怪物の日13
連中は何かお互いに喋りながら道の真ん中に集まり、それからこちらに向かって歩き出している。
この交差点から少し進んだところで数メートル下に下がっているこの道にいる関係で、彼らの姿は見下ろすようになっていた。
その動きから恐らく練度は低い。遊撃隊ではなく、彼らが雇い入れたという難民たちだろうか。
対するこちらは全員グレーや黒の無地のものを中心にした装備になっている――流石にクロも今回はジャージの上からグレーのウィンドブレーカーを着込んでいる――が、それとて夜間迷彩と呼べるほどの効果は期待できない。
彼らがどれほど注意力散漫でも坂の真下までくれば待ち伏せには気づくし、この交差点は4人が6人の眼を避けて進めるような場所ではない。
「全員裸眼だ。レーザーを使え」
分隊長の指示に四本の赤外線が彼らに注がれるが、件の歩兵たちは誰もその事に気づいた様子がない。
肉眼では見えない赤外線レーザーは、こうした夜陰に乗じての襲撃にはうってつけだ。
「こいつは俺が、その隣の奴をトーマ、頼んだ。そいつの後ろは俺がやる」
「了解」
分隊長のレーザーが向かって右端の兵士を示し、彼と何か言葉を交わしている隣の奴の胸に俺がレーザーを当てる。
「真ん中の奴とその左はクロ、行けるな。残った一人はカクだ」
「「了解」」
全員が最初に撃ち込むべきターゲットにレーザーを向ける。
俺とクロはそれぞれの72式を、分隊長と角田さんはセカンダリーのパーティガンを。
島のPXで送料含めて二束三文で注文できるそれは、こうした任務の時、サイレンサーを使いづらいプライマリーを持っていく者には、その大きさと重量も相まって便利な装備だった。
「まだ引きつけろ……」
その分隊長の合図での一斉射撃に備える。
誰も逃がさず、反撃させず、数に勝る相手だろうと一気に仕留めるべく十分に引きつける必要がある。
「……」
セレクターをセミへ。奴らがゆっくりと、しかし一定の速さで距離を詰めてくる。
「……撃て」
言葉と同時に軽い衝撃と空気が抜けるような音。そして暗視の世界で4人が奇妙なステップを踏み倒れる。
「よし」
仲間に何が起きたのか分からない内に、残った2人も後を追う。作戦成功だ。
「まだ次が来るかもしれない。急げ」
そう言って先頭を切る分隊長。俺たちも後に続き、今しがた始末した敵の元へ。
「CP、敵を排除した。死体を隠してから組合会館に向かうオーバー」
「CP了解。倉庫を挟んで反対側の道から別の部隊が倉庫に接近しています。あまり時間がありません」
「了解した。全員、とりあえず側溝に沈めておこう」
言われた通り、一番近くに転がっていた男を拾い上げ、道の脇の側溝に引きずっていく。
グレーチングもはめられていないそこは、人が転がっていても真上からでなければ見えないような深さだ。
自分を撃ち殺したのと同じパーティガンを首から提げたその男を転がして側溝へ。
「……」
何も考えず、それからすぐに次の奴へ。
全員の処理が終わると、俺たちは闇の中へと溶け込むように走り出した。
目指す組合会館はすぐそこだ。
道は更に大きな通りへと通じていて、件の組合会館はそことの交差点に位置していた。
「よし、このビルだ」
周囲のクリアリングを終えて中へ。元々はあったのだろうガラスはなくなり、ただの枠だけになった自動ドアを潜り抜ける。
エントランスと言っていいのだろうその場所を通り抜け、無数の弾痕の残った壁沿いに奥の階段を下っていく。
当然ながら放置されたままのこのビルに電気など通っているはずもなく、真っ暗な中を片目の暗視装置に頼って進んでいく。
一段ずつの段差の大きい階段は一度踊り場で折り返した後ももう一度同じ事を繰り返してかなり深いところまで下りる事となった。
そして、地下。
ここはかなり狭く、降りて直ぐに二つの扉にぶつかった。
片方は銀行の金庫を彷彿とさせる大きな扉で、厳重にロックされている。
大方シェルターだろうという事は、なんとなく想像がついた。
中がどれほどの広さかまでは分からないが、戦時中は逃げ遅れた人々がここに隠れていたのかもしれない。
しっかりと閉じられた重厚な扉が本当に開いたことがあるのかは分からなかった。もしかしたらまだ中に誰かが籠っているのかもしれないと思える程に、その扉は閉じられたまま年月が経過しているようだ。
