怪物の日12
「……ッ」
ゆっくり、ゆっくりとポッドが動いている。
機雷の場所を示す矢印が端末の画面の頂上から時計回りに移動していき、このポッドとの位置関係を示している。
背中に冷たい感覚が走る。人生でおよそ数える程しか経験のない――しかし他にいつしたのかと聞かれても答えられない――固唾を飲む。
そんなことは無いはずだが、自分の動きがポッドに伝わり、その振動で触雷することを恐れて、つま先まで一切の動きを止める。今俺の中で動いているのは肺と心臓と瞼だけだ。
矢印がゆっくり6時方向に向く。と、平行してその表示自体が引き伸ばされ、限界まで伸びたところで消える――点灯していた機雷を示すアイコンと画面外枠の表示と共に。
「……ふぅ」
思わず息をつく。
体から力が抜けるような感覚を覚え、それとは独立して心臓は未だにハイペースで脈打っていた。
どうやら機雷は今通り抜けたので最後だったようで、以降警告灯が点灯することは遂になかった。
「そろそろか……」
それまで電源が落ちているのかとさえ思う程暗かった端末の中、ほんの僅かに視界が確保され始めたことが、ポッドが非常に緩やかな角度ではあるものの浮上を始めたことを物語っていた。
夜間でも僅かな陸の明かりが海面を照らし、そのおこぼれに与れるぐらいの深度まで浮上するポッドの中、端末越しに浅瀬に近づいているのが分かる。
流石に海水浴場でもないため浅瀬は短く、海岸からはほぼ崖のようになっているようで、端末の画面下にうっすらと浅瀬の底が見え始めてから、それが背中のすぐ後ろになるまで大した時間は必要なかった。
そしてその事を悟ったところで、ポッドは一度動きを止める。
到着か――?浮かんだその疑問は沈黙している端末と開かない蓋、そして端末の端に表示された深度計が否定している。
思い出すブリーフィングの内容=市街上空を無人機が周回している。
大方今まさに上空にそいつがいるのだろう。となれば通過するまではこのまま待機だ。
一分、二分――静かで僅かな揺れ以外に何もない時間。
しかし先程までのような張り詰めた空気はなく、背中に冷たい汗も流れない。
先程の機雷の一件で安心したからか、或いは海底とはいえ陸が見えているからか。再び動き出すその瞬間まで、俺は随分と落ち着いたまま、画面の向こうで模様がゆらゆら揺れている海底の様子を眺めていた。
やがて再びポッドが動き出し、その事実が無人機の去った事=すぐに上陸可能である事を知ったと同時に、背中に軽い衝撃が走り、端末に再び警告灯。
そして文字――good luck。
「よしっ!」
密閉された蓋は左右に別れ、その隙間から月明かりが差し込む。
体が出られるぐらいの幅に夜空が広がったところで起き上がり、それと同時に蓋に取り付けられたラックから装備一式を受け取って外へ。まだ満潮には早かったようだが、それでも満ちつつある潮は砂浜のほぼ全域を覆って、最初の一歩を冷たい海水の感触で迎え入れた。
そのまま波に追われるように砂浜の一番奥に聳えるコンクリート製の岸壁まで一気に走る。
横一線に並んで上陸した俺たちは、そのまま岸壁に取り付いたままの順番で、すぐ左にある狭い階段に向かおうと向きを変え、そしてそこで足を止めた。一番左=先頭にいた俺が左手を握ったまま顔の横に上げたことで。
「!」
右目の新装備を早速使用。ほんの僅かだが一瞬見えた横に伸びる線を探す。
「キラーリーダーよりCP。全員上陸した。現在地の情報を頼むオーバー」
「CP了解。そちらの位置を確認しました。岸壁を上がった正面の丁字の交差点に歩哨が二名。それとそちらの正面のビル屋上にタレットが設置されています。交差点奥には現在人影無しオーバー」
インカムに聞こえたそれぞれの言葉を元に、頭の中に書き込んでいく。
そして同時に光の正体を発見。振り返ってすぐ後ろの分隊長へ。
「ブービートラップです」
階段を登りきった先、ガードレールの支柱とコンテナの間に、ご丁寧に足元、腰の辺り、胸の辺りの3本のワイヤーが張られている。タレットといい、流石に無警戒ではない。
報告を受けて分隊長は小さく頷き、それから再度CPとの交信が俺にインカムにも響く。
「CP、タレットの型番や制御方式は分かるか?」
