怪物の日10
「水中……」
思わずその単語を口の中で繰り返す。
泳げない訳ではない。元々水泳は嫌いではなかったし、それどころかマキナを組み込んだ体は着衣水泳も溺者救出も可能としている。
だが、それでも水中から敵地に潜入しろというのは別問題だ。
COSに組み込まれた戦闘技術一式がマキナによって体にインプットされてはいるが、それはあくまで歩兵に必要な能力が大半で、それ以外は精々乗り物や機器の操作程度だ。潜水やパラシュート降下のような特殊技能はそれ専用の訓練を受ける必要がある。
「作戦には今回こちらで用意した潜航ポッドを使用していただきます。自動操縦で沿岸部まで到達できますので、到達後は速やかに上陸し、先遣隊と合流してください」
向こうもその辺は織り込み済み。
画面に件の潜航ポッドが表示される。
ポッドというよりも人が一人入れる位の大きさの箱と呼んだ方が適切だろうそれに詰められて、俺たちは夜の海岸に上陸することとなる。
「目標とする海岸には砂浜がありますが、満潮時にはほぼ水没するため、その奥の岸壁までポッドで接近することが可能です。したがって、本日の満潮時刻である0025時の上陸を予定しております。上陸後は先遣隊との合流地点である聖アルジンスキー修道院跡地に向かい、0100時に合流。以降は彼らと連携し作戦を遂行してください。何か質問はありますか?」
説明の中に登場したランドマークがそれぞれ映像の中に表示される。
修道院跡地はどうやら海岸から少し奥に行った旧市街地とされるエリアに存在するようだ。
と、そこですっと分隊長の手が上がる。
「水中からの侵入に対しての防御がなされているのでは?占拠している部隊には東人連海兵隊出身者もいると聞きます。沿岸地域への着上陸作戦を得意とする彼らならその対策も豊富かと」
「現在までに確認されている防御策は、防潜網がこの場所に設置されているのを確認していますが、それ以外の水域に拡大した形跡は見られません。また数基の機雷が敷設されたとの情報もありますが、彼らの持っているのは旧式の磁気機雷のみであり、その精度も高いとは言えません。FRP製のポッドであれば問題なく潜入可能と思われます」
画面に表示されるたこ焼き人間大にしたような球体=機雷が表示される。
そしてその横、港の周りに表示される一本の線=防潜網。
しかしやはり40時間ではそこまで手が回らないか、港の正面を守ることは出来ても脇には抜け穴が出来てしまっている。
何より、設置から40時間でここまで把握されてしまった事が問題だろう。
「実のところを申し上げると、遊撃隊も結成時の隊員は減ってきています。かつては海軍出身者も複数名在籍しておりましたが、現在当該地域に派遣されているコントラクターには確認されておりません。これ以上の増強は難しいかと思われます」
そう考えるとむしろここまで出来たことを褒めるべきなのかもしれない。
実際にその中に飛び込んでいく側としてみればそんな場合ではないのだが。
「ただ、上陸地点及びその周辺での待ち伏せ、およびトラップの可能性はありますので十分警戒してください」
「現地部隊は無人攻撃機による警戒監視が行われているとのことですが、上陸後それらに発見される可能性は?」
「無人機は特定の軌道を周回しているだけで、その警戒範囲には切れ目が存在します。また、上陸時にはこちらで無人機の位置を特定し、上陸可能なタイミングを連絡します」
結局、それで質問は終わり。
後は指示された港の外れにある倉庫で装備品の準備と作戦の詳細な部分の確認だけだ。
シェスタコフさんに見送られてその倉庫に移動した俺たちを待っていたのは、4つの棺桶――ではなかった。潜航ポッドだ。
T-1190ヴァンパイア。ただの潜航ポッドのどこが吸血鬼なのかについては、その使用法を見れば一目瞭然。
一人乗りのそれには仰向けに寝転がる形で入り、蓋を閉めると丁度顔の辺りに操作及び状況確認用のデバイスが来るようになっている。今回は自動操縦だが、熟練者――それこそ特殊部隊等では搭乗者自身が操縦することも可能なのだそうだ。
その狭い箱の中、自分の体の他には持ち込んだ装備品だけ。その装備はデバイスの下、上側一面を占めている蓋の内側に据付のラックに全て固定しておく形になる。
そして無事到着した時には内側から蓋を開けて起き上がり、すぐさま武器を取って上陸する訳だ――この時の脱出する姿はまさに名前の通り棺桶から出てきた吸血鬼のそれを彷彿とさせる。
使い方はそれでよい。後は上陸後の話だが、これは上陸のタイミングと同時にCPから指示が出る。
一応確認しておくと、無人機の眼のないうちに内陸=東側に向かう道を進んで最初の角にある建物=港湾組合会館だった場所に飛び込み、そこから地下水道を通って修道院付近のラトゥーニ門に出て、そこから再び監視の目がなくなるのを待って1ブロック隣の修道院へと駆け込む。到着したらデバイスでビーコンを起動するのが合図だ。
これらのタイミングは船舶用衛星の監視映像を元にCPが無人機の位置を知らせてくれることになっている。
「さて……」
そこまで確認して、今度は全員が上陸後の準備に入る。
持ってきた荷物の中から自分の銃を取り出して、動作に異常はないかを確認する。
ハンドガード下側のレール先端付近にフラッシュライトと一体化した赤外線レーザー、その手前にフォアグリップ、銃口にはサイレンサー、レシーバートップのレール上にはレンズ周囲をガード用のフレームで囲んだタイプのオープン式ドットサイトをそれぞれマウント。いずれも正常な動作を確認。
「よし」
そしてそれを終えると、今回忘れてはいけない装備の試運転を開始する。
ヘッドバンド式隻眼暗視装置。バンドによって頭に巻きつけ、眼帯のように片目を覆うそれは、夜間の作戦にはうってつけの装備だった。
右目を覆っている逆三角形の暗視装置本体は低光量増幅式とサーモグラフィー及び赤外線暗視装置を一体化した割りには薄型で装着感が少なく、そのまま銃のサイトを覗いてもほとんど干渉しない。
夜陰に乗じる今回の作戦では全員がこれを使用することになっていた。
(つづく)
今日は短め
続きは明日に




