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怪物の日6

 翌日、ゆっくりと起きた朝。

 しばらくベッドの中でまどろみ、既に通勤ラッシュが終わった時間になってから体をベッドから出す。


 簡単な朝食を済ませると、身支度を整えてふらりと家を出る。

 別に何か目的がある訳ではない。

 ただ、なんとなく昨日感じた余所余所しさが気になったのだ。

 ただ酔いが残っていただけだ――そう思い込みたいが、同時にそう断じるのには判断材料が足りないという分析もまた、頭の同じ部分が訴えている。


 だから、気のせいだと実証するための散歩。

 家を出て、普段よく行く場所=藤波コーポまでの道筋を進む。

 昨日も見た人通りのない道を通り、昨日も見た人通りのない廃墟にたどり着くと、そこから食料を買いに行くスーパーマーケットへ足を伸ばしてみる。

 時間にして10分もかからない道筋は、やはり人気もなく静かで、郵便局の配達がすれ違った以外には誰とも出会わないで到着。

 まだ開店前だからか客は誰もおらず、自動ドアの向こうで忙しそうに動き回る店員の姿が見えるだけ。その店員が入り口からは死角になる棚の奥に引っ込むと、今度こそそこには誰もいなくなった。


 代わりにやってくるのは妙な孤独感――というか、静けさ。

 ただ俺だけがいる世界。あり得ないのだが、一瞬だけ頭をよぎったその感覚は、一瞬だけだが強烈なフラッシュとなって己の中に焼き付いていくようだった。


 「……ッ!」

 そのフラッシュから逃れるように足を動かす。

 後でもう一度来よう。そう考えて店の前を通り過ぎる。

 住宅街の真ん中にぽつんとあるこのスーパーマーケット、昼頃か夕方にでも来ればごった返しているので、その時に訪れればそんな気持ちを感じることもないはずだ。


 それから家までの最短ルートを迂回し、大通りに出てみる。

 片側2車線とはいえ流石に車の往来が激しく、それまでのような静けさとは無縁の世界に、少しだけほっとしている自分に気づく。

 ガードレールの向こう、自分から1mもないような距離を通り過ぎていくバスや、トラックや、その他様々な理由だろう沢山の車は、当然ながら俺を気にすることもなくそれぞれの目的地に向かって俺を追い抜き走り去っていく。


 そうだ、それぞれの目的地に向かっているのだ。当然ながら歩道にいる見ず知らずの歩行者のことなど気にしていないのだ。

 だから自分が孤立しているのではない。これが普通なのだ。何が原因か知らないが、俺は自意識過剰になっている。自分が感じている妙な寂しさは全て気のせいだ。だって世の中は皆自分の目的のためにそれぞれ動いているのだから、見ず知らずの誰かのことを気にかけたりなんてしないのが当然だ。


 そうとも、気のせいだ。

 自分の中にあった違和感を片付けて、俺は道沿いにあったコンビニに足を踏み入れ、適当な漫画雑誌を一冊抱えてレジへ。

 それから少し時間を潰し、コンビニの並びにある全国チェーンの古本屋へ開店と同時に入ると、適当な小説や漫画を選んでまとめ買いして家路についた。


 別にそれらが特別読みたかった訳ではない。

 ただ集中できるものが欲しかった。自分に「これが普通だ。お前は自意識過剰だ」と言い続けるのは疲れるという事が、そうしていることが却って己の中の寂しさや違和感を大きくしてしまうという事が、なんとなく予想が出来たから、それをしないでいられる時間つぶしが必要だった。もしあったら、ジグソーパズルやプラモデルなんかに手を出してみてもいいかもしれない。或いは久しぶりにゲームに没頭したり映画を見るのも。


 とにかく、時間を潰しておける趣味が必要だ。


 家に帰り、とりあえず応急処置として買ってきたそれらを広げて時間を潰す。

 幸いなことに、途中で放り出してしまうようなつまらないものはなかったが、如何せん漫画はすぐ読み終わってしまう。


 昼頃までそうして過ごし、それから意を決して昼食を買いに先程のスーパーへ。

 先程までとは打って変わって買い物客で賑わうスーパーマーケットに入り、適当に総菜を買って帰る。

 ――寂しさや違和感は考えないことにした。


 適当に食事を終え、それから再び読みかけの小説に手を伸ばすが、流石に文字を追い続けるのにも飽きてくる。

 結局途中で一眠りして、それから起きだしてまた少し読み進め、夕方になって一冊を読み終えると、もう一度外に出てみることにした。

 なんてことは無い。暇つぶしの暇つぶしだ。今度は駅の方に行ってみよう。


 かつては毎日通った駅への道を、朝よりも増えた人気の中を通って進む。

 駅に近づくにつれてその頻度は増していき、駅と一体化した駅ビルに到着する頃には、一体この辺りのどこにこれだけの人間がいたのかと思うぐらいの人ごみの中に入り込んでいた。

