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怪物の日16

 修道院の廃墟の中は意外にも荒れ果ててはいなかった。

 勿論入ってすぐ目につくのは奥側が完全になくなって、多少の瓦礫の山以外には遮るもののないが故のパノラマだが、入り口付近はまるで今でも普通に機能しているかのような姿だった。


 そんなまともな側に立つ俺たちに対し、ブーニーハットの男は先行して身長の倍ぐらいのところで削り取られている柱にもたれていた相方の方へと歩み寄りながら振り返る。

 「さて、改めてO.Eの皆様。ようこそ、サバーカへ」

 オプティマル・エンフォーサー社は略してO.Eと呼ばれることがある。

 だが、気になったのはその呼び方ではなく、彼のその口調だった。

 どことなく侮蔑的で、はっきりと自嘲した感じの紹介。

 そしてその第一印象が俺の気のせいではないという事は、すぐに彼自身の言葉で照明された。


 「御覧の通りひどい所だ」


 憮然とした、しかしやけっぱちに近いその言葉と共に、彼は背後のパノラマに目をやる。

 「あの年寄りが癇癪を起こしただけでこの有様だ」

 吐き捨てるように続いたその言葉は、パノラマの向こう、こちらになど気づく様子もない難民兵の歩哨に向かって吐き捨てられていた。


 瓦礫越しに彼らを見やるその背中は分隊長の声でもう一度向きを変えた。

 「グレンコについて知っているような口ぶりですが……」

 「奴は一言で言えば戦争の生み出した怪物だ。勝手に遊撃隊なんてものを創り出して、そこの隊員には戦時中同様『少佐』とか呼ばせているが、その階級の頃のオリジナルメンバーも過半数は戦死なり引退なりでいなくなった。だが奴自身は自分が過去の人間だと思いたくないし、前線にいる自分こそ最高の自分だと信じ込んでいやがる。大方奴の頭の中じゃ、自分が主演の戦争映画が絶えず上映中なんだろう」

 それから小さく、吐き捨てるように締め。

 「俺たちは傭兵だ。戦時中の軍人じゃない」


 それから俺たちを改めて見返し、そして閑話休題。

 「で、だ。その戦争劇団の連中は定期的に移動しているが、本日0700時にここより北東にある『ノヴァヤ・ザウート』というホテルで会合を開くという事が分かった。普段は連中の周りに難民兵がいるが、この時ここに来るのはグレンコの他には遊撃隊の連中だけだ」

 そう言いながら、俺たちの使っているのと同じようなデバイスを取り出す男。

 映写機の機能があるのか、俺たちの前の床に今しがた説明されたホテルが、周辺の建物込みで映し出される。


 「なので、俺たちはこれからこのホテルの南にある合同庁舎に向かい連中を待ち伏せする」

 その言葉に従ってワイプが床に浮かび上がる。

 合同庁舎――という言葉からは些かかけ離れたその建物は、小ぶりな宮殿とか迎賓館と呼んだ方が近いような雰囲気だ。

 石造りの四角形の建物の真ん中にはドーム状の大きな屋根が乗り、地震のない地域だからか、その古い建物を庁舎として利用していたのだろうが、ノヴァヤ・ザウートも含む周囲の近代的なビル――正確にはその廃墟――と並んで建っていると、なんとも妙な印象を受けた。


 その風変わりな建物の映像を見ながら、ブーニーハットの男は地図を指さしつつ説明を続ける。

 「この合同庁舎からはノヴァヤ・ザウートを見渡せる上に、ここの前の道は瓦礫と崩れ落ちたビルの残骸とで向こうからは死角になっている。連中が到着するまで庁舎内で待機し、突入チームが廃墟の影から接近、ホテルの裏手に回って潜入する。その間監視チームは庁舎に残り狙撃や無人兵器での支援を行う。これで行こうと思うが……」