「こちらCP。シルエットから東人連製の機盾770型と思われますが、制御方式は不明です」
その言葉に答えるように首をひねって件のビルの上に目をやる。
俺たちのいる場所の正面に聳える地上4階建てのそれの屋上に、テレビカメラを大型化したようなものが一機、三脚の上に載ってこちらを見下ろしている。
幸いこの場所は死角になっているようで撃っては来ないが、岸壁の上までそうである保証などどこにもない。
自動発砲なら奴の縄張りに足を踏み入れた瞬間に撃たれるだろうし、手動発砲である場合でも二人いるという歩哨に見つかれば恐らくビルの中にいるだろう砲手に通報された時点でタングステン弾芯入りの12.7mm弾が頭上から降り注ぐことになる。或いはそんな手間など取らずとも何なら歩哨たちが発砲させる可能性もある。
「キラーリーダー了解。こちらで対処するアウト」
そこで通信を終わらせると、分隊長は最後尾で次の指示を予想してヒップバックに手を伸ばしていた角田さんの方を向いた。
「カク……よし、そいつだ」
その予想は当たっていたようだ。
バッグから取り出されたソフトボール大の塊をほぐすようにして広げていくと、元の直径の3倍近い幅の翼を広げた姿に変わる。
まるで変形ロボのようなそれは、事実として変形ロボと呼んで差し支えないだろう。最低限ロボではある。
「よし、行け」
それを頭上に放り投げる角田さん。反対の手にはデバイスが操縦用アプリを開いてスタンバイ。
ボール状に畳まれていた翼を鳥のように羽ばたかせながら、そのメカはするすると高度を上げていく。と、タレットの突き出した銃口が不意にそれを追跡し始める。
「ついているな。自動操縦か」
自動で敵とそうでないものを判別しているタイプの無人兵器=一番効果てきめんの相手を魅了し、角田さんによって標的を指示された鳥型のデコイは自動操縦に切り替えられてふわりふわりと相手の上空を飛び回る。
「今のうちに上がるぞ」
そう言った分隊長の手には既に登攀用ワイヤーが握られていた。
全員がよじ登り、すぐ近くにあったコンテナの影に入るのと、交差点中央で恐らくタバコを吸っていたのだろう歩哨たちが何かを言いながら歩き出したのは同時だった。
「もしもし?……え?ああ、分かった。そっちに向かう」
一人がスマートフォンに若干苛立った様子で告げると、相方の話しぶりで大体の内容を察していたらしいもう一人の方に振り返って訳を話す。
「ジムからだ。またタレットの故障らしい。バードウォッチングに夢中だとさ」
「またかよ。もう奴が屋上に上がって監視した方がいいんじゃないか?」
冗談めかして笑ってはいるが、現状彼の指摘はごもっともである。そのごもっともの理由がそう思うのだから間違いない。
そんな事を言い合いながら、二人は歩き出す。俺たちの隠れている目の前を通ってビルの中へ。
「待て、行かせろ」
声を殺して分隊長が告げる。幸い彼らには互いの顔と光が漏れているビルの扉しか見えていないようだ。
その歩哨たちがデコイに夢中なタレットの相手をしにビルの中へ消え、扉が閉まるその瞬間を合図に俺たちは再度動き出した。
丁字路は海岸沿いに走っていく左右の道を、交差点の手前、横断歩道に沿ってコンクリートのバリケードや有刺鉄線で封鎖していて、内陸に進む道以外には進めないようになっている。
当然、俺たちが進めるのはそちらだけだし、行き先=組合会館もその道の向こうにある。
――そして、封鎖されていないという事は連中も移動に使うという事を交差点から出る直前に悟った――耳に飛び込んできたキングさんの声で。
「止まって!前方左側の倉庫から軽歩兵。数は6!」
反射的に遮蔽物を探して飛び込む。
俺は交差点の真ん中よりもやや内陸寄りに設置されたコンクリートのバリケードに伏せて隠れ、すぐ横=タレットのあるビルの影に分隊長。反対のビルにはクロ。その後ろのコンテナの影から角田さんがそれぞれ覗いている。
「見えた……」
ほとんど明かりの類はない奥の道。右目の暗視装置越しの世界には、フラッシュライトと懐中電灯を頼りに通りに出た軽歩兵の姿がしっかりと映っていた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




