怪物の日15
とはいえ、感傷に浸っている場合ではない。
巡回している兵士たち=味方が敵の襲撃を受けたかもしれないと知らされてピリピリしている武装した連中がいる中を進んであの修道院の廃墟まで行かなければならないのだ。
瓦礫の中から外に目を凝らす。
この廃墟から出て直ぐの道路上に敵はいない。
だが、それはあくまでここの正面だけの話だ。どこかのビルから見下ろしている可能性はあるし、人でなくとも無人機やタレットの類が設置されている可能性も考えられる。
「クロ、周囲に監視は?」
「……11時方向、屋上の崩れたビルの最上階『マルチコワ・ホテル』の看板の下に人影。スナイパーの可能性があります」
分隊長の問いにスコープの向こうに見えていた景色を答えるクロ。その間にも目はズームされた世界を走査している。
頭の中の地図に新たな敵の情報を書き込む。恐らくだが、スナイパーからは修道院跡地はよく見えるだろう。
仮にそいつに撃たれなくとも、この辺りの連中が包囲する時間は十分にある。何しろ土地勘は向こうの方があるのだ。一人に見つかればたちまち囲まれてもおかしくない。
「屋根の上には他に見られません……いえ、待って」
軽い驚きを隠さずに発せられた声に、俺は思わず彼女の方を見た。
既にその視線は11時方向から外れ、3時と4時の間の辺りに向いている。
「もう一人。ここの並びのビルの屋上を移動中。一瞬だけ見えてすぐに消えましたが……」
それが見間違いでないならばいよいよもって動けなくなってきた。
その考えが耳から入ってきた情報に反射的に頭に浮かんできたのと、次の情報に更新されるのはほぼ同時だった。
「あっ!撃った!!」
「ッ!?」
撃ったという言葉が、新たな影が11時方向の影を撃ったという意味だと理解するのに一瞬時間が必要だった。
「11時方向の人影が倒れました。恐らくですが4時方向から」
「ああ、そのようだね」
答えながら分隊長は双眼鏡を取り出していたが、その二つのレンズは角度を取らずほぼ水平になっている。
それから一瞬双眼鏡から無線に手を伸ばす。
「キラーリーダーよりハンターチーム。ホワイトムーン、ホワイトムーン」
先遣隊のコールサインと彼らと接触する場合の合言葉が全員のインカムに響く。
「……こちらハンター6」
「キラーリーダーよりハンター6、現在合流地点の東、『ウィニマルク』というブティックにいる。合流地点に移動したいがここから11時方向にある『マルチコワ・ホテル』にスナイパーが見えていた。あれを始末したのはそちらかオーバー」
「……ハンター6よりキラーリーダー。あれはこちらで始末した。貴隊から見て4時方向のスナイパーは味方だ。他に脅威はない。修道院まで来てくれオーバー」
「キラーリーダー了解した。これより移動する。協力に感謝するアウト」
通信を終えて、同時に動き出す。
どうやら分隊長は先程件の修道院跡地に向かって動く人影を見つけていたらしい。
「先遣隊は今しがた到着したようだ。あまり待たせちゃ悪い」
動き出すのと同時にそう言って、その時には既に周囲のクリアリングを終え先頭に立って走り出している。
「巡回が戻ってくる前に動く。CP、現在合流地点前の通りを移動中。無人機の到達予想時刻を教えてくれオーバー」
「こちらCP、あと75秒後にそちらを捕捉できます。警戒してください」
「了解。全員聞いたな。急げ」
あまり時間はないが、しかし同時にゴールまでストレートに突っ切れる状況なら不可能ではない。
陥没した道を飛び降り、周囲を警戒しながら放置された車の陰へ。そこから地面から跳ね上がった配管の陰へ。そして修道院の外壁の残骸に取り付いた時点で残り時間はまだ40秒残っている。
「ここを越えて、正面入り口前のスタンド内に飛び込め」
分隊長が指をさした先に転がっていたのは、恐らく観光地時代の名残だろう、プレハブ造りの小さなブースが一つ、奇跡的に残っていた。
瓦礫となった外壁から離れ、崩れかけた残りの外壁をよじ登ってその壁と天井しか残っていないプレハブ小屋へ飛び込む――残り30秒を切った。
「CPよりオールキラー、無人機到達まで20秒……10秒……5……4……3……2……1……今」
隠れていると分かっていても首を縮めてしまう。
そのまましばらく待機し、静かな箱の中で互いの顔を見合わせる俺たち。
妙に長く感じたその時間は、到来とは対照的に唐突に終わりを迎える。
「無人機、当該空域より離脱しました。進路そのまま。反転の気配なし」
誰が漏らしたのか分からないため息に同様のため息で答え、再度外をクリアリングして飛び出すと、今度こそ修道院の正面へ到達する。
こうして接近すると、まるで往時の姿から全く変わっていないように見える。
正面の大きな木製の扉はどちらも健在で、その周りもまた変わらない。
とてもその向こうが手前半分ぐらいしかなくなっているとは思えない姿だった。
「キラーリーダーよりハンターチーム。ただいま修道院正面入り口に到着したオーバー」
「了解キラーリーダー。今そちらに行くアウト」
無線が途切れ、そして同時に分隊長が呟く。
「後ろかな」
「えっ?」
一瞬何のことか分からずに尋ね返したが、その答えは言葉ではなく視覚に現れた。
「時間通りだ。よく来てくれた」
背後の気配に慌てて振り返ると、いつの間にか俺たちを左右から挟むようにして二人の男たちが立っているのに気づく。
――大方、修道院の周囲に隠れて近づく者と接触するのが安全かを見極めていたのだろう。俺たちが何者かに尾行されていた場合でも彼らは見つからないように。
「!?」
だがその理屈が分かったのは、その辺の瓦礫が歩き出したと言われても信じるだろうというぐらい突然に現れた彼らの姿を見てからだった。
驚く俺とクロ。平然としている分隊長。その二通りの反応を見て「まあそうだろう」と言った様子で納得している角田さん。
ベテラン二人は彼らハンターチームの行動に気づいていたようだ。
「悪く思うなよ。用心のためだ」
そんな俺とクロのリアクションに気づいたかハンターチーム片方=無線の声の方の男がからかうような声でそう言って口元で笑う。
黒い厚手のフリースとオリーブグリーンのブーニーハットといういで立ちのその男は、向かいにいた同じような格好でニット帽をかぶった相方に修道院の扉を開けさせながら無線に手を伸ばす。
「ジェス。こちらに来てくれ。後続部隊と合流した」
それだけを告げると、俺たちを促しつつ自らも修道院の中へ。その一瞬、3点スリングに吊られた彼のライフルの、その特徴的な右に傾斜したバナナマガジンが月明りに光った。
「よく来てくれた。とりあえず無事で何より」
先に入っていたもう一人がそう言って俺たちを待ち構えていた。
彼が提げているのも、ブーニーハットの方=ハンター6と同じライフル。この装備が彼らの流行りなのか、どちらもこれをベースにレイルシステムに対応したハンドガードにはフラッシュライトを、レシーバートップにはドットサイトをそれぞれマウントしていた。
(つづく)
今日は短め
続きは明日に




