怪物の日19
タラップを登りきった先には先程のような扉――にはすぐには通じておらず、キャットウォークのように他の水路の上を通る細い廊下が、左右に広がって互いに一定距離を維持したまま平行に、ちょうど「H」を縦に並べたような形で奥へと伸びている。
左右に分かれて、しかし歩調を揃えて進み、やがて途中で俺たちの選んだのとは反対の右側の扉の前で先遣隊が止まった。
「ここだな」
殺風景な、ただ穴に蓋をしただけといった感じの扉の前で立ち止まった彼らが、その錆の浮いたただの蓋に書かれた文字を読み取ったのを視界の隅に見て足を止める。
「ここから合同庁舎の建物に出られる」
そう言ってこちらを呼ぶと、組合会館から俺たちが地下に潜った時と同様に安全確認を終えた彼らが先行して入っていく。
扉の向こうにまた扉。ただし近づいて見るとこちらはいくらか気を遣っているようだ。少なくとも錆は浮かんでいないし、そもそも塗装されている。
最初の扉との間の狭い全室を抜けると、目の前に唐突に事務室のような部屋が現れた。
作業用のデスクが二つ一対で向かい合い、その横、更に奥へと続く扉の横には空っぽのキャビネット。
地下水道の管理用の部屋だったのだろうか、作業着やヘルメットをかけておくラックも配置されたその室内において、俺たち四人の眼が集中したのは片方のデスクの上に置かれた一つの箱だった。
工具箱のような武骨なデザインのその箱は外部からの衝撃では容易にこじ開けられないというのが一目でわかる。しかし、ただ開くだけなら実は容易く出来る仕組みになっている。
ただ2か所の金属製の留め具を外して箱の高さの中間ぐらいの所から上側を押し上げればそれでいいのだ――他のノートパソコンと同様に。
「キラーリーダーよりCP、合同庁舎の地下、水路管理事務所で依頼内容にあったのと同型の端末を発見したオーバー」
分隊長が部屋の壁に残されたこの部屋の名前を告げて報告する。
流石に地下だけあって雑音入りではあったが、それでもすぐに返ってきた返事はしっかりと聞き取れた。
「CP了解しました。その端末の、キーボード付近にシリアルコードが記載されているはずです。そちらを確認してくださいオーバー」
無線を聞きながら言われた通りに開いてみると、確かにキーボードの上側ヒンジ部の近くに数列が印刷されたテープが張られている。
これが正解ならここで仕事はおしまいだ――そんなかすかな希望と共にインカムにその内容を伝える。
「キラー3よりCPへ。シリアルコードを確認しました。コードBT-5411349繰り返します。BT-5411349。依頼主へ照合してくださいオーバー」
「CPよりキラー3、シリアルコードBT-5411349了解しました。照合します……。残念ですが、それではないとの事です」
その返事に俺たち全員は顔を見合わせ、そして少しだけ苦笑した。
「キラー3了解。任務を続行します」
まあ、仕方がない。諦めてその部屋を後にする。
その時不意に、インカムに最大限潜めた囁き声のようなものが聞こえた。
「……返信不要。オールキラー、その部屋の場所をデバイスでこちらに送信してください。CPアウト」
先遣隊には聞こえている様子はない。
ふと自分のデバイスに目をやると、今の通信はテーブルによって行われていた。
そう。テーブルで、だ。即ち、この外れの部屋の情報をCPが欲しがっている。それも依頼主には内密に。
ちらりと分隊長を見るが、彼は何も知らないと言った様子で先遣隊の後に続いて部屋を出ている――その一瞬、指が己のデバイスを指さしていたが。
一体CPは何が目的なのだろう?そして何故これを見越して分隊長はテーブルを起動させていたのだろう?
