怪物の日8
向こうにつけば、最早勝手知ったるというものだ。
慣れた足取りで装備管理課へ。今回必要となる装備を受け取りに行く。
「――先程からお伝えしております通り、先程ムザーリ保安大臣は国土保安省にて会見を開き、違法薬物の密売や営利目的の誘拐などの容疑で全国に指名手配されていたAIF幹部2名を拘束したと発表しました」
カウンターに置かれたラジオが臨時ニュースを伝えている。
この時代でもラジオが現役なのか――ニュースの内容に耳を傾けながら、頭全体の1割程度をその事に向けていると、親父さんが装備を引き渡し、弾箱の計量をしながら口を開く。
「ほいお待ちどう。これでAIFも終わりみたいだな。この前聞いたが、アジャーニって奴も偽物だったんだろう?」
そう言えばそんなニュースも流れていた。俺たちがランゲル氏を脱出させたすぐ後の事だった。
あの時俺たちの前で部下を射殺した男は、いつの間にか本物より本物らしくなっていた影武者だったそうだ。
「ああ、そんな話もありましたね。捕まったのはその偽アジャーニなんですかね?」
「さあ、そこまでは明かしていないみたいだが……。まあどの道、連中の未来は明るくはないだろうさ」
そうあることを祈る。
あの日、結局俺たちは自分たちの脱出に必死だったが、捕虜たちを乗せたトラックはいつの間にかいなくなっていた。
バッグ工場の話を思い出すときに、彼らの事がセットで思い出される。あの日トラックから逃げ出して射殺された男。何とか逃げようとして――恐らくは偶然だと思うが――隠れていた俺たちを見つけて助けを求めた女。
不思議と後悔の念は湧いてこなかった。俺たちはあそこではああする以外に選択肢がなかったことを理解しているからか、それを踏まえてマキナがトラウマにならないようコントロールしているからか。
まあ、どっちでもいい。今はこれからの任務に備えるだけだ。
「だといいですけどね。それじゃ、行ってきます」
「おう。無事に戻れよ」
そう言って送り出してもらい、格納庫へ。
後はいつもと同じだ。既に来ているメンバーと合流し、或いはまだ来ていないメンバーを待ち、全員揃ったら乗り込んで出発。
俺のすぐ後に現れた角田さんで全員が揃い、機内に荷物と共に乗り込めばすぐに空の上だ。
向かうはロシア南西部。俺たちの世界では冬季五輪も開かれたソチのすぐ近くに設けられた、かつての野戦滑走路。
ユーラシア戦争中に使用された元高速道路のそこは、戦争の被害によって使い道がなくなったまま放置され、今ではこの地域における空港の代わりとして機能していた。
そこからは車で黒海沿岸を北上、俺たちの世界では聞いたことのない小国ザウート公国が、今回の目的地だ。
日本の京都府とほぼ同じ面積しかないこの国はしかし、地続きのソ連に組み込まれていた時代にも複雑な政治的背景から君主を頂き続けたという歴史を持っているそうだ。
だが、その幸運もユーラシア戦争の際には尽きていたようだった。
EF加盟国であったこの国は、東人連との戦闘で大きく傷つき、その後の復興も遅々として進まなかったことで、遂に国家として機能しなくなった。まあ、国民と呼べるものがほとんどいなくなってしまえば当然だが。
以来この国は15年間に渡って放置され、今ではEF領内でありながら現地暫定政府がEF政府のPGを受け入れて、北半分を公社が、南半分を現地PMCの『クラースナヤ・サバーカ』が治めているという有様だった。
今回依頼を出してきたのは、そのサバーカの上層部だ。
サバーカは分裂している。元々中小PMCではあったがユーラシア戦争当時に敵対していたEF陸軍と東人連海兵隊の出身者によって構成された彼らは、その実戦経験に裏打ちされた高い戦闘能力で評価されていたそうだ。
だが、その実働部隊が突如として反乱を企てた。彼らは説得にも応じず、自社の経営に関するデータの入った端末を奪ったままザウート南部に立て籠もっている。
手のなくなったサバーカ上層部は、事態の収拾を口実にしての公社の介入は不可避と判断。そこで、反乱部隊が奪った端末を回収し、彼らを鎮圧した公社にデータが渡るのを防ぐというのが今回の依頼の内容の要約だ。
いつものように機内でその概要を伝えられ、それからしばらく静かな空の旅。
一眠りしてから降り立った先は、今までで最も殺風景な景色だった。
こういうのを荒涼とした大地というのだろう、岩肌のむき出しになった荒れ地の真ん中に一本伸びている滑走路。高速道路だった時代にはソチの街にも続いていたのかもしれないが、今両者の間にはクレーターが出来ていて、その間にあった一切は地面の巨大な窪みに変わっている。
そのクレーターの手前、恐らく初めからそうする目的で造られたのだろう滑走路に降りると、車が2台待機している。
1台は荷物を積むためのトラック。
そしてもう一台はその荷物を使う人間を運ぶためのもの。
「無事に着いたな」
その人間用の車=大型バンの前に3人の人影が並んでいた。
「ミスタ・ビショップ?」
ビショップさん、キングさん、そしてもう一人は――知らない人物。
「私は今回の君たちの任務とは別件でこちらに来ていたのだが、まあ行き先も同じだ。それに……ああ、紹介しよう。今回現地まで案内してくれるラジンスキーだ。私の古い知り合いだよ」
そう紹介された人物は、深い皺の刻まれた顔で俺たちを一瞥する。
「ああ、どうも」
静かで、しゃがれた声。
「今はサバーカで働いている。一度オフィスに行く。大体の依頼内容は聞いていると思うが、そこで詳しい内情を説明する。乗ってくれ」
箇条書きのように淡々とそう告げると、俺たちを背後のバンに促す。
彼とビショップさんが乗り込むと、それに続きながらキングさんが彼らに代わって一言付け足した。
「今回は私が指揮通信を担当します。よろしくお願いします」
アフリカ以来となる組み合わせ。ビショップさんについていなくていいのかとも思うが、本人も何も言っていない辺り別に専属という訳でもないのだろう――実際過去にも同じような事をしている訳だし。
全員が乗ると車はクレーターを避けて舗装されていないわき道へと入っていく。
がたがたと縦にも横にも揺られながら、その名前通りの黒い海を左手に見つつ車は一路北へ。途中で舗装された片側2車線に入った時には随分安心したのと同時に、車とはこんなに静かに動くものだったのかと妙な関心をしていた。
(つづく)
今日も短め
続きは明日に