 特に見るものがある訳ではないが、とりあえず一番上のレストラン街へ。

 と言っても腹が減っている訳でもないのですぐに下へ降りていき、見るでもなくビルの中をぶらつく。

 紳士服、家電量販店、本屋――そうした店舗が出店している中をぼうっと歩き続ける。


 「……ん?」

 何をするでもないただの散歩。

 その途中で見つけた見知った顔は、この日最初の驚きだった。


 駅ビル1階の酒屋の前。恐らく学校帰りだろう制服姿の女子高生が一人。

 紺のブレザーとスカート、その上から羽織っているコートと、その裾の下から覗いている白いハイソックスと黒い革靴。

 そのどこにでもいそうな女子高生はしかし、その姿が珍しく思える人物だった。


 「あ……!」

 その人物がこちらに気づく。

 すかさず周囲を確認。恐らく学校の友達や知り合いがいないのかを確かめているのだろう。ただの確認というよりクリアリングと言った方が良いかもしれない――彼女の場合。

 「トーマさん!」

 安全が確認できたのか、こちらに小走りでやってくる女子高生=クロ。

 「ああ、どうも」

 何か言った方が良いのだろうが、咄嗟にちょうどいい挨拶が思いつかない。

 「……お疲れ様」

 とりあえず出たのは、正解とも不正解とも言えないその単語。

 「お疲れ様です」

 だが彼女は大して気にした様子もなくそう言うと、もう一度周囲を確認してから再度俺の方へ。

 身長差から少し見上げる形をとる彼女に少しだけ膝を曲げて対応すると、彼女は内緒話のように声を落として、しかししっかりと聞こえる声で囁いた。


 「ちょっと付き合ってもらえませんか?」

 聞き間違いではない。

 自分でもそれを最初に疑ったが、どうにも聞こえた通りのようだという事は、彼女の少し恥ずかしそうな、申し訳なさそうな表情から何とか読み取れた。


 そして、それから十数分後、俺と彼女は同じく1階のフードコートで向かい合っていた。

 俺とクロの前には前にはフードコートを囲むように出店している店舗のうちの一つであるハンバーガーチェーンのホットコーヒーとオレンジジュースがそれぞれ置いてある。


 「ありがとうございます。助かりました」

 そう言って頭を下げるクロ。

 彼女の両足の間には学校指定のバッグが置かれ、その上には先程の酒屋のロゴが入ったビニール袋。

 その袋からはひょっこりとコルクが顔を出している。

 父親の誕生日プレゼントにワインを贈ろうとしたはいいが、制服姿で酒屋のレジを通るのは難しいと考えていたところにちょうどよく通りかかったのが俺だったというのが、事のあらましだった。


 「ああ、いや。大したことじゃないよ」

 まあその通りだ。俺のしたことと言えば彼女と一緒にレジに並んだだけなのだから。

 ――それにしても、父親の誕生日プレゼントねぇ。


 何となく意外だった。彼女位の歳の女の子は父親など毛嫌いしそうなイメージがあるが。

 「どうしました?」

 そんな事を考えていたら、どうやら何やら考えているというのが顔に出ていたらしい。

 「家族仲、結構良いんだなって」

 「まあ、そうですね……」

 途中まで普通の様子で答えて一度言葉を切る。

 それから、少しばつが悪そうに照れ笑いを浮かべて続き。

 「傭兵なんてやるようになってから、ですけどね。親に内緒で危ない事やっている罪滅ぼしっていうか……」

 なんとなく気持ちはわかる気がした。

 大学生の頃、授業をサボってパチンコ屋に行って勝った時には一部を換金せずに景品を家族への土産にしていた友人がいたのを思い出す。負けた時にどうしていたのかは聞かなかったが。


 「それに、日本に帰ってくると、家があって家族がいるのって、すごく良いなって思うんです。だから、なんか親孝行しなきゃって気分になるっていうか」

 ……多分だが、俺はこの子の爪の垢を煎じて飲んだ方が良いのかもしれない。


 「……頭が下がります」

 「えっ、アハハ、でもそんな大したことしてないですよ。家事の手伝い進んでやるようになったとか、反抗しなくなったとか、それぐらいで……あ、でも――」

 「ん?」

 ふと思い出したように付け足す。

 それまでの照れ笑いに、少し寂しいような、申し訳ないようなものが混じった気がした。


 「……時々、違和感って言うか、『ここ本当に私の家だっけ?』っていうような感じに思うことがあるんです。おかしな話ですけど」

 おかしな話。彼女はそう言ったが、俺はそうは思わなかった。

 だってまさに今日、そんな思いを味わっていたのだから。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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