そしてもう一つの扉。こちらは向かい側にあるシェルターのそれとは対照的な点ばかりだ。
小さく、簡単な構造。そしてその外見に相応しく鍵もかかっていない。
「ここだな……クロ」
「了解」
呼ばれた彼女が小型の爆発物探知機を取り出して扉を調べる。扉全体を撫でまわすように円を描く彼女の手。
廃墟から外に通じる道に鍵がかかっていないという事は?勿論ただ単に放棄されているだけというケースが大半だろう。だが、状況が状況だ。トラップがないとも言い切れない。
もしかしたら誰も手を付けていなくとも、戦時中に設置された代物がまだ生きている可能性もある。
「反応なし」
静かにそう告げて探知機をしまうと、デバイスのアプリを起動。それから僅かに扉を開いて隙間からデバイスを差し込む。
使用しているのは環境測定用の機能。通り道を見つけたが酸欠状態の、或いは一酸化炭素や硫化水素をたっぷり含んだ気体が噴き出してきて全員即死――なんて事態は御免だ。
「……酸素濃度正常。有害物質無し」
「了解」
クロがデバイスを戻すのを確かめてから扉をそっと開く分隊長。直前に自らの暗視装置を赤外線映像に切り替えておくことも、部下が全員それに倣ったのかも確認。これまで同様に明かりなどないため暗視頼り――それも、低光量増幅も使えないような完全な暗闇であるため、これ以外では扉の向こうは完全な暗闇となる。
身を屈めて扉をくぐると、そこはもう放棄された地下水道の中だった。
扉よりは高い所にあるアーチ状の天井の下、奥へと伸びている一本道。目の前を一目散に走って、崖になっている突き当りに消えていった二つの影はネズミか。
「……ッ」
それを一瞬息を止めた以外は何のリアクションもせず見送ったクロを通り抜けて前へ。前方と崖の下=梯子を下りた先の地下水道をクリアリングしてから降りていく。
日本で上下水道に入ったことは無いが、ここの水道はまさにイメージする通りの地下水道と言ってよかった。
かまぼこ型のトンネルの中、地面の中央が一段掘り下げられて水が流れ、その両岸が歩道として前方にも奥にも続いている。
そこに降り立った俺を分隊の残りのメンバーが追いかけてくる。
全員が降りると、今度は分隊長を先頭に一列になって進んでいく。
分隊長、俺、クロの順で、そして最後尾の角田さんは後ろを向いて警戒しながら。
ただ水の流れる静かな音だけの地下水道は、想像以上にひんやりと冷えているような気がして、そして同時に想像以上にきれいな――というか、生物のいない空間を歩いていく。
「足元に注意しろ」
不意に分隊長がそう言って何かを跨ぎ、彼の足の間からその正体を見た。
「これって……」
「大方、戦時中のものだろうね。ちょいと失礼」
困惑が形になって漏れた俺の声に答えながら、壁にもたれかかるその人物――の成れの果てを越えていく分隊長。
戦時中=ユーラシア戦争の頃からだとすれば最低でも15年間ここでこうしていたことになる骸骨は、既にボロボロで人の骸骨であるという点と、同じぐらいボロボロの衣服の残骸が引っかかっているという点以外は何も分からない。
足を水の方に投げ出したその人物は恐らく先程のネズミたちの先祖に取って貴重な栄養源となっていたのだろう。
「失礼します」
分隊長に倣って口の中で唱えるように小さいながら彼或いは彼女に一言言いながら跨いでいく。
地下水道が上の道のように丁字路になっている場所に差し掛かったのは、それからすぐだった。
「ここを左だ」
川幅が1m程度に狭まったところで分隊長の指示が飛び、彼が同時に狭まった川を越えて対岸に渡る。
必然的に先頭になった俺は右側の壁に体を寄せ、丁字の進行方向側を警戒しつつ少しずつ分岐へと距離を詰めていく。
目の前では分隊長が俺の後ろ=進行方向を同じようにクリアリング――まるで鏡写し。
やがて背中を預ける壁がなくなるまで分岐に接近すると双方が目配せ、同時に振り返りつつ丁字に飛び出す。
進行方向からその反対側への警戒に切り替え、その俺の背後を忍び足が二つ通過。
二つ目=角田さんが通り過ぎ際に俺の肩をポンと叩く。ここからは俺が後ろ歩きする番だ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




