怪物の日17
人一人どころか中に家具でも運び込めそうな程に大きなその穴に最初に飛び込んだのはツォンと呼ばれたニット帽の男だ。
慣れた手つきでヒップバックから双眼式の暗視装置を取り出すと、手早く動作チェックを終えて中へ。
彼に続いて俺たちが、そして殿にはブーニーハットの男と、合流したもう一人。
ボルトアクションライフルを担ぎ、夜間迷彩の施されたフード付きコートを纏ったその男が、恐らく先程スナイパーを始末したジェスという人物だろう。
「よし、全員入ったな」
ツォンがそう言いながら先へと進んでいく。
古い石造りの階段を下りて行った先は、成程地下墓地と呼ぶに相応しい場所だった。
地下数メートルの所に造られたこの空洞は、恐らくそれ故に直上の建物が被った被害から免れたのだろう。
埃っぽい空気が充満し、なんとなく脱衣場の棚のようなものを想像する仕切りが設けられた壁や、規則的に並んだ柱に夥しい量の人骨が納められている。
とはいえ、既に人骨、遺骨と呼ぶよりも化石と呼んだ方が良いような状態だ。流石にむき出しの状態で放置されればそうもなるということなのだろうか。
――地上からの入り口の大きさはこの目的のためだろう。荼毘に付す文化の無いこの国では、少なくとも人二人分はスペースを確保しなければならなかった訳だ。
「こっちだ」
ツォンがその柱の間を抜けて奥へと進んでいく。ローレディポジションのまま、迷うことなく暗闇の奥へ。
俺たちも彼の背中に続き、人骨ロッカーを越えていく。
18世紀後半から19世紀半ば頃まで使われていたというこの地下墓地は、重罪人や公国への反逆者、捕虜などと言った諸々の事情で通常の埋葬と葬儀が憚られた者達が眠る場所だそうだ――これまたマキナの知識観光ガイド部門。
理由も時代も異なるそうした死者たちの間を抜けた先には一つの扉。
入り口のそれに比べると幾分小さな、しかし明らかに新しい鉄製のその扉は、大柄な大人であれば屈まなければくぐれない程だ。
その扉の向こうに更に広がる地下墓地――ただしその入り口同様明らかに時代が違うという事は、考古学者ではない俺にもすぐに分かった。
それまでの死体置き場と言ってもいいような棚ではなく、こちらはより無機質な、ある意味では真に死体ロッカーと呼ぶべき姿をしていた。
天井まで届く大きな棚には、規則正しく並べられた金属製のケース。
それがただ単に積み上げ、並べたものではなく、元々決められた枠組みにぴったりと収まるよう設計されたケースの収納場所であるという事は、その棚の間を歩いていくうちに分かった。
要はさっきまでのものを近代化しただけのようなものだが、近代化したという事は近代に造られたという事を意味している。
――そして、近代に何があったのかという事はマキナもご存じないようだった。
「こんな所が……」
思わず声に漏らすと、背後から説明。
「ここはソ連時代に増築された場所だそうだ。埋葬者の半数近くはこの上の修道院の修道士達だが、他にも粛清された者達の遺族が密かにここに運び込んでいたらしい。政府やその上のソ連が弾圧を続けても、昔ながらの習慣は捨てられなかったのだろうさ」
時代が変わっても堂々と死ぬことさえできない人間はいるという事か。
どんな状況、どんな時代でも人は人が死ぬ事を機械的には処理できないのだろう。
そんな地下墓地の更に奥、再びの壁際にたどり着いたが、今度は扉はない。どうやらソ連からの独立後は使用されなかったらしい。
「行き止まりだが……」
分隊長の声にツォンは壁に手をやって何かを探るように動かしながら答える。
「ちょっと待て……、よし、これだ」
数秒でお目当てのものを見つけたのだろう。探っていた手を両方揃えて同じところに指を立てると、全身の体重をその手にかけるようにして一気に引っ張る。
