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怪物の日9

 しばらく海沿いに道を進み、無限に続くように思えた荒れ地の中に集落が見えてきた時、運転していたラジンスキーさんがバックミラー越しにこちらに告げた。


 「あの町だ。あの向こうにかつての国境線があって、そこから先はザウートになる。あの町のオフィスでうちのお偉いさんと会ってくれ」

 車は静かに集落の中へと進んでいく。

 寂れた田舎町という表現そのもののその町は、こんな場所でもなければ、即ち少し道から離れればそのまま遭難してしまいそうな場所でもなければ立ち寄るものなどいないだろうと思わせるほどに寂しく、ゴーストタウンと呼ぶにふさわしい姿だった。

 海側には何軒か営業している店や、停泊している漁船の周りにうろつく人々の姿が見えて、辛うじてここがかつては港町であったという事を物語っていた。


 その人の気配がある場所を通り抜けた先、レンガ造りの古い建物の前で車は停まり、俺たちはそこで降ろされると、今度はビショップさんが先頭に立った。

 「この一番上だ。行こう」

 果たして建物の中は、外から想像できる通りの場所だった。

 古く薄暗い、あまり景気の良くなさそうなオフィス。流石に口には出さないがその感想が真っ先に頭に思い浮かぶ。

 入り口の――言葉から想像がつく姿の――警備員に案内されて年季の入ったエレベーターへ。俺たちの時代でさえ古いと思わせるこの箱は、もしかしたらこの世界なら実用品にするより博物館に寄贈してしまった方が良いような気さえしてくる。


 「ようこそおいでくださいました。こちらへどうぞ」

 エレベーターの扉が開いた先にはスーツ姿の男が一人。

 恭しく頭を下げると、今度は彼が奥へと案内する。

 ――なんとなく、PMCの従業員とは思えない雰囲気の男が一番奥の扉をノック。中からの声に答えてノブを回す。


 「ようこそ。お待ちしておりました」

 扉の向こうで待ち受けていたのは女性だった。

 年の頃なら分隊長より上、ビショップさんよりも下ぐらいだろうか。

 女性もののグレーのスーツをぴっちりと着込み、緩くパーマがかかった栗色の髪を肩まで伸ばしたその人物から感じる空気は、やはり傭兵たちのリーダーというよりも普通の企業のキャリアウーマンと言った感じだった。

 ――入室した一瞬我々全員を精査する様に一瞥した視線だけはその例外だったが。


 恐らく会議室なのだろうその部屋の奥、演壇の辺りにいたその女性はすっとこちらに近寄ってきて、その視線を姿に相応しいものに変えた。

 「クラースナヤ・サバーカCEOのソフィア・シェスタコフと申します。この度のご協力まことに感謝申し上げます」

 「どうも、ミス・シェスタコフ。彼らが今回の任務に参加する弊社オペレーターです。必ずやご期待に沿えるかと」

 代表してビショップさんが応じ、我々も合わせて一礼する。


 「それでは、皆様に改めて状況と依頼内容をご説明いたします。こちらへどうぞ」

 促されるように席へ。同時に演壇前の空間に映像が投影される。映し出されたのは俺たちの時代の街並み。その右上に表示される「ザウート公国」の文字。どうやらこれがこれから足を踏み入れる場所のようだ。


 その映像の横に立って、講義するようにシェスタコフさんが映像を示す。

 「では、概要を説明いたします。ご覧になっているのがザウート公国南部の都市、クライザウート。弊社がEF政府より管理を委託されていた都市で、弊社幹部コントラクターのイゴール・グレンコ指揮下の部隊が駐留していました」

