怪物の日11
準備を終えたら、後は時間を待つだけだ。
全員がその状態になった時、角田さんが不意に呟いた。
「それにしても、サバーカの連中随分と追い詰められているようですね」
そこに至る経緯を省略した結論だけ。
それでも通じる者には通じる。
その通じた一人=分隊長が今回のセカンダリー=サイレンサーとドットサイト付きパーティガンをケースに戻しながら答える。
「身内の始末を他所に任せるとはね。余程人手がないのだろう」
言われてみればその通りだ――角田さんの意見も分隊長の意見も。
普通内乱の仲裁――というか鎮圧を他所の部外者に任せたりはしない。
勿論その手段にもよるだろうが、戦争を生き残った武装組織が、内乱部隊に対して実力行使に出るという状況で、自前の戦力だけではそれが出来ないというのは中々に深刻な事態だ。
余程遊撃隊以外に人手がないのだろう。経営状態が悪いのか、何らかのやらかしで自分のコントラクターに愛想をつかされているのか。
コントラクター達にしてみれば自分の命を懸ける訳だから当然信用が置けない相手のいう事を聞くこともない。それが自分の所属する企業ならば、そんな信用できない相手からは離れるのが道理だ。
「それにしても……」
角田さんが首を巡らせて倉庫の外に目をやる。
俺もそれに倣って彼の視線の先を追うと、倉庫の外すぐの岸壁に停泊している漁船が目についた。
「妙に準備が良いような気がしますがね」
その漁船を見ながら角田さん。
少し先の港に停泊している同じような船とほとんど見分けはつかないが、実際には全く漁の道具は積まれていない。
操舵室のすぐ後ろに、ほぼ一体化した船倉が設けられていて、偽装された船尾からその船倉の中へ伸びているレールを使って俺たちの入ったポッドを海に投下するようになっている。
何となく、たまに過去のニュース映像で見る、海上保安庁と銃撃戦になった末に沈んだ不審船に似ているデザインのそれは、潜航ポッドと同様にサバーカが用意したものだった。反乱発生から2日以内で、だ。
「大方、反乱は予見していたんだろうね。となるとやはりサバーカも長くはないか……」
いつ反乱がおきてもおかしくないと考えて鎮圧用の装備を揃えていた――サバーカの内情がどんなものなのかは分からないが、もしそうなら分隊長の言うとおり鎮圧したところで長くは持つまい。
「まあそんな内乱をビショップ爺さんがどこで知って、どうやって売り込んだのかは分からないがね」
分隊長がそう言って話は終わった。
ビショップさんはこちらに移動した後すぐ、ラジンスキーと呼ばれた運転手の男性に連れられてどこかへ向かった。
知り合いだという彼が自社の情報をリークしたのか、或いはビショップさんに相談したのか。
「……」
小さく息をついて思考を打ち切ると、自らが乗り込むことになる潜航ポッドの取り扱いを再度頭に叩き込むことに切り替えた。
どちらにせよ、今の俺にとって必要性が高いのはこの任務がどうして俺たちの元に転がってきたかよりも、どうやって無事に任務を終わらせるかだ。
「あ、そうだ」
「「「?」」」
分隊長の思い出した声を聞いた俺の他に四つの眼が彼に注がれる。
その注目の中、その中心にいる人物は何気ないように告げた。
「念のため、デバイスで『テーブル』開いておいてくれ」
「テーブル……ですか?」
クロが聞き返す。
テーブルとはデバイスにインストールされているアプリの一つで、グループ限定のボイスチャットを行うためのものだ。
「そう。あくまで念のため、だけどね」
無線の通信やデバイスの通信機能と大して変わらないが、これの利点は設定したグループ以外には通話を聞かれないという点だ。
インカムを通していてもそれは変わらず、テーブルを使いながら同時に無線のやり取りもできるという、内緒話用アプリ。
会社が俺たちに支給したデバイスにこんなものを仕込むのは、偏に今回のような事態を想定しているからだった。
即ち、依頼人が信用できない場合。
実際に反乱がおきている=内部で人が離れていっている組織だ。一応の用心をしておいた方が良いという考えだろう。
「了解」
倉庫の中には俺たちしかいないが、それでも声を落として答えた。
そして、夜。
件の偽装漁船に乗り込んだ俺たちは真っ暗な船倉の中で息を潜めて低く静かなエンジン音と波の揺れを感じていた。
