も夜も関係ない。真っ暗な地下世界では右目の暗視装置が頼りとなる。
扉周りをクリアリング。それから外へ。
「ん……?」
扉から出て、事務所内からでは見えないH型が続く歩廊の奥を確認する。
右目だけの世界に何かが、ほんの僅かにだが何かが動いた気がした。
「あ――」
そして右目が捉えたその情報を元に脳が判断を下すより速く、俺の体は後ろに吹き飛ばされていた。
「マンダウン!!」
誰かの声。そして足音と怒号。
背中がぶつかる冷たい床の感覚。はるか遠くから随分と遅れて聞こえてきた気がする空気が抜けるような銃声。
それから爆発音。そしてサイレンサーを通さない連続した銃声。
「後送しろ!行け!!急げ!!」
顔を撃たれた。その理解に至るより先に、周囲の闇が俺の意識を飲み込んだ。
「――ッ!――ッ!!」
誰かの声か何かの音。
闇から帰ってきた意識がそれを聞き取った。
肉体の感覚が少しずつ戻ってくる。
まず、俺が俺であるという哲学みたいな理解。
それから俺が人であり、手足は両方ともあるという理解。
そしてその肉体がどういう状態にあるのかという理解。即ち自分が今何か冷たいものに背中が触れているという理解。
「ッ!!」
その理解が己が寝かされている、どこかに横になっているという事だという理解に通じた瞬間――まるで衝撃でダウンしたデバイスが復旧するように――俺の眼は開いた。
「よし、起きたな」
暗闇の中で分隊長の声――目が見えない。いや見えている。ただ暗闇の中にいると言うだけだ。
「良かった……。生きてる……」
続いてクロの声。分隊長のそれより随分近い気がする。
「……あ、……が……」
答えようとして口を動かすが、言葉にはならない。
どうやら舌が使えない――というかなくなっているらしいという事をマキナが教えている。
そしてその事が俺に次の事を理解させた。
俺は撃たれたのだ。
あの水路には何者か分からないが待ち伏せをしていた。襲撃者はのこのこ現れた俺を狙撃した。
そして弾丸は俺の左頬を捉え、それを容易く引き裂いただけでは飽き足らず、舌の大部分と下あごの左半分を道連れにして貫通した。
「ご……あ……」
動く手で顔を撫でると、既に頬は復活していた。誰かがポンプを打ってくれたくれたのだろう。
舌まではまだ間に合っていないが、それも僅かな時間だった。
「あ……おへは……」
徐々に言葉に近づいてくる。
暗闇に慣れた目が、差し出された何かを掴ませ、それが治療のため取り外された暗視装置であるという事に気づいて右目に戻す。
幸いこちらは無事だった。映像の向こうにのぞき込んでいる安堵を浮かべたクロの顔。
「クロに感謝しないとな。ここまで引きずってきてポンプを使った」
起き上がった俺の正面にいた角田さんがそう説明してくれた。
反射的に横にいたその張本人の顔を見る。
「そうか……。ありがとう。お陰で助かった」
ようやく復活した舌が回りだす。
「一杯奢るか……でも未成年だしね」
分隊長が横から一言――余裕が出てきた声だった。
そしてその言葉に少しだけ笑いが混じった声で、張本人が続ける。
「この前の駅ビルに入っているブラザーマートのジャンボ砂肝。あれでいいですよ」
「そんなのでいいのか?」
「はい。あれが私の燃料ですし」
思わず俺も出来立てほやほやの口から噴き出した。
「分かった。それでいいなら」
「よし、それじゃ急ぐぞ」
お話おしまい。分隊長の合図で再び仕事モードに。
全国チェーンのコンビニのホットスナックで救われた命で立ち上がり、横に置かれていた己のライフルを掴み上げた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