いや、引っ張るというより後ろに倒れるのを指先だけで支えている形だ。
そう思った瞬間、ごりごりと重い音を立てて彼が壁を引きちぎった――いや、そう見えただけで壁の一部が動き出していた。
「おおっ!」
思わず関心の声。
その間に壁の穴は先程の扉位の大きさに広がり、その向こうにはぽっかりと空間が覗いている。
と言っても、どうやら地下墓地はここで終わりらしい。向こうに見えるのは修道院まで通ってきたような地下水道だ。違いがあるとすれば、こちらには一滴も水は流れていないという事だろうか。
「遊撃隊の連中は地下水路の存在は知っているが、こういう廃止された旧水道の存在までは掴んでいなかったからな。ここからならしばらく安全に進める」
そう言って俺たちを顎で促すツォン。
穴に入ってみると、成程旧水道というのが分かる狭くてボロボロのトンネルの中に出た。
飛び込んですぐに右折。天井に頭をこすりそうになりながら一直線のトンネルを進んでいく。
天井の低さのせいか圧迫感があるが、敵がいないというのなら文句も言えない――とはいえ発言者本人も含めて警戒は怠らないのだが。
その狭いトンネルを抜けると、不意に鉄格子のはめられた行き止まりに出た。
錆と垢で赤と黒に変色したその講師の向こうには、最初に俺たちが潜っていたような地下水道が、1mほど下に見える。
それを視認した俺たちにツォンが音を立てないように鉄格子を外しながら告げる。
「この先は連中も知っている。人手不足のため無人兵器だけだが定期巡回も行われている。注意しろ」
息を潜め、声を殺したその声に、俺たちは恐らく最良と思われる方法で答えた。即ち、無言で首を縦に。
飛び降りる足音さえ細心の注意で消し、案内人=ツォンの後を追う俺たち。
最初にいたトンネルとは異なり、高く平坦な天井のそこは床も、その中央を流れる水の流れも広く、なんとなく直方体の箱を地中に埋めたような印象を受ける。
水の流れに沿った移動は、こちらに移ってすぐに現れた丁字路で終わり、先遣隊の二人と共に殿についていた俺にも、先頭がその丁字路のどれでもない、突き当りのタラップを登り始めたのが見える。
後に続くこちらの分隊。その間、俺と他の2人がそれぞれの通路を監視する。
「……ッ!!」
静かな地下の、さらさら流れる水の音にほんの僅かだがモーター音が混じったのを聞いたのは、俺たち以外の全員が上がったところだった。
「……」
担当している正面=今まで歩いてきた方向から目を逸らさずに背中のホルスターに手を伸ばす。
俺の聞き間違いではないという事は、他の二人もそれぞれの担当方向を向いたまま同様の武器=電磁パルスガンを取り出して構えつつ、一瞬だけ視線を送って確認しあったことで分かった。
水の音。モーター音。少しずつ後退してタラップを囲む円弧を縮小していく俺たち。
正面:水路とその左右の道。そしてその上を走る何らかの配管。
神経を研ぎ澄ませる。意識を集中する。
「コンタクト!」
背後で声。
その瞬間、一瞬だけそちらに向かいかけた意識はすぐに正面――とトリガーにかけた指へと――に引き戻された。
「ッ!!」
暗いトンネルの中、人の頭ぐらいの高さを走っている配管から、俺の頭目掛けてそれは飛んできた。
反射的に電磁パルスガンの銃口を向けて引き金を引く。
力を失って、中途半端に六本足を開いたままの姿勢で飛んできたそいつが足元に落ちていく頃には、正面から突進してくるもう一体に狙いを定める。
「ちぃっ!!」
スピンしながら水路に落ちていく二体目のすぐ後ろへ照準。
スレイプニル――回路を焼き切られた仲間を飛び越えて突っ込んでくるそいつと同じセンサーの赤いランプが、奴の後ろの闇の中に無数に蠢いていた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




