怪物の日18
「ちっ!」
舌打ちを漏らし、一瞬だけ背後の壁を見上げる。
タラップの上からの援護――流石に距離が近すぎて無理だ。厄介なことにここに集合している三本の水路は全て、交差点から少し離れたところで独立したトンネルになっていて、上からはその穴から出た瞬間しか見ることが出来ないし、その場所は下にいる俺たちの目の前か、そうでなければ俺たちの頭がある場所だ。
ならば、こちらでなんとかするより他にない。
パルスガンを構えなおす。蛍のように暗闇にゆらゆらと揺れている赤いセンサーライトに向かって引き金を引く。
正面の光が消え、向かってくる三体のうち一番近い左の個体に照準を合わせて――というよりも引き金を引きながら照準して撃破。
次は中央――と射線を向けなおそうとした瞬間、異質な音が耳に割り込む。
「ッ!!」
音の正体=水路の水が撥ねた音。
だが何故?
その答えに、俺は反射的に蹴りを放つ。
足の内側を相手に向ける必要から抱き着く姿勢になって飛んできたスレイプニルを、再度水中へと蹴り返して、起き上がってくる前に電磁パルスを浴びせてやる。
「くぅっ!」
その時には既に先程の残りの二体は懐に飛び込んでいた。
――仕方がない。
「しっ!」
パルスガンから左手を放し、飛び込んでくる一体の胴体を殴る。
少しでもずれれば自分から高速回転するチェーンソーに手を突っ込んでいるが、幸いにもロボット掃除機のような胴体だけを叩いて止められた――チャンスだ。
もう一体にこちらから向かうようにして銃口でお出迎え。同時に叩き落した奴が着地したのを追いかけて足で踏みつける。
安物とはいえ戦闘ロボットだ。これだけで壊せるほどヤワではないし、人工筋肉入りの六本足はその状態でも人間の足ぐらい押し返す。
だが、それでいい。戦闘ロボットとはいえ安物だ。上からの押し付けには、押し返すという単純なAIしか組まれていない。
「おっと」
その押し返しに任せて後ろに一歩跳び、同時にジャンプしようとしたそいつに向けて引き金を引き切った。
その性質上、確実に人間を絶命させる攻撃=上半身、特に腹部や胸部の切断を狙う傾向がある思考ルーチンに加え、足への絡みつきは手に持った武器で反撃される恐れがあるが故に嫌う判断が裏目に出た。こちらから言えば逆手に取ったとも言うが。
更に後続する六本足共に向かって足元の残骸を蹴り返してやる。
仲間のそれを器用に乗り越えて更に突っこんでくる、まさにその瞬間を逃がさずに、回路を焼き切る不可視の光線を放つ得物を向ける。
狙いをつけるのは簡単だ。何しろ動かない残骸を目印にして引き金を引けば、相手が勝手にその上に乗って死の電波を浴びに来るのだから。
親亀子亀の状態で動かなくなった奴の横から更に二体飛び出してくるのを仕留めたところで、こちら側が一段落したことを知り残り二方向に振り返ると、彼等の方も同様に――いや、もっとスマートに――終わらせていた。
「片付いたな」
「ああ……」
ジェスと呼ばれていたフードの男がこちらに気づき、予備バッテリーに交換しながら呟く。
彼の周りは綺麗なもので、俺のように攻寄られた形跡は一切ない。
まるで射的のようにトンネルの出口で並んでくたばっているスレイプニルの群れが彼の肩越しにちらりと見えた。
そしてもう一人――ブーニーハットの方は、相方と己とは対照的にギリギリの戦いだった俺のすぐ横の水路にひっくり返っている残骸に興味を持っていた。
「ふむ……こいつを見てくれ」
言われて覗き込む俺たち。
水揚げされた六本足のメカ殺人蟹は人を容易く引き裂く足をだらりと放射線状に広げて動かなくなっていた。
「これが何か?」
「成程な……」
俺とジェスの対照的なリアクションにも、彼は動じずもう一度スレイプニルをひっくり返して本来の立ち方に近づける。
既に制御系も破壊されているためにただ足を広げた円盤になってしまったそれの背中を、彼の指がコツコツとノックした。
「随分と大量に出てきたと思ったら、こいつらは戦時急造型だ」
「戦時急造型?」
オウム返しにしか答えられない俺だが、ここで言う戦時がいつの事かぐらいは分かっている――何の自慢にもならないが。
「背中のパーツが一部なくなっている。外したというよりも初めから搭載していない。本来は通信機が積まれているはずの部分にな。つまり、敵を発見してもてめえ達で襲い掛かるだけで、通報や応援要請は出来ないって訳だ。だからこそただの巡回にこれだけ数を揃えて、見つけた相手を物量ですり潰せるようにしていたのだろう。戦争中もそういう使い方をしていたらしいからな」
結果的にそれは朗報と言ってよかった。
連中が遊撃隊に俺たちの場所を告げていれば、その時点で作戦の成功率はぐっと下がるはずだ。
だが、彼ら二人の興味はそこよりも別の所にあるようだった。
「妙だな。あいつらの予算なら正規品の新品を買えるだろうに」
「そこだよ。それに今日日マニアしか喜ばないようなこんな代物をどこでこんな数手に入れてきた?」
やはり身内のことは身内の方が詳しいということか。
彼等は遊撃隊がここでどういう状況にいたのか、部分的ながら知っているようだ。
そして彼らの知る限り、こんな中途半端な品を揃えずとも、正規品を運用するだけの資金は持っていたらしい。
難民兵を雇ったことで予算が切れた?というのは考えづらい。
正直なところ、あの難民たちに戦闘員としての能力はほぼ期待できない。銃を運ぶ足と引き金を引く指は持っているというだけだ。恐らくマキナを入れる前の俺と同じようなレベルだろうか。
同じ金をかけるならスレイプニルの正規品を仕入れた方が効果的とさえ言っていい。連中が慈善事業で難民たちを使っていたのでなければ、歴戦の傭兵たちが難民を選ぶとは思えない。
それにスレイプニルは安い。今でも生産されている正規品が簡単に買えるのだ。普通に手に入れようとすればそちらになる。
むしろ、戦時急造型なんて探し出すほうが手間なはずだ。
「……まっ」
そこで頭を切り替えるように残骸から手を放したブーニーハットの男。
「連中から直接聞く以外になかろうさ」
「まあ、そうだな」
続きの言葉にそう答えながらジェスがタラップを登っていく。
そのタラップの終わり=頂上にはこちらを心配そうに見下ろしていたクロが、安心した様子で電磁パルスガンをホルスターに戻していた。
(つづく)
今日は短め
続きは明日に




