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怪物の日14

 角を曲がってから数分間直進。

 その間背後に現れる者は何もないが、警戒は怠らない。

 組合会館地下の扉に施錠されていなかったという事は、僅かだとは思いたいがこの地下水道が遊撃隊の使用している通路になっている可能性もあるという事だ。


 「よし、ここを右だ」

 インカムに声がして足を止める。

 後方の景色がそれまでと変わっていないことを確かめてから首をひねると、先程と同様にルートの前後をクリアリングし終わったところだ。

 クロと分隊長。クリアリングを終えた二人の間を抜けて今度先頭に立ったのは角田さん。

 彼の後に続いて進行方向を進み、クロの肩にポンと手を置いてから真っすぐ正面に向き直る。誰もいない静かなトンネルを歩く時間は、そのすぐ後に終わりを告げた。


 「ここの階段だな」

 角田さんが進行方向左側に現れた階段に目をやる。

 左側の壁に張り付くように設けられた登り階段。その先のやや長めの踊り場には入ってきた時と同じような扉が一つ。これを抜けた先がラトゥーニ門だ。


 前二人で階段を上り、そこで角田さんの先頭は終わり。

 扉に鍵がかかっていない事を確かめて、俺はそっと薄い鉄のそれを手前に引いた。

 ひやりとした夜の風が吹き込み、薄っすらと明かりのさす細い道が姿を見せる。


 「行きます」

 後続にそう伝えて外へ。勿論ライフルを引き寄せ、即応可能な体制を維持してクリアリングしながら。


 結果:どうやらここは道路より数メートル掘り下げられている。


 トンネルの出口とは反対に、この入り口付近は道路わきの歩道の端から階段で降りていく形となっているようだった。

 となれば、上から覗き込まれる可能性もあり、そうなった時は狭いここではあまりに無防備だ。

 出て直ぐ直角の右コーナーを曲がり、歩道に上がる階段を上へ――その途中で足を止め、階段に張り付くように姿勢を低くする。


 ラトゥーニ門=歩道橋のように道路の上を横断しているアーチ状の古い建造物はちょうどよい休憩場所と認識されているのか、道の真ん中に二人の難民兵と思われる人物が並んで立っていた。

 幸いこちらには気づいていないようだが、物音を立てれば気づかない距離でもないだろう。


 「……」

 どうする?

 ここを抜けなれば先には進めない。

 だが、あの二人を始末したとして道の真ん中だ。そしてデバイスに表示されている地図では、この二人から更に先の交差点から車がこの道に入ってくる可能性があったし、その時この二人が立っている場所=アーチ内の照明によって照らされているこの辺りは非常に視認性が高い。


 「……」

 判断は一瞬だ。迷っている時間もない。

 音を立てないよう慎重に階段を登り切り、階段の目の前の壁に張り付くようにして隠れる。

 目が合った角田さんにハンドシグナルを送る=二人。静かに殺る。

 覚悟を決めてナイフに手をやった瞬間、角田さんが急いでハンドシグナルを返してくる。


 返信:隠れろ。敵増援接近。


 「ッ!!」

 咄嗟により壁際に移動する。

 アーチの根本は柱が突き出しており、人一人なら何とか隠れられるスペースがあった。

 ギリギリの幸運に感謝する暇もなく、指向性マイクを起動した角田さんのデバイスが、その拾った音声を俺たちのインカムに伝えてくる。

 「ウラーン2-1との通信が途絶えた。定時巡回中、時計塔での定時連絡後12番監視所には到着していない。付近を捜索して直接コンタクトを試みる。お前たちも来てくれ」


 どうやら到着したのは増援ではなく、反対にここにいた彼らを増援として連れていくつもりだったようだ。

 了解した二人が、捜索隊に加わって俺たちとの進行方向とは反対側に向かって走り出した。

 「ユピーテル6よりソーンツァへ。メルクーリ4及び5と合流した。これよりウラーン2-1捜索に向かう。なお捜索時は時計塔より12番監視所までのルートを使用するオーバー」

 「ソーンツァ了解。当該部隊は何者かの攻撃を受けた可能性がある。十分警戒しろアウト」


 彼等の無線のやり取りが最後に耳に残る。

 巡回中に行方不明になった部隊――思い当たるのが一つ。

 「急ごう。連中が見つけるのも時間の問題だろう」

 同じ内容から同じ結論に至った角田さんが階段を上って再び先頭に立ち、彼の後に俺が続いてアーチ形の外へ。

 クリアリングのために振り返るとそこはレンガ造りの古いアーチ。その上に民家のような建造物が増築されていて、道の両側のアーチと同じぐらい古そうな建物同士を繋げていた。