あの後は支給された食事をとり、倉庫の中に用意された臨時の仮眠室で一睡した。
今日の食事はEF軍払下げのレーション。メニューはジャガイモが入ったボルシチ風のスープと黒いパンとビスケット。そして20cmぐらいありそうなソーセージが一本にドライフルーツ入りのチョコバーとインスタントコーヒー。
レトルト食品の塊みたいな内容だったが、付属の固形燃料で温まったボルシチとソーセージは体を温めるのには十分だった。味はやや濃いめだがどのメニューも普通に店で売っていてもおかしくない代物だった。
それで食事を済ませ――ついでに付属の歯磨き粉を使って――から一眠り。日も沈んだ頃には船は沖に出ていた。
そして今。腹に入った熱も今は昔の冷え切った海の上で、俺たちは箱詰めされている。
潜航ポッドの中に仰向けに転がって蓋を閉じられる。一瞬の暗闇を挟んで闇の中に光が復活。ちょうど顔の位置にある端末が起動し、箱の内外の状況を伝えている。
箱にはいくつかのカメラが付いており、蓋を閉じたサバーカのスタッフがこちらに手を振っているのが見えた。
「CPよりオールキラー、発進1分前です」
インカムにキングさんの声。今回のコールサインはキラー。
「キラーリーダーよりCP。異常なし。オールキラー、各自ポッドの診断を報告せよ」
「キラー1異常なし」
「キラー2異常なし」
3つの声が全て正常に響く。
そしてこちらのポッドも正常を示している。
「キラー3異常なし」
足元で観音開きの船倉の入り口が開かれる音がする。
それと同時にそれまで静かに一定のリズムで響いていたエンジンが沈黙した。
「5……4……3……2……1……今。状況開始」
そのキングさんの声を合図にして、足の向こうで何かが滑っていく音が聞こえ、一定間隔でそれが繰り返される。
「!!」
それが何を意味しているのか直感した瞬間、自分の身にも訪れたそれ――何とか声は出さなかったがちょっとした絶叫マシン気分。
全開になった船尾に達して滑る音がなくなった瞬間、床がなくなって海の中に沈んでいく。
大きな質量が沈んでいく時の音と、その意外な衝撃に驚いているうちに想定深度まで到達したのか、ポッドはひとりでに頭の方向に向かって動き始めた。
沈んだ瞬間の音が止むと、打って変わって静寂に包まれる。
このポッドの推進力は小型のウォータージェット推進を使用しているが、尻のすぐ下にあるはずのその機関は、動力源に燃料電池を用いるからか端末に表示がなければ動いていることが分からない程に静かだ。
スピードは決して速くはないようだが、それゆえに夜の暗さも相まって水面より上から発見することは不可能だろう。
「……」
だが、静かすぎる。
いや、任務の性質上静かなのはいいことだ。だが余りにも音がない密閉空間というのは妙に落ち着かない。
もし閉所や暗所恐怖症の人間がこの箱に詰められて同じ任務に就いたとしたら、陸につく前に発狂してしまうかもしれない。
幸いマキナが精神をコントロールできるからその心配はないが、音のない海の中で狭い箱に閉じ込められて流され続けるというのは陸にいると想像できないぐらいのストレスだ。
もしこれで端末も消えて完全な暗闇になっていたら、俺もパニックを起こしかねない。
しかしそれが却って良いのかもしれない。
この箱の中で寝そべっていることはある種の戦意高揚につながる。というのは、すぐにでもこの暗く狭い箱から飛び出したい=早く上陸したいという思いを掻き立てるから。敵地への上陸を心待ちにする兵士というのも珍しいだろうが。
「!!」
そんなことを考えて気を紛らわせていると、突然その必要がなくなった。
端末に表示されるアラーム。静粛性第一の潜航ポッドのため音こそならないが、煌々と点灯したアイコンと、緊急事態に直面しつつあると主張する画面外枠の赤い点滅は、しっかりと俺を緊張させる。
画面に表示されているアイコンを確認し、自動操縦が問題なく行われていることを消灯しているそちらの異常を示すアイコンを見て確かめる。
大丈夫だ。この世界の機械は優秀だ。
それにこのポッドはFRP製で磁気は発していない。
だから表示されている危険はないはずだ。例え――今まさにしているように――機雷のすぐ横を通過しようと。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