 画面上にワイプで表示される男の顔とその下に名前=イゴール・グレンコ。

 掘りの深い顔立ちと太い眉。鈍い銀色の口髭と髪の毛の下の日焼けした肌には左目から鼻を横断する古傷が一つ。

 しっかりとこちらを見据えるブルーの瞳二つは歴戦の老兵という言葉そのものの印象を与えている。


 「グレンコは弊社のコントラクターの中でも最古参の人物で、EF陸軍空挺部隊出身。先のユーラシア戦争では小隊を率いていており、その勇猛ぶりから『コーカサスの怪物』と呼ばれた経歴の持ち主です。我々は彼の実績と他のコントラクターからの信頼を元に彼に現地部隊の指揮を委ねておりましたが、今から40時間前に突如として独断で市街地を占拠。こちらの説得にも一切応じずに立て籠もりを続けております」

 その説明と同時にカメラが引きになる。

 映し出されたのはクライザウート全域の映像。なんとなく脱穀された米粒のようにも見える南北に伸びた楕円形のその都市を横切る一本の川の上に走る線が南北に隔てて、北側が赤く、南側が青く着色される。

 「現在クライザウートは北側を弊社と同様EF政府から委託された公社の部隊が管理しており、彼らは事態の収拾を理由に介入の要求を繰り返しています。そして残念ですが、現在の所弊社経営陣は、これを拒否し続けることは不可能であると結論いたしました。今から24時間後には、公社部隊が南下を開始します」


 そこで改めて俺たちの方へ目を向けるシェスタコフさん。

 ここからが重要――そう訴えかけている。

 「皆様にはグレンコの部隊が支配しているクライザウートへ潜入し、彼らに奪取された弊社の経営状態や企業秘密の入っている端末の回収或いは破壊を依頼いたします」

 再びワイプが増える。

 ノートパソコンタイプのそれは、強固な二枚貝のように分厚い武骨なカバーに覆われているデザインだ。

 やや型遅れではあるが、EF軍制式採用の前線使用を前提とした端末であることはマキナが教えてくれる。

 前線での部隊の指揮通信に用いるという用途のため非常に頑丈に作られているこれは、外殻と同様にセキュリティも並ではない。

 「対象の端末は現在複数のパスワードによってロックされており、非権限者が機密情報を別の端末に移そうとした場合には強制的に初期化するよう設定されており、現在まで機密データを閲覧された形跡はありませんが、これを彼ら、或いは公社に渡してしまう訳にはいきません。この端末を回収し持ち帰る。不可能であれば破壊して閲覧不可能にすること、以上が今回の依頼内容となります」


 それから映像はもう一度グレンコを取り上げる。

 彼の軍隊時代の写真と、大勢のコントラクターに囲まれた写真が追加される。

 「グレンコは軍隊時代の部下及び、同じく従軍経験のある東人連海兵隊出身のコントラクターを中心に『遊撃隊』と呼称する独自の選抜部隊を結成しており、ここの隊員は事実上彼の私兵として活動しています。また未確認の情報ではありますが、遊撃隊が現地で活動していたNGO職員数名を殺害したとの情報もあり、非常に凶暴化しているものと考えられます」

 つまりこういう事だ。歴戦の老兵に指揮された歴戦の兵士たちが、上司の命令すら聞かずに町を占拠し暴れまわっている。

 その中に俺たちは踏み込んでいかなければいけないらしい。

 俺たちが自分の置かれている情報を理解したという事を確認してから、更にシェスタコフさんは続ける。


 「現在、彼らに靡かなかった弊社コントラクターによる先遣隊が現地に潜伏しております。彼らと合流し、現在の端末の状態と保管場所を確認、以降は彼らと協力して作戦を遂行していただくこととなります。困難な内容であることは承知しておりますが、皆様であれば不可能ではないと信じております。よろしくお願いいたします」

 そこで一度切ってから、今度はより細かいミッションプランに話が移る。

 「現在遊撃隊は市街上空に無人攻撃機を待機させており、また現地裁量で臨時採用した難民からなる部隊に市街を警戒させており常に空と陸での警戒を続けております。このため、日中の陸路での進入は困難であると思われます」


 その言葉の後に映ったのは市街西部の海岸線。先程通り過ぎたような港の姿。

 そして頭に浮かんだ計画は、すぐに言葉となって浴びせられた。

 「そのため今回は夜陰に乗じ、水中からの潜入となります」


今日はここまで

続きは明日に

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