 質問はないか――視線でのその問いかけにぼそりと答えたのは角田さんだった。

 「都合のよすぎる条件に思えますが……」

 「その通り」

 ブーニーハットの男は答える。

 「恐らくこの庁舎の危険性は連中も分かっている。ここを取らせないように守備を配置するだろう。だが、守備につくのは遊撃隊にしろ難民にしろ、うちの連中だ」

 言いたいことはそれで分かった。

 勝手知ったる自分の会社だ。守備隊を始末した後で誤魔化す方法はあるのだろう。


 「それと、ちょっと待て――」

 補足するような口調で、しかし唐突に説明を打ち切ってインカムに集中する。

 「……了解した。引き続き監視を継続しろアウト」

 何者かとの通信を終えて改めてこちらへ。

 「ちょうど今、庁舎を見張っている連中から連絡があった。今のところ守備は難民兵が数名確認できる程度だそうだ」

 俺たちは互いに顔を見合わせた。

 疑わしい所もいくらかある――これは全員共通の認識だった。

 しかし、敵の内情も土地勘もある先遣隊が大丈夫だと判断している以上、ここに来てから精々一時間弱しか経過していない俺たちの予想よりも正確な可能性が高い――これもまた、共通認識のようだ。


 「分かりました。それで行きましょう」

 部下三人の意見を集約するように分隊長が告げる。

 丁度その時、横で背後の監視を行っていたニット帽の方がこちらに合図すると同時に、嫌なものを見たという嫌悪感を隠さずに告げた。


 「近いぞ。隠れろ。カンだ。カンの野郎が何かしている」

 地図が消え、俺たちは全員彼の指示に従い適当なものに隠れた。

 例外ではなく相方の近くに隠れて彼の見ている先に目をやったブーニーハットの男もまた、嫌悪感を露にする。

 「捕虜を取っていやがるな……。嫌な予感がする」

 彼等の後ろ、元々は壁だったのか床だったのか分からない残骸の陰からでも件の人物はなんとか見ることが出来た。


 ふと思い立ってデバイスの指向性マイクを起動させ、感度を最大に設定する。これなら何とか届くだろう。

 狙いをつけるのは修道院の敷地の向こうの道。

 本来は公園だったのだろう空き地と本来ならそこまであったのだろう修道院の間に挟まれる形となるその道に、先程ブティックに隠れた際に通過した四輪の装輪装甲車が一両停車していた。


 「随分頑張ったじゃないか……」

 その装甲車のライトが、それから降りた一人の兵士と、彼に向かい合っている三人組、そしてその周りの数名の兵士たちを映し出していた。

 三人組以外は遊撃隊――直感がそう伝えている。

 それまでの難民兵、そして三人組の両脇の二人に比べて装備が良いという点ももちろんだが、どことなく立ち振る舞いが別物だ。


 そしてその遊撃隊の一人=降りてきた兵士が先程の声を発していた。

 相手は三人組の真ん中=この集団の中で唯一非武装の、左右の二人に抱えられている男だ。


 「名前は……何だったかな?」

 「地獄に落ちろ糞野郎……ッ」

 わざとらしく粘ついた声で尋ねる兵士に、その男は睨みつけながら悪態をついて見せた。

 だが、兵士に動揺した様子はない。

 「ああ、そうか……。変わった名前だなっ!!」

 言い終わると同時にボディーブローが突き刺さり、抱えられた男が呻いて体を折る。


 「まあいい。これから色々教えてもらうさ。連れていけ」

 左右の二人に命じて、真ん中を引きずっていく彼等の後を追う兵士。周囲の連中もそれに続く。


 蘇るブリーフィングの記憶:連中はNGO職員を殺害した。


 「あれは……っ」

 「残念だが、助けることはできない」

 ブーニーハットの男が苦々しく吐き捨てる。

 「あの野郎はカン。遊撃隊のメンバーにして、異常者だ。ツォン」

 ちらりとニット帽の男が最後の人名に反応する。

 「お前の方がカン中尉には詳しいだろう?」

 「ああ……」

 低く唸るように、ニット帽の男=ツォンは口を開いた。

 「あれも戦争の生み出した怪物って奴だ。海兵隊にいた頃から奴と組むのだけは御免だと思っていたよ。捕虜を生きたまま燃やしたって話を聞いた時からは特にな。あんな狂人が副官を勤めている時点で今の遊撃隊ってのがどういう組織か分かるってものだ」


 彼のその言葉が俺にもう一度先程の人質たちを探させたが徒労に終わった。


 「話の通り、狂人でも副官だ。あれが出て来たってことはそれなりに兵も引き連れているだろう。そこで――」

 ブーニーハットの男が話を引き継ぎつつ、修道院のもぎ取られた側の腕の下に潜り込むように近づいていった。

 「連中も見つけていない道を使う必要がある。そこで――」

 瓦礫の下、上手い事偽装されていた床板を外す。

 ぽっかり空いた穴を見下ろしながら同じようにそこに視線を注いでいる俺たちに彼は告げた。


 「肝試しだ。地下墓地にようこそ」


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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