 18世紀後半に造られたというこのラトゥーニ門は、公国の建国当時の姿を現在まで伝えている建物で、かつてクライザウートの市街がまだ沿岸部にまで伸びていなかった時代に、壁に囲まれた要塞都市であったこの町への数少ない出入口の一つだったそうだ――観光ガイドに転職できそうなマキナの情報。


 そこからブロック一つ先が、件の修道院跡地。

 所謂旧市街と呼ばれる歴史あるエリアにして、先の戦争の被害が色濃く残る場所に通じている。


 「ッ!飛び込め!右だ!」

 角田さんの声が飛ぶ。ほぼ同時にエンジン音が前から二つの光源を従えて道の奥に現れる。

 言われた通り反射的に右へ。ガラスが粉々に砕け散って散乱する上にも構わず転がって床に伏せる。

 「騒ぐな……行かせろ……」

 殿を勤めた分隊長が俺の横に転がって、インカム越しに全員に囁く。

 首を僅かにあげると、つい先ほどまで立っていた道路に四輪の軽装甲車が停止しているのが見える。ルーフハッチに汎用機銃をマウントしたその車両は単独ではなく周囲に数名の兵士が集まっていた。


 その集まった兵士たちにハッチの上から声。それに答えるように兵士たちが動き出す――先程の連中を追いかけるように。

 それを追いかけて車両も姿を消すと、俺たちはようやく近くに転がっているマネキンたちの真似から解放されたのだった。


 「ここ……ブティックか?」

 とはいえ、立ち上がってうろうろするにはまだ人目もある。なにより店の本来の出入り口=入ってきたのとは反対側には数名の兵士がうろついているのだ。

 店の中の様子からブティックと判断したのも、そうした外の様子を伺う過程で店内の様子が見えてきたからだった。

 「荒れ放題ですけど、略奪されたのでしょうか」

 クロが同じように姿勢を低く保ったまま店内を見回している。

 恐らく元々は高級店だったのだろう店内は荒れ放題に荒らされ、マネキンの残骸と放置されたバッグや靴が辛うじてかつてここがどういう場所だったのかを物語っている。

 攻撃を受けて破壊された――そうとも考えられるが、明らかに荒らしまわった形跡のある商品棚やレジはそれだけでは説明できない。


 分解すれば服も布。ウエスに包帯に使い方は色々――この仕事を始めてすぐの頃に読んだサバイバルだか何かの本でそんな話を見た気がしたが、そういう服ばかり扱っている店でもあるまい。


 「……まあ、戦争なんてそんなものさ」

 俺の頭の中を読んだのかどうかは分からないが、そう呟いて分隊長が入り口側に向かい、俺たちも私語を中断して彼に続く。

 入り口側の、同じくガラスのなくなった場所で、残された什器やその他なんだかよく分からない残骸に身を隠しながら店の外に目を向ける。


 店の外は本来なら広々とした道があったのだろう。いや、今でもあるのだ。ただし半分だけ。

 本来なら片側2車線はあったのだろう店の前を横切っている大通りは、手前側の半分だけを残してなくなっていた。

 残りの半分は崖になって崩れ落ち、その向こう側には地中に埋設されていたのだろう諸所の配管やらなにやらがむき出しになっていて、黒焦げになった軍民両方の車両の残骸が何台か、その当時のまま放置されていた。


 そしてその破壊された場所の向こうに、平和だった頃は観光名所として栄えたという修道院跡が、跡地であることを証明するように半壊した状態で佇んでいる。

 腕を広げるように左右に大きく広がっていたはずの300年近い歴史を持つその建物は、向かって左側の腕を根本付近からもぎ取られ、こちら側からすると裏に当たる辺りは焼け落ちてなくなっていた。

 その周囲にも同じように壊れた建物か、或いは一歩進んで更地になった瓦礫の山がそこかしこに放置されていて、時折見える巡回の兵士たちはその廃墟の中を縫うように歩いている。


 戦争なんてそんなもの――つい今しがた聞いたその言葉が、形を持って目の前に展開されている気がした。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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