信頼できない依頼者――少なくとも、彼らがサバーカをそう見ているのはこれで確実となった。
「……」
分隊長の背中越しに先遣隊の背中を見る。一体、こいつらの目的はなんだ?彼らは遊撃隊に与しないようだが、そのはっきりとした理由までは明かしていない。年寄りの癇癪。戦争の怪物――彼らが遊撃隊のボスにして今回の事件の首謀者と思われる人物を評したのはその言葉だけで、具体的な話は今のところ出てきていないのだ。
内乱を起こした組織故に信頼できない――テーブルを起動するよう言われた時はそう考えたが、では一体何故外れの端末の場所を依頼主に内緒で把握しておく必要がある?
自分で言うものかは分からないが、俺は大して頭のいい方ではない。
だからきっとどこかに穴のある説だろう――その穴がどこか分からないのが俺の限界だが。
だがそれでも、とにかく一つの仮説にたどり着く。
「!」
しかし、その事は今考えるべきではない――分隊長には無言でそうたしなめられた。一瞬だけ振り返り、口元にそっと人差し指を立てるジェスチャーで。
「……」
努めて顔に出さないよう、これまで通りに振舞う。
とりあえず、今は彼に従う方が良いだろう。難しいことを考えるのはひとまず向こうに任せておく。あれこれ考えながら作戦を継続できるほど俺は器用ではない。
事務室から出るとすぐ、ただっ広い空間が目の前に現れた。
コンクリート打ちっ放しの世界に規則的に同じ柱が並び、所々に車が駐車――より実態に即していえば放置されて埃をかぶっている。
それなりの広さの地下駐車場。奥に見える出入口は格子状のシャッターが下ろされていて、緩やかなスロープの先は恐らく公道に通じているのだろう。
そちらとは反対側の壁沿いに進み、開きっぱなしになった自動ドアからエレベーターホールに入ると、脇に設けられた螺旋状の階段で地上階へ。
合同庁舎と言っても、恐らく総合案内のような場所なのだろう1階は実家の近くの市役所を少しだけ大きくしたような受付程度しか置かれていない。
警備の人員すらおらず、無人兵器の配備もない。念入りに探ったがトラップすら仕掛けられていないところを見るに、ここは完全に無人なのだろう。
「こっちだ。俺たちはこちらで支援する」
先遣隊がそう言って上の階へと俺たちを連れていく。
階段で最上階まで上がると、どうやらそこは元々市民に開放していたのだろう展望室になっていて、ドーム状の屋根の下に何もない広い空間が広がっていた。
展望室――と言っても特別大きい訳でもないこの建物では見えるものなどたかが知れているのだが、今はそれで十分だ。
「あそこが件のホテルだ」
大通りの十字路を挟んだはす向かいの建物=ノヴァヤ・ザウートが一望できるのだから。
長方形を二つ、衝立のように並べたそのホテルは、二つのビルの間を繋ぐようにして蝶番のような形でタワーが立っており、その頂上=地上5階には円盤状のホールが設けられて、建物全体でも一段高い場所になっていた。
どうやらこの辺りではかなり古い建物らしいという事は、周囲の建物と比べると、こじんまりとしたその姿でなんとなく想像できた。
周囲は既に廃墟となっており、途中で折れたり崩れ落ちたりしている上で尚もホテルよりも大きいのがざらであることを考えると、あながち間違った推測でもないだろう。
そんな景色を一望できる場所で、ブーニーハットの男が説明する。
「俺たちはここから支援を行う。あれを見てくれ」
彼の指が窓の外、ホテルの向かいにある崩れたビルを指さす。
崩れ落ちたそれは本来なら十分な広さのある道路を塞いで、長大な壁としてホテルとこの庁舎との間を隔てていた。
「端末はグレンコが常に持ち歩いており、連中は車で移動している。道路状況からして正面入り口からしか入ることはできないはずだ。連中がホテルに入ったらキラーチームであの瓦礫に沿ってあのビルの中へ。そこから車列の残骸に隠れてホテルの裏手に回れば、電源室から侵入できる。本番はそちらでホテル内に侵入してくれ。俺たちはここで支援を行う。目当ての品を回収したら連絡を入れてくれれば本社より無人機によるジャミングを開始する。それで連中の無人機を無力化しホテルの最上階からヘリで回収。以上だ」
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に
なお、明日は午前1時の予約投稿を予定